魔獣討滅
強大な魔獣ケルベロス可能態の放った咆哮が止むよりも前に、一行は攻撃行動に移っている。
グィードとスカーレットがケルベロス可能態の向かって右の頭に見事な連携攻撃を仕掛けた。
スカーレットは戦闘開始と同時に、神聖守護霊装への換装を完了していた。
グィードの黒衣とスカーレットの純白の鎧が残像を残しながらケルベロス可能態に迫り、ちょうどその目前で交差した。
それは黒と白の饗宴と名付けられたグィードとスカーレットによる昔なじみの連携攻撃であって、二人はかつて、この連携攻撃によって数え切れないほどの魔物を一瞬にして滅ぼして来たのであった。
だが、今回の相手がそれほど容易い相手ではないことを、二人は認識していた。
なんと二人の斬撃がケルベロス可能態の巨大な頭部を斬り刻もうとした瞬間、その凶悪な顎が開き、そこから強力な魔力の籠った雷球を放ったのである。
それは高位の竜種が放つ雷の息吹を圧縮して放ったようなものであって、如何に英雄クラスの二人とは言え、直撃すれば瀕死を免れないであろう危険な攻撃であった。
一瞬のうちにそう悟った二人は、雷球を神速で躱しつつ、そのまま後頭部側へと回り込み、再び連携攻撃を仕掛けた。
だが今度はそれを、ケルベロス可能態は頭を大きく振ることで、回避に留まらず反撃して見せたのであった。
グィードとスカーレットの斬撃はケルベロス可能態に致命傷を与えることはできず、さらにその大きく振られた頭によって、それぞれ弾き飛ばされ、連携攻撃は解除されてしまった。
同時に、ザムジードとアガレスがケルベロス可能態の向かって左の頭に攻撃を仕掛けている。
ザムジードの得物は先のリロイ・ブラウンとゴーモトとの戦闘後に回収した魔剣、魂喰らいであった。
かつては大剣であった魂喰らいは、今はアガレスの魔力によって、ザムジードの手に長年の愛剣のように良く馴染む長剣に変わっていた。
アガレスは徒手空拳であるが、ウァサゴが自らの衣服を高質化して刃としていることなどから、アガレスもまた、いつ一瞬にして、そのような攻撃能力を発揮するのか、一行の誰にも予測できなかった。
偶然にも、この二人の装いもまた黒と白の対照をなしていた。
ザムジードとアガレスはあたかも二人で一人あるかのように寄り添って、ケルベロス可能態の頭部に向って飛翔している。
奇妙な表現ではあるが、その二人の姿はザムジードという黒い実体にアガレスという白い影が連れ添っている、そんな風に一行の眼に映っていた。
実際には、それは集合意識によって共有されたトイフェルスドレックの視点であったが。
ケルベロス可能態の鼻先に迫り、ザムジードが両手で魂喰らいを振り上げた瞬間、いつの間にかアガレスの両手にもまた、長剣が握られており、それが振り上げられていた。
それはあたかもザムジードの姿を鏡に映しているかのように、そっくりな構えであった。
いや、見紛うことなく、それはザムジードの鏡像であった。
その瞬間、トイフェルスドレックの頭に「黒と白の鏡像」という言葉が閃いた。
ザムジードとアガレスの連携攻撃に命名がなされた瞬間であった。
そしてその命名は集合意識によってザムジードに共有される。
「黒と白の鏡像!」
ザムジードとアガレスの口が異口同音にその技名を発した。
その瞬間、それが初めから二人の意図であったかのように、ザムジードとアガレスの実体が揺らぎ、幻影化した。
ケルベロス可能態はグィードとスカーレットに対してそうしたように、顎を大きく開き雷球を発射して、それに対抗した。
しかし、その雷球はザムジードとアガレスの身体をすり抜けて、背後の宝物庫の壁に命中した。
その壁にはあらゆる物理攻撃と魔法攻撃を相殺する特殊な処置が施されていたために、雷球はそのまま消滅してしまった。
同時に、ケルベロス可能態の頭部の上半分、ちょうど大きく開いた顎の付け根の辺りから上が、ザムジードとアガレスの斬撃によって斬り刻まれ、赤黒い血液を撒き散らしながら消失した。
時を同じくして、ヒューゴとレーナとスオウ、そしてウァサゴもまたケルベロス可能態に攻撃を仕掛けている。
ケルベロス可能態の三つの頭のうち、左右二つの頭はグィードとスカーレット、そして、ザムジードとアガレスの攻撃にそれぞれ対応している。
当然、ヒューゴたちの狙いは急所である中央の頭であった。
だが彼らは、直接頭部に攻撃を仕掛ける前に、その強力な凶器である左右の前足を無力化する作戦であった。
得物と戦技の相性から、ヒューゴとウァサゴ、そしてレーナとスオウという二手に分かれ、ヒューゴとウァサゴが向かって右の前足、レーナとスオウが向かって左の前足に、同時攻撃を仕掛ける。
ケルベロス可能態がそれを悟り、まずはヒューゴに向けて、中央の頭が雷球を放つ。
ヒューゴはそれを神速で躱しつつも攻撃を中断しない。
ウァサゴがヒューゴよりも一瞬早く、両腕から突出した刃で攻撃を仕掛ける。
ケルベロス可能態は前足から血を吹き出しながらも、その鋭い爪でウァサゴに反撃を試みる。
ウァサゴは軽く後ろに飛び退いて、その反撃を躱す。
そこへヒューゴが駆けつける。
「王殺しの速弾き!!」
闘気によって巨大化したヒューゴの愛剣が一撃のもとに、反撃のために伸ばされたケルベロス可能態の前足の先端を斬り払った。
「ギャァァァァァァァァァアオォォォォォン」
前足の四本の指を切断された痛みと怒りのために、ケルベロス可能態が絶叫する。
その瞬間、反対の前足に向って飛翔していたレーナとスオウは、ケルベロス可能態の懐ががら空きになったのを認め、そちらに方向転換をする。
それは今や両者が、一撃必殺を旨とする心臓を一突きに熟練していたためであった。
そして二人は、その熟練した能力によってケルベロス可能態の体内には頭同様、心臓もまた三つ存在していることを察知していた。
問題は、それぞれ単独による通常の心臓を一突きでは、ケルベロス可能態のような巨体を持つ魔物の急所を一撃で破壊することは不可能であることである。
しかし、この時二人は、それぞれその問題を解決するアイデアを閃いていた。
スオウのアイデアは非常にスオウらしい力技であって、アイデアとさえ呼べないほどにシンプルなものであった。
すなわち、鬼人化による心臓を一突きである。
ケルベロス可能態の懐に飛び込みながら、スオウは一瞬にして鬼人化する。
そして、スオウの変身に合わせて自在に伸縮する専用籠手、憤怒の聖者に包まれた鬼人の貫手が深々と魔獣の左胸に突き刺さった。
魔獣は再び痛みと怒り、そして憎しみに満ちた叫び声をあげた。
レーナは万魔殿に入城して以来の戦闘の中で固有職、神仙としての能力を深く理解しつつあった。
すなわち、それは単に神聖魔法と体術の達人であることに留まらず、それらを自在に組み合わせて新たな技能を生み出すことができるのであることを。
そして今、レーナは自分の身体に充満している聖なる魔力と闘気を練り合わせて、まったく新しい戦闘エネルギーへと変換していた。
それはかつて神代の英雄たちが用いた神聖闘気と呼ばれる力であったが、レーナはまだそれを自覚していない。
ただ直観的に、その使い方だけは理解していた。
その時、レーナの全身が白い輝きに覆われた。
そしてその輝きは、次の瞬間にはレーナの右手に装着された駆逐者の爪の刃に収斂していく。
白く輝く刃が魔獣の右胸に吸い込まれるように突き刺さる。
だがその刃では巨大な魔獣の心臓までは至らない。
しかし、次の瞬間、魔獣の背中を内側から貫いたように一筋の光線が放たれた。
それは魔獣の胸に突き刺さったレーナの刃から放たれた神聖闘気による光線であった。
三度、魔獣は絶叫した。
だが魔獣はまだ絶命してはいなかった。
なお魔獣には一つの心臓と二つの頭が残されてたからである。
その時、魔獣の全身から凄まじい雷撃が放たれた。
魔獣の懐に密着していたレーナと鬼人は神速で退避して直撃を免れたが、それでも相当に大きなダメージを受け、全身が痙攣してしばし行動不能に陥ってしまった。
その他の者たちは英雄波動共振による耐性強化と自然治癒力によって、負った軽傷もすぐに癒された。
魔獣は本能によって最も弱っているのがレーナであることを悟ると、中央の頭からレーナに向かって雷球を放った。
レーナを庇うようにヒューゴが駆け寄るが、それよりも早く動いていたのはザムジードであった。
ザムジードが雷球に向けて魂喰らいを振るうと、雷球が消失した。
魂喰らいが雷球の魔力を喰らったのである。
ザムジードがヒューゴを振り返って照れくさそうに微笑する。
「ありがとう!ザムジード!」
ヒューゴの声に、ザムジードはやはり照れ臭そうに頷く。
ヒューゴはそのままレーナの身体を抱き上げるとトイフェルスドレックの結界の中に運び入れ、床に寝かせる。
「ありがとうヒューゴ、私」
「大丈夫だよレーナ。何の心配もいらない」
苦し気に話そうとするレーナの言葉を遮って、ヒューゴが力強く言った。
それから戦場を振り返る。
魔獣は、今度は残された二つの頭からほぼ同時に、身動きの取れない鬼人に向けて二つの雷球を放った。
そのうちの一つは、やはりザムジードが魂喰らいによって防いだ。
残る一つの雷球が鬼人に命中するかに思われた瞬間、雷球と鬼人の間にスカーレットが神速で飛翔し、神聖守護霊装の大盾で雷球を防いだ。
正確には、雷球は盾そのものに防がれたのではなく、盾から発せられた神聖魔力による防護壁に防がれたのであった。
同時に、雷球の発射によって一瞬生まれた隙を突いて、グィードとウァサゴが残る魔獣の二つの頭部に攻撃を仕掛けていた。
グィードによる死神による速弾きとウァサゴの凶刃輪転乱舞による同時攻撃を受けて魔獣の二つの首は見事に切断され、巨大な魔獣の頭が二つ、ドスッ!ドスッ!という鈍い音を立てながら床に転がった。
一つの頭の上半分と二つの頭を失ったケルベロス可能態は、もはや断末魔の叫びをあげることもできずに床に崩れ落ちた。
やがてその全身から瘴気が拡散しはじめ、数秒のうちに完全に消滅した。
それを見届けた後でグィードが恨めしそうにトイフェルスドレックの方を見ながら口を開いた。
「やれやれ、今回は大賢者様のサポートがやけにあっさりしていたようだが」
その言葉を受けてトイフェルスドレックは厭らしい笑みを浮かべながら答えた。
「そうか、やはり気づいたか。なに、これからの激戦に備えておまえたちにはさらに経験を積んでもらう必要があるからな。悪く思わんでくれ」
実際のところトイフェルスドレックがその気になれば、ディオゲネスと同等以上の防護結界によって、ケルベロス可能態の雷撃を無効化することくらいは児戯に等しいことであった。
だがグィードたちが、そのように完全に守られた中での戦闘に慣れてしまえば、今後より強力な敵とぎりぎりの戦いをしていく中で、思わぬ危険を招くことになるであろう。
トイフェルスドレックはそのことを見越して、今回は敢えて基本的な強化魔法を施す以外のサポートを行わなかったのである。
その結果、実際にレーナとスオウは危機に陥ったのである。
そしてその経験は、一行にとって大きな教訓となった。
また一行は、この経験を通して改めて、トイフェルスドレックは単なる戦闘パーティーの中の魔導士ではなく、冒険者の導き手であることを思い知ったのであった。




