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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第1幕》  作者: 夕凪ゆな
第4章 湖のほとりで

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03


***


 岸から少し離れた水面に浮かぶ一隻のボート。



「ウィリアム様、見て下さい、魚が泳いでいますわ!」

 カーラはそこから身を乗り出して、無邪気な笑顔で水面を指差した。そんな彼女を、ウィリアムは困った顔で見つめる。


 今日はカーラのテンションが何時(いつ)になくおかしい。ウィリアムの屋敷を出てからというもの、カーラはずっとウィリアムに話しかけっぱなしで、けれどアメリアが馬車に乗ってきたとたんに今度は(だんま)りを決め込んだ。結局カーラは道中アメリアと一言も口を利かず、馬車を降りてからもそれは変わらない。彼女はただウィリアムのことしか見ていない。


 ウィリアムはカーラが自分のことを好いていることを知っていた。好きだと実際に告げられたのはカーラがほんの子供の頃だったが、それ以降も彼女の気持ちはウィリアムと接するその態度からひしひしと伝わってきていた。ウィリアムがそれを不快だと思ったことは一度もない。だから無碍(むげ)に断ることも、避けることもしなかった。


 けれど同時に、それを特別嬉しく思うことが無かったのもまた事実。ウィリアムがカーラに対して持っている感情は、良く言えば自分を慕う可愛い妹に感じるような兄妹愛であり……悪く言えば、唯それだけ。決して恋人に対して感じるような(たぐい)の想いでは無い。まぁそれを言うのならば、彼はアメリアに対しても恋愛感情を持っている訳ではないのだが……。



 ともかくウィリアムは困っていた。いつものカーラならば、ウィリアムから子供に見られまいと背伸びをして澄まし顔、なるべく大人しく、素直で従順な女性である振りをする筈。けれど今日はそうではない。彼女は自分の感情を表に出し、ウィリアムにもアメリアにも、心のままの態度をぶつけてくる。そしてウィリアムは、それが本来の彼女の姿であることを理解していた。子供のときからの付き合いであるのだ、気が付かない筈が無い。


 そして、ウィリアムは今までの自分のカーラへの態度を後悔する。彼は過信していたのだ。カーラが自分に対し、その想いをぶつけてくることは(しばら)くの間は無いだろうと。素直で、控えめで、穏やかに――、出来るだけウィリアムに釣り合うようにと努力するカーラが、カーラの考えるウィリアムに釣り合う自分になるまでは、自分から想いを告げてくることは無い筈だと。だから彼は今までずっと、カーラを()えて遠ざける様なことはせずに、彼女の好きにさせていたのである。


 ――それが、どうしてこうなったのか。


「カーラ、さっきのアメリア嬢への態度は一体どういうことだ。あれでは余りに失礼だ」

 ウィリアムはとうとうカーラの態度に口を出した。


 ――例えカーラが自分のことを好きだったとして、それをアメリアが横恋慕したのだとしても、それがアメリアに対してあの様な態度を取ってもよい理由には決して成らない。それぐらいわかるだろうと、ウィリアムは言いたいのだ。


 けれど、カーラはウィリアムの言葉の意味を否定するように、その顔から笑顔を消す。


「……失礼?それを言うならあの方の方が失礼だわ。私、兄さまに聞いて、知ってるのよ」

 カーラはウィリアムをじっと見つめる。ウィリアムも真剣な顔でカーラを見返した。


「……何をだ?」

「ウィリアム様は知ってる?あの方、エド兄さまとブライアン兄さまと一緒に、街のパブに出入りなさっていたのですって」

「……パブ?」


 それはウィリアムの知らない話だった。そもそもウィリアムはアメリアのことを殆ど知らない。二人はまだ婚約して一月も経っておらず、それどころか、そもそも会うのすら今日で三度目なのだ。

 けれどカーラがそんなことを知る由も無い。


「やっぱり知らないのね。兄さまたち、舞踏会の最中(さなか)にアメリア様に夜のパブに連れていかれたのよ。――あぁ、口にするのも恐ろしい。……あの方……どこの誰ともわからぬ男に、恥ずかしげもなく――」


 カーラは湧き上がる怒りと軽蔑の念に声を震わせる。


「私にだってプライドというものがありますのよ!あの方に……あんな方にウィリアム様を……。何故なのです!あの方はウィリアム様に相応(ふさわ)しくありませんわ!」

 カーラは強い意志を込めた瞳でウィリアムを見据えた。けれどウィリアムは、そんなカーラの視線をただ冷静に受け止める。


「二人がそう言ったのか?」

「そうですわ!」

「……ならそれは、お前の目で見たことではないよな?」

「――!ウィリアム様は、兄さまが嘘をついているとでも言うの!?」

 カーラはカッと目をむいて、ボートから勢いよく立ち上がった。――(はず)みでボートが揺れる。けれどカーラは足に力を込めてなんとか踏みとどまった。これだけは――退()けない。


「落ち着け。そうは言ってない」

「それ以外の意味なんて……!」

「……そうだな。確かにそうだ。けどあの二人は、アメリアのことを嫌いだと言ったか?迷惑だと?失礼だと罵ったか?」


「――それは……」


 ウィリアムは、二人がアメリアとどれほど交流があったのかを知らない。そして二人がアメリアをどう思っているのかも知りはしない。けれど、今日の二人の態度は決して、アメリアを嫌い、(さげす)んだりしているものではない。

 ウィリアムは続ける。


「確かに彼女には悪い噂もある。その事実を否定したりはしない。火の無いところに煙は立たないと、昔から言うしな」

「――なら!」

「けど、だからと言ってそれが彼女の全てだとは、俺は思わない」


 ウィリアムの真剣な眼差しに、カーラは悔しそうに唇を噛んだ。――そして、呟く。


「……騙されて、いるとは……考えませんの?」

 カーラは続ける。


「私は……ウィリアム様のことを思って……」


 悲しげに、切なげに、愛しげに揺れる瞳。けれどそれが、ウィリアムに届くことは無い――。


 ウィリアムは――彼女にとって、何よりも堪え難いその事実を突きつける為に――ゆっくりと口を開けた。


「……例えそれが真実だったとしても、お前が口を出すことではないよ」

「――っ」

 カーラはそのウィリアムの突き放すような口調に、言葉を無くす。――けれどウィリアムは言葉を止めない。


「そろそろはっきりさせよう、カーラ。俺は君の気持ちには応えられない。君のことは可愛いと思っているが……それはあくまで従妹(いとこ)としてであって、家族に感じるような愛情だ。恋では無いよ」

「――……」


 刹那……カーラの目からこぼれ落ちる、大粒の涙。


「もっと早く君に伝えるべきだった。……俺が悪かった。すまない」

「――そ……んな……、だって……だって……」


 カーラはとうとう泣き出した。呆然と立ち尽くす彼女の頬に、とめどなく溢れ出す涙。――けれど、ウィリアムがそんな彼女に触れることはもう無い。


 ウィリアムはひたすらに泣き続けるカーラを――感情の無い瞳で――ただ黙って見つめていた。


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