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05 人類最強と悪魔

 おかしい。

 ライバルのラトナ=ルイ=エミリオール。高飛車で高慢ちき。オーソドックスな金髪ツインテールの碧眼で、背が低く幼児体型。癇癪持ちで婚約者であるセドリック様に迷惑ばかりかけている。

 なのに、そんな女が自分からセドリック様との婚約を破棄したですって? しかも浮気宣言までして。

 おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい、おかしい!!

 どうして! 一週間後にはあいつの断罪イベントがあったのに! これでスカッとするはずだったのに! 不完全燃焼じゃない! どうしてくれるのよ! あの女! おかしい! 森に吹き飛ばしてセドリック様との仲を深めるイベントもあいつの浮気宣言のせいでおじゃんよ! 何の為にヤンデレの振りして脅したのよ!

 セドリック様から貰った猫のぬいぐるみを抱きかかえ、爪を噛む。いつもは手袋をしているので爪ががたがたになったところでどうという事はない。

 おかしい。あのイベントがないとあの女を排除できない。今まで不自然なほど私にはノータッチだったくせに、なんで今更突っかかってくるの!? 婚約破棄なんてされたら断罪イベントで賄賂握らせてまで掻き集めた証拠も証言も何もかも無駄になるじゃない!

 おかしい、おかしい……。


「お嬢様、セドリック様がいらっしゃいました……」

「……通して」


 キツく締めすぎて形が歪んでしまった猫のぬいぐみを、中の綿を寄せるようにして整える。淑女は荒っぽい事をしないのだ。特に、この私。アリア=セル=ローズワルドは。成績優秀、眉目秀麗、品行方正。好意には鈍感だけどその他の感情の機微を感じ取るのは得意。珍しい浄化の炎の魔力を持つ天才児。それが私よ。私なのよ!

 なのに、なんなのよあの女。私がここまで上り詰めるのに一体どれほど掛かったと思ってるの? 私がここまで来るのにどれほど苦労したと思ってるの? あの女のような邪魔者を蹴散らして初めてその効果を実感できるのに。


「アリア」


 がちゃり、とノック無しにセドリック様が入ってきた。危うく凶悪な顔のままセドリック様をお迎えするところだった。危ない危ない。

 完璧な主人公スマイルを浮かべ、セドリック様、と鈴のなるような声で言う。


「すまない。昼間の件だが、お前に危害が及ぶと思うと、居ても立っても居られなくなった……。結果として、お前に苦労をかけるかもしれないが、出来るだけお前を守りたいと思う」


 目を見開いた。このセリフは。このシチュエーションは。

 セドリック様とのエンドに関して重要な役割を持つ分岐点。昼間におじゃんになったと思っていた、通称好感度爆上げイベントだ。

 ああ、そうか。

 感動して口元を覆うふりをしてにたりと歪める。

 そうか。そうなのか。所詮この世界はゲームの世界。そして私は主人公。ゲームは、ありとあらゆる苦難の元、主人公に最高の幸福を与えるのだ。私が、例え何もしなくとも。あの女からセドリック様は心が離れ、私に靡くのだ。勝手にストーリーは進むのだから。

 それが分かれば話は早い。


「ええ……! ありがとうございます……!」


 断罪イベントは必ず発生する。それであいつ、ラトナ=ルイ=エミリオールは破滅する。仲良く浮気相手とでも底辺のスラム街に落ちれば良い。


 至上の天使が如き微笑みを浮かべ、涙を流す少女。その中にあるのは腐って饐えた臭いを放つ汚い魂。

 大きな木の上、カンテラがぽう、と揺れる。

 くすり、と含み笑った声が冷めた目でその少女の運命を見下した。


ーーーーーー


『君は歪だね』


 暗闇の中。ふわふわと浮き、前も後ろも右も左も上も下も分からない空間。声が聞こえてきた。


『美しい体に雄々しい魂だ』


 こぽ、と口から気泡が出る。水中だったのかと呑気に考えた。


『そして、君の心は常に。怒りの炎に覆われている』


 ぬ、と白い手が俺の顔めがけて伸びてきた。


『なんと甘美なのだろう』


 次いで、出てきた白い顔。厚いレースに覆われて見えない目元。


『嗚呼。君の望みをお言い』


 そうすれば、とそれは続ける。揺れるレースの狭間から、金色の瞳が見え隠れする。


『きっと叶えてあげよう。……その代わり』


 とん、と平べったい胸に指が突き立てられる。その白い手は薄く発光しているようだった。


『君をおくれ』


 にたりと笑った口元に、ギザ歯が並んでいた。


「ーーっは」


 目を開ける。汗がびっしょりだ。ベタだが部屋の外でフクロウが鳴いている。夜だ。

 起き上がり、横を見る。無駄に広いベッドに下半身だけ取り残して上半身が床に落ちてる状態で眠っている我が幼馴染。芸術性すら感じる寝相だ。

 夢の内容は覚えていないが、悪夢を見た事には違いないだろう。でなければこんなに汗などかいていない。

 汗でベタつく肌を不快に思いながら、シャワーでも浴びようかとベッドから立ち上がる。ふと、薄い影が床に広がった。レースカーテンの影だ。窓なんて開けていただろうか、と振り返る。


「こんばんは」


 耳をくすぐった低い声。


「答えを聞かせておくれ」


 伸ばされた白く細長い手。

 不意に、風が強く吹きレースカーテンが一際大きく膨らむ。窓の向こう、バルコニーに佇む大きな人影。


「お前、なんで……!?」


 ひょろ長い手足。死体のように青っ白い肌。女性用の喪服。つばの広い帽子と厚く黒いレース。カンテラを片手に持ち悠然と佇むそいつは、紛れもなくあの森で出会った巨人だった。

 三日月型に歪んだ口からギザギザの歯が少しだけ見えている。目を見開き、少しだけ後ずさった。


「君の望みをお言い」


 近くなった声に、肌が粟立つ。何処か聞いたことのあるようなセリフにハッとする。


「きっと叶えてあげるから」


 白く、見た目を裏切らない冷たい手が俺の頬を撫ぜる。俺の目を覗き込む金色の瞳。その周りには、ぽっかりと空いた闇。

 喉がひりつき、声が出ない。見開きすぎた目には生理的な涙が浮かぶ。

 恐怖。

 紛れもない恐怖。下手なことを言ったら死ぬという重圧。この世界に生を受けて初めて味わう感覚。

 ーー「格が違う」


「……誰」


 低く呟かれた声。

 目だけで声の出所を見る。シュバルツが不機嫌そうにベッドの上に座っていた。なんで呑気に体育座りしてんだよぶち転がすぞ。強がりから来る殺気の篭った俺の視線に気づいているのかいないのか、相変わらずその陰気な少年はじとりと俺たちを見つめている。

 その目にどこか既視感を覚えながらも、声が出ない代わりに胸中で絶叫する。「助けてくれ」と。


「……ねえ、これ見て?」


 紙の擦れる音がした。徐に呟かれた声に、疑問符が浮かぶ。シュバルツの手には寝る前に描いたこの巨人の絵。何をするつもりなのかと怪訝な目でそれを見つめれば、シュバルツはその絵をスケッチブックごと燃やした。

 シュバルツの魔力、「焼却」はその名の通りありとあらゆるものを燃やす力だ。実際に使うところを見るのは久々だが、一体何をしているのだろうか。


「……っぐ」


 突如、ぼ、と炎がはためく音が至近距離でした。

 なんだ、と思う間も無く俺の肩から派手に燃え上がる火柱。厳密に言えば、俺の肩ではなく俺の肩に置いていた巨人の手が燃え上がっているのだ。呆気にとられている俺を、何かが後ろに引っ張った。バランスを崩し無様に尻餅をつきそうになった時、案外がっしりとした腕に抱えられる。ふわりと香ったインクと土の匂いにシュバルツの物だとわかった。

 巨人は全身を燃え上がらせ、よろめき、悶えているように見えた。ほとんど衝動的に周囲の物を持ち上げ、巨人に向かって投げつける。急所は外したが、炎から逃げる術を潰すのが目的だから問題はない。

 ふと、含み笑いが聞こえた。

 一際大きく炎が燃え上がり、ごうごう、ごうごうと大きな音まで立て始めた。


(俺なんか燃えるもん突っ込んだっけ)


 なんて、不安に思っていると、炎が不自然にうねり始めた。巨人の影に纏わり付くようにうねり、収束し、形を成していく。


「私の名はイーラ」


 炎は更に形を変え、産声をあげる。形容しがたい叫びを上げたそれは、巨人の体に纏わり付くように鎮座するドラゴンになった。


「憤怒に魅せられた哀れな悪魔さ」


 悠々と立ち、微笑みを湛える巨人、否、悪魔。ニタリと笑い、強く吹いた風にあおられたレースの下が露出した。

 夜空にポッカリと浮かぶ満月のような眼球だ。本来白い部分が黒く、金色の瞳が爛々と欲を糧に輝いている。その狂気染みた色に戦慄を覚えた。

 益々上がっていく火力と大きくなっていくドラゴン。流石に命の危険を察知するレベルだ。


「おい。おいおいおいおい! お前の火、乗っ取られてんじゃねえか! どう対処すんだよあんな火力の奴! 俺だと抑えらんねえぞ!」

「おれもだよ! なんで呪いを乗っ取れんの!? 意味わかんないんだけど!」


 二人して大パニックだ。二人抱き合うようにあわあわしていると、ぱ、と少しの熱を残してドラゴンが消え失せた。

 目を瞬かせていると、堪え切れない、と言ったように肩を震わせている悪魔。仕草は女性的だが、抑えられた口元から漏れる声はバリトンボイスだ。アンバランスにも程がある。


「ふふ、ふふふ。面白い子達だね」

「……は?」

「驚かせてごめんね。今日はただお礼を言いに来たのさ」


 そう言ってふわり、と空中に腰掛ける悪魔。一瞬空気椅子なのかと疑ったが、見る限り足を床から離しているため浮いているのだろう。俺と似た魔力だろうか。


「今日、森で会っただろう? 君があの時カンテラを持って森の外へ出てくれなければ、私はまた長年あそこに縛られていただろうからね」


 にこり、と軽く小首を傾げて笑った悪魔は、手に持っているカンテラをするりと撫ぜた。それは確かにあいつから貰った物だったし、森の手前に置いてきたものだった。


「それで。お礼に君の願い事を叶えようかと」


 怪しい。

 自分の事を悪魔と言ってる時点でそうだが、何かの宗教勧誘としか思えない。怪しいにも程がある。下手になんか言ったら弱みを握られる可能性がある。黙っておくのが吉か。


「……代償とかあるんじゃないの?」


 何言ってんだこいつ。

 信じられないような顔で見上げた顔、シュバルツは至極真面目な顔をして悪魔に問いを投げかける。


「ふむ。望みを聞いたのは君じゃないんだけど。まあ、今は気分がいい。特別に君の願いも聞いてあげよう」

「はぐらかさないでよ」


 おうおう、いつになくグイグイ行くじゃねえかシュバルツの奴。早々見ねえぞ、こいつのこんな所。なんか察することがあるのか。


「ふふ、鋭い子だね。そう、代償は存在する。私が要求するのは、君の魂さ」


 ……………。


「セバスチャーン」

「待ち給へ」


 口横に手を当て声を張り上げる。セバスチャンはこの家の執事のことだ。体術においては右に出るものはいない。今年70になるらしいが、そんなこと微塵も感じさせない元気さだ。それと同時に、この家で唯一俺を「ぼっちゃま」と呼ぶ。そして過保護だ。母様よりも。

 余裕そうな態度は何処へやら、青っ白い顔に冷や汗をだらだらと流しながら俺の肩を掴む悪魔。どうやらセバスチャンの事を知っているらしい。そういえば今日は庭に入ってきた不届き者10人前後を一人でとっちめたとメイドたちが噂していたな。その現場を目撃したのかもしれない。


「すぐに武力に訴えるのはやめよう」

「願い事の代わりに魂差し出せとかいう悪徳商法嗾ける奴に言われたかねえよ」


 あっかんべー、と舌を突き出し右手の親指を下に向ける。遠くから「ぼっちゃまああああ!!」という絶叫が聞こえてきた。凄まじい爆音が聞こえることから廊下を全力疾走しているのだろう。相変わらず人外染みた爺さんだ。

 その絶叫が聞こえたのか否か、悪魔の顔が更に蒼白になって行く。青を通り越し、白を通り越し、顔色は緑だ。非常に面白い。悪魔にも血液が流れていることが実証された。


「だからってあんな人外爺さん呼ぶことはないでしょ! 今すぐ大丈夫だよって言ってよ!」

「いーやーだーねー。てかお前さっきまでの余裕そうな態度どうしたんだよ」


 益々近づいてくるぼっちゃまコールにすん、と一瞬無表情になった悪魔はすっくと立ち上がった。そして余裕綽々とした態度を崩さず、窓辺へと歩いていく。急にどうしたのやら。


「今日はその日ではないようだ。また後日、改めて伺うとしよう」


 そう言い、ふわりと風が吹いて悪魔の喪服やレースが翻る。レースカーテンが一瞬あいつの姿を隠したかと思うと、すでにその姿は影も形もなかった。

 ……かっこつけたつもりだったのだろうが、足が音速超える速度で震えまくっていたから威厳も何もなかったのだが。言わない方が人心あるというものだ。黙っておいてやろう。


 そう心に決めた次の瞬間、絶叫とともに部屋に飛び込んできたセバスチャンの、「その輩がぼっちゃんをいじめたのですか!」というシュバルツに対する盛大な勘違いを止めるのにかなり労力を割いた。前言撤回だ。次会ったら死ぬほどいじり倒してやる。

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