魔人変貌
カルラやアルフォンスたちがルキウス率いる五人の不死隊との戦闘を繰り広げていた頃、ヒューゴたちはザムジードの案内で遺物が保管されているという万魔殿地下の宝物庫を目指していた。
そして、一行がいよいよ宝物庫のある地下階に到着した時、待ち伏せしていたかのように、一行の目の前に暗黒卿リロイ・ブラウンと魔導剣士ゴーモトに率いられた十三人の不死隊が立ち塞がった。
「この万魔殿の中では、おまえたちの動きは我に筒抜けだ」
不死隊の背後に立つリロイ・ブラウンが勝ち誇ったように言った。
「今度こそ、おまえたちの魂を我が魔剣魂喰らいの餌食にしてやろうぞ」
醜い笑みを称えながらゴーモトが口にした。
その言葉を聞きながらグィードは敵の様子を観察し、早くも戦力の分析を開始していた。
最初に気づいたのは、不死隊一人ひとりが持つ雰囲気が、先の戦闘の時とはまた変化していることであった。
当初から通常の冒険者もどきに比べれば一人ひとり際立った個性を有していた不死隊であったが、今はそれらの個性がさらにはっきりと見て取れたのである。
グィードはその十三人の不死隊の中に、明らかに悪徳冒険者と思われる雰囲気を持つ者が数人含まれていることに気がついた。
悪徳冒険者とは冒険者ギルドに登録して聖霊の加護を受けながら、その加護の力を自らの欲望のためにのみ用いる者たちの俗称であり、その悪行がギルドの耳に入れば、当然登録を抹消されることや、討伐以来の対象となることもあるが、多くの場合、彼らは偽名を用いて裏社会に潜伏しているため、ギルドもその存在を完全に把握して、処理することはできないのであった。
また不死隊の中には、英雄と呼ばれるにふさわしい雰囲気と気配を持つ熟練の冒険者も含まれていたが、先ほどグィードが地下牢で言葉を交わした美髯の騎士ルキウスの証言によれば、彼らはガムビエルには逆らえないように造られているということであった。
そこは先ほど戦場となった玉座の間のように広大な空間ではなかったから、リロイ・ブラウンも先ほどのような極大魔法は使うまいと、グィードは判断した。
とは言え、万魔殿の通路は広く、一行が亜空戦術を用いてのびのびと戦うには十分な広さを有していた。
ヒューゴは早くも英雄波動共振を発動して、グィードの分析を初め、トイフェルスドレックによる分析や戦術案もまた、パーティーの集合意識に共有されている。
また、その時一行はザムジードが英雄波動共振の効果範囲に含まれていることを違和感なく受け入れていた。
一同が戦闘態勢を取ると同時に、トイフェルスドレックが鳳翼飛翔陣を無詠唱で発動する。
この時一行は、トイフェルスドレックによる鳳翼飛翔陣を初めて経験したが、その強化性能がディオゲネスのそれを明らかに上回っていることを実感していた。
ヒューゴはそれを心強く感じつつ、今は兜を脱ぎ、美しい赤髪をあらわにしてグィードの傍らに立つスカーレットの方に目をやった。
その視線に気づき、スカーレットがヒューゴに優しく微笑む。
ザムジードの精神支配を解かれ、本来の自分を取り戻したスカーレットが、今、初めて剣を抜き、戦闘態勢を取っていた。
ヒューゴは未だ、スカーレットが自分の母親であるという実感はあまり湧いて来なかったが、スカーレットが信頼に足る心強い戦士であるということは、良く理解していた。
そのスカーレットをグィードと共に挟むように、前腕部から突出させた漆黒の刃を構えたウァサゴが美しい微笑を湛えながら立っている。
その三人は、かつてもそのように強大な敵に立ち向かったことがあったのだろうかとヒューゴは想像していた。
そして今、ヒューゴの両脇にはドワーフの巨匠ヴォルカスの手になる刃を持つ専用の籠手、駆逐者の爪を構えたレーナと、同じくヴォルカスの手になる鱗状の金属片を伸縮性を持った特殊素材で組み合わせた手袋のように手に馴染む専用の籠手、憤怒の聖者を構えたスオウが戦闘態勢を取っている。
アガレスはこれまで通り戦闘に加わるつもりは無いのか、ザムジードの剣の中で沈黙を守っている。
ヒューゴが改めてオリハルコン製の愛剣、永劫回帰を握る手に力を込めた時、戦闘が開始した。
最初に動いたのは不死隊の前衛の一人、魔法装飾を施された二本の短剣を両手に逆手で構えた軽装の悪徳冒険者であった。
トイフェルスドレックの解析魔法によればその悪徳冒険者の職業は暗殺者である。
「キエェェェェェ!」という奇声を発しながら跳躍した暗殺者の攻撃対象はレーナであった。
グィードはその選択が暗殺者の戦略的判断によるものではなく、性癖によるものであろうと判断した。
ヒューゴは暗殺者の身体がまだ空中にあるうちに、その正面に飛翔して相手を真っ二つにするつもりで一直線に愛剣を振り下ろす。
ガキン!という堅い音を立てて、暗殺者の交差させた短剣がその斬撃を受け止める。
さらにその反動を利用して、暗殺者は空中で軌道を変えて、今度はスカーレットに襲い掛かる。
「キエェェェェェ!」
下種野郎だなと判断するが、グィードは暗殺者を無視して敵の只中に躍り込む。
暗殺者がスカーレットに傷一つ付けることが出来ないことをグィードは確信していたのだ。
その瞬間、暗殺者は空中からスカーレットが変身するのを目撃した。
それは変身としか形容できない変化であった。
スカーレットの身体が一瞬眩い光を放ったかと思うと、直前まで身に着けていたはずの漆黒の甲冑が、純白の甲冑に変化したのである。
そして、それまでは何も持っていなかったはずの左手には、やはり純白のスカーレットの半身を覆い隠すほどの巨大な盾が構えられていた。
その盾自体がさらに巨大化して、自分に向って突進してくるように暗殺者には感じられた。
それは盾突きと呼ばれる、盾を持った騎士の基本的な戦闘技能の一つである。
「ギヤァァァ!」という無様な声を上げて暗殺者が後方へ吹き飛ばされる。
驚くべきは、その攻撃自体ではなくスカーレットの変身であった。
そしてそれは、スカーレットに以前から備わっていたウァサゴの加護による能力であることが英雄波動共振による一行の集合意識の中で一瞬にして共有された。
曰く、神聖守護霊装。
それがスカーレット本来の戦闘形態なのであった。
スカーレットが持つ剣もまた変化していた。
柄から剣身までが白く美しく輝く聖剣、白き女王。
その聖剣もまた神聖守護霊装の一部なのである。
スカーレットの反撃は盾突きで終わらず、スカーレットは直ちに飛翔して、吹き飛ばされる暗殺者との間合いを詰める。
聖剣白き女王の剣身が美しい軌道を描いて暗殺者の胴体を真一文字に斬り裂いた。
次の瞬間、暗殺者の身体が鮮血と共に瘴気を撒き散らしながら雲散霧消して、その正体が生身の人間ではないことを証明した。
スカーレットが暗殺者に止めを刺した時にはすでに、周囲で乱戦が始まっていた。
ヒューゴとレーナとスオウは連携攻撃、善良なる隣人を発動して、魔導剣士ゴーモト率いる六人の不死隊と拮抗した戦いを繰り広げていた。
ゴーモトの振るう魔剣魂喰らいは僅かに掠るだけでヒューゴたちの気力と戦闘能力を奪うことが判明したため、ヒューゴは全力で魔剣の攻撃を捌くことに集中していた。
その間、レーナとスオウは不死隊の攻撃を躱しながら、隙を見つけると二人で息を合わせて必殺の心臓を一突きを仕掛ける。
レーナとスオウの最初の標的となったのは巨大な戦斧を振るう重装戦士であった。
重装戦士は巨体に似合わない素早い動きで戦斧を自由自在に操っていたが、なんとスオウはその戦斧を、真剣白刃取りして見せたのである。
そして、その次の瞬間、レーナは重装戦士の左側に神速で移動し、駆逐者の爪の刃を、脇腹のやや上から心臓に向けて、正確に突き刺したのである。
レーナの表情には興奮も勝ち誇りもなく、ただ慈悲だけが浮かんでいた。
重装戦士の巨体が静かに、瘴気を撒き散らしながら雲散霧消した。
ゴーモトが率いる不死隊の中には、しなやかな肉体を誇る金髪の若い女の弓手がいた。
この大陸では彼女のように鍛え上げられた肉体を持つ女性の戦士のことを、その職業にかかわらず女闘士と呼ぶことがある。
そこでヒューゴたちもまた彼女を一目見た瞬間から女闘士として認識していた。
女闘士は弓の達人であったが、ヒューゴたちは今や、その達人技を上回る戦闘能力を身に着けていた。
矢の接近を感じ取ると神速で躱すか、それぞれの得物で払い除けるということを容易く行った。
しかし、女闘士の攻撃はまったくの無力ではなく、巧みな牽制となり、ゴーモトたちが攻勢を強めるのに役立っていた。
このままではいずれ不利になることを悟ったスオウは、次なる標的を女闘士に定めた。
ヒューゴもレーナも、集合意識の中でそれに同意する。
ヒューゴが王殺しの速弾きの追奏曲を発動して、数瞬の間ゴーモトを追い詰める。
ゴーモトは追い詰められながらも、ヒューゴのすべての斬撃を捌き切る。
その様子を察知した女闘士がヒューゴの背に向けて連続して三本の矢を放つ。
しかし、その攻撃を予測していたレーナがヒューゴの背後を守るように神速で移動して、その三本の矢をことごとく払い除けた。
その瞬間、スオウもまた女闘士の背後に神速移動して上段の回し蹴りを仕掛ける。
その蹴りは見事に女闘士の首筋を捉えて、女闘士の身体が地に転がる。
受け身を取って立ち上がった女闘士の心臓を、再びその背後に神速移動したスオウの手刀が背中から貫く。
スオウは笑う。
強者を屠ることは戦闘種族であるスオウの本懐であったから。
女闘士の身体が、瘴気を撒き散らしながら雲散霧消した。
ゴーモトが率いる不死隊はあと四人、トイフェルスドレックの解析魔法によれば、それぞれ聖騎士、剣豪、槍匠、武闘家であった。
ヒューゴたちの戦闘を集合意識によって把握しつつも、グィードはリロイ・ブラウンに率いられた六人の不死隊と自らの戦闘を続けていた。
トイフェルスドレックの解析魔法によれば、六人の不死隊の内訳は暗殺者、剣豪、侍、魔法剣士、武闘家、司教であって、そのうち暗殺者と武闘家はグィードの見立てによれば悪徳冒険者であった。
グィードの両脇には黒衣の精霊ウァサゴと黒衣の騎士ザムジードが従者の如く付き従って、互いに連携を取りながら戦っていた。
図らずもその三人は共に全身黒尽くめであり、そこに不思議な一体感が生まれているようであった。
やがてグィードが死神の大鎌・交響曲を発動して黒い影が七つに増えると、それを見てスカーレットは「烏の数え歌」という童謡を思い出した。
そういうわけで、この時グィードとウァサゴ、そしてザムジードが発動した連携攻撃は烏の数え歌と呼ばれるようになった。
烏の数え歌はなかなかに強力な隙の無い連携攻撃であって、最初に悪徳冒険者の武闘家がザムジードの剣に掛かって撃破され、続いて暗殺者もウァサゴの刃によって撃破された。
その間にグィードは残りの四人を、自らも四人に分かれて翻弄していた。
スカーレットは聖騎士としての役割を弁えてトイフェルスドレックの護衛に専念していた。
とは言え、果たしてトイフェルスドレックに護衛が必要であるのかどうかということについては、グィードには些か疑問であったが。
いずれにせよ、相手が難敵であればあるだけ常道に従うことが大切なことをグィードやスカーレット、そしてトイフェルスドレックと言った熟練の冒険者たちはよく理解していたのだ。
リロイ・ブラウンは先の戦闘の際と同様に、オリジナルの強化魔法、暴君の号令を発動して、ゴーモトたちを含めた自らの手勢全体の戦闘能力を底上げしていた。
さらにリロイ・ブラウンは、複数の上位攻撃魔法を同時に発動していることにグィードは気づいた。
すなわち、激しい爆炎と同時に絶対零度の氷柱がグィードとウァサゴ、時にはザムジードとスカーレットに襲い掛かるのである。
それらの攻撃魔法の大部分は、トイフェルスドレックの結界によって防がれてはいたが、一つ一つの魔法が強力であるためにトイフェルスドレックは、破られた結界の上に次々に結界を張り続けなければならず、攻勢に出ることが出来ないようであった。
するとグィードの分析を肯定するようにパーティーの集合意識にトイフェルスドレックの分析が重なる。
「どうやらあの姿になっても、リロイ・ブラウンは七つの頭を失っていないようだ」
それを聞いてグィードは改めて、かつての偉大なるネズミの王の醜い容姿を思い起こした。
七つの頭を持つ巨大な化けネズミの姿を。
「外見上は隠されているが、奴の身体の中には今も七つの頭があって、それぞれが同時に魔法を詠唱、或いは無詠唱で発動しているんだろう」
それを聞いて、グィードは改めてリロイ・ブラウンが化け物であることを思い知った。
また集合意識によってその情報を共有した一行は皆、グィードに同意した。
激しい戦闘の末、ヒューゴたちは残された四人の不死隊を撃破し、グィードらもまた最後まで粘りを見せた二刀流の侍を撃破して、残るはゴーモトとリロイ・ブラウンだけとなった。
その時、リロイ・ブラウンが新たな動きを見せた。
目を閉じて長い古代語の詠唱を始めたかと思うと、リロイ・ブラウンの身体が徐々に巨大化して、やがてローブを引き裂き、上半身をむき出しにした巨人のように変貌を遂げたのである。
そして一行は、その巨大化してむき出しになったリロイの上半身の各所に、奇妙な傷口のようなものが存在しているのを目撃した。
しかし、傷口のように見えたそれは獣染みた牙を持つ口であることが、すぐにわかった。
両肩と両肘、そして胸部の左右に一つずつ、獣染みた牙を持つ口が開いているのである。
なんと醜い身体であろうか。
だがその醜い上半身の上には、これまで通りの邪悪だが美しい貌が、僅かに獣性を増して微笑んでいた。
その異様な組み合わせが、一同の心に嫌悪感を増し加えた。
嫌悪に歪む一同の顔を睥睨しながらリロイ・ブラウンが口を開く。
「恐怖するがよい、人間どもよ。これこそが魔人真祖リロイ・ブラウン様の真の姿だ」
するとゴーモトもまた、リロイ・ブラウンに続くように古代語の詠唱を開始した。
するとどこからともなく濃密な瘴気が発生してゴーモトの身体に纏わりつき、その輪郭が見る見る形を変えて行った。
それは巨大な剣であった。
なんとゴーモト自身が魔剣、魂喰らいに吸収されるかのように巨大な魔剣に変身したのである。
そしてその巨大な魔剣は、物理法則を無視して空中を移動し、魔人リロイ・ブラウンの右手に収まったのである。
これにはさすがの一行も、しばし声一つ上げることが出来なかった。
ただこれから始まる激戦の予感に息を飲み、改めて戦闘態勢を整えた。




