案件2 Mad Dog 37
ウェルズはお腹が一杯になったのか、もういらないというように東大寺の差し出すエビから顔を背けた。
「可愛いもんやな。誰も飼う者おらんのやったら、持って帰って世話しょうかな。一人暮らしは寂しいし。ペットは禁止やけど、これなら構わんやろ」
東大寺は、本気で飼うつもりらしい。
台の下に置いてあった小振りの水槽に、ビニールから砂利入り袋を出して、ウェルズを無造作につまみ上げると移し替えた。
竹内が持って帰る筈だったカメと水槽。二人の遺品になってしまった。
東大寺はこれから退学届を出すということなので、愛美は一人で先に帰ることにした。帰る場所が別々なので、待っていても意味がない。
愛美は東大寺に頼まれて、彼の手提げを持って帰ることになった。水槽がかさばるので仕方ない。
愛美が生物室を後にしようとすると、東大寺に呼び止められる。
「正門前に、変人一人が張り込んどる。萩原武史。二十七才。週間Nの記者や」
愛美はかすかに笑顔を浮かべると頷いて、扉を閉めた。
愛美が下駄箱で靴を履きかえて、校門まで歩いていくと、はたしてそこには萩原の姿があった。コートのポケットから、ミントガムの包みを出して愛美に差し出す。
「待ってたんだ。君を」
愛美はガムを素直に受け取った。
愛美と萩原は、駅までの道を無言で歩き始めた。初めに口を開いたのは、萩原の方だった。
「警察のマッドドッグ極秘捜査本部が解散した。事件は終わったんだ」
そう。事件は終わった。長谷部は死んだ。
しかし犬神の呪いを受けた一族は、この社会にまだ存在している筈だ。巴に長谷部の出身地を洗わせたが、長谷部が中学卒業と同時に東京に上京する前のことは何一つ分からなかった。
長谷部は因習から逃れたかったと言っていたが、自分の過去全てを消してしまいたかったのだろう。第二、第三のマッドドッグがこの世に生を受けていないとも限らない。
石塚が重要参考人として警察に拘留されている間、完全黙秘を続けた理由も分かった。
高三の女子生徒と、古風に言えば逢引きをしていたそうだ。自分が竹内を一人にしてしまったことと、女子生徒に迷惑がかかることを恐れて口を噤んでいたらしい。
その生徒との仲は、親も公認だった。少女が来春高校を卒業次第、結婚することが決まっているのだという。石塚が、新任で鷹宮に来て女子生徒のイジメ問題に介入したのが縁だと。




