第6話
第6話
"敵の敵も敵"
アパートを出ると、すぐに3体の捕食者の姿を見つけた。
「茜」
「わかってるわよ」
前に出る2人。
梨沙も一応、彩から貰った銃を取り出す。
「あら、最近の女子高生は銃持ってるの?」
「これは知り合いの人から貰いまして…」
「へぇ…顔広いわね、あなた…」
「まぁ、その人がこんな物を持っていた事には、私自身も驚きましたけど…」
「そりゃそうよね…」
3体の捕食者はこちらに気付くと、一斉に走ってきた。
左右の捕食者には、風香がスラッグ弾を心臓の部分に撃ち込む。
しかし、右側の捕食者は偶然にもその銃撃を回避した。
梨沙が素早く反応し、ハンドガンでのフォローを入れる。
致命傷を与える事はできなかったものの、そのお陰で捕食者は少しだけ怯み、風香の再発砲が間に合うキッカケとなった。
そして最後の1体には、茜が日本刀で胴体を両断する。
上半身だけは動き続けたが、上から心臓に刀を突き刺され、その捕食者も絶命した。
「恵美ちゃんにも、武器が必要ね」
刀をしまいながら、茜がそう言う。
すると、風香が予備の武器であるハンドガンを取り出し、恵美に渡した。
「私ので良ければ貸してあげる」
「ありがとう。…結構重いな」
「すぐに慣れるよ」
「へぇ…」
恵美は手渡された銃を、まじまじと見つめていた。
「まだまだ来るわよ。気を抜かないようにね」
茜がそう言って、銃声を聞きつけてやってきた捕食者を指差す。
すると、いつもなら真っ先に発砲する風香が、珍しく銃を下ろしてこう言った。
「茜。逃げた方が良いんじゃないかな。キリが無いよ」
「あら、あなたらしくないわね」
「あんたと違って、私は弾の消費があるの。弾切れたら戦えなくなるじゃん」
「うふふ…ごもっとも」
その捕食者を茜が両断し、一同は他の捕食者を無視して榊原高校へ向かった。
「…患者まで居るんだ」
さっきまで一同が居たアパートから、榊原高校へ行く道中の丁度中間地点にある大きな交差点で、大量の患者と捕食者を発見する一同。
しかし、患者と捕食者は、共闘しているようには見えなかった。
「化け物同士で戦ってる…」
梨沙が呟く。
「あれが患者か…」
そう呟いた恵美を、茜が見た。
「あら、ご存知?」
「話だけなら。…当然、実物を見たのは初めてですが。あなたは?」
「うふふ…腐れ縁と言った所よ。ね?風香ちゃん」
「…まぁね」
風香は舌打ちをして、そう言った。
「とにかく、現状を何とかしないといけないわね。迂回できそうかしら?」
「少し戻りますけど、他の道は知ってます」
背後を指差す梨沙。
「なら、そっちに行きましょう。これだけの数を相手にするのは、流石に骨が折れるからね」
一同はその場から静かに離れ、梨沙が言った迂回ルートを目指す。
幸い、交差点の患者や捕食者には気付かれなかったが、迂回ルートの先に患者が待ち受けていた。
銃を構える恵美。
「ここにも…!」
「大丈夫。奴ら…捕食者に比べれば、患者はそれほど脅威ではないわ」
「捕食者…あの化け物の事ですか?」
「えぇ。知らなかった?」
「知りませんよ…」
「まぁそうよね…」
現れた患者は風香が処理して、一同は再び進み始めた。
「…どうして患者まで居るのかしらね」
道中、茜が呟く。
「感染がこの町にも届いたんじゃないの?」
当てずっぽうで答える風香。
「だとしても、感染経路がわからないわ」
「知らないよそんな事。明美さんに聞けばいいじゃん」
「明美…どこに居るのやら」
明美という聞いた事の無い名前を聞き、顔を見合わせる梨沙と恵美。
そんな2人に、茜が教えた。
「知り合いよ。ちょっとワケありな有名人…って所かしら」
「有名人…って、何かした人ですか?」
恵美が訊く。
「D細菌って知ってる?」
「一応。人工ウィルスですよね?」
「そう。その製作者よ」
「そうなんですか。…え?」
思わず、耳を疑う。
「ま、今は別に敵ってワケでも無いんだけどね。性悪な奴って事は確かだけど」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…」
「うふふ…。無駄話はこれぐらいにしましょう。気が向いたら教えてあげない事も無いわ」
茜はいたずらっぽく笑いながらそう言うと、口を閉ざして正面に顔を向けた。
「(ま、敵じゃないってんなら、大丈夫か…?)」
突然現れ、常人離れしている戦闘能力を見せられ、知り合いに生物兵器を作ってしまうような人物が居ると聞かされ、恵美は少しだけ警戒心が生まれた。
「(…今は信じるしかないか)」
「にしても、ちょっと多すぎるわね…」
行く先々に現れる捕食者を見て、茜が嘆く。
「そんな事言ったって、奴らの正体を突き止めない限りはわからないよ」
「それはそうなんだけど…」
風香に正論を言われ、返す言葉が無くなる。
「人為的…なんですかね?」
遠慮気味に、恵美がそう訊いた。
「あら、何か根拠がありそうな感じね」
「いえ…。でも、自然に生まれた生物とは思えないですよ。患者だって、人工ウィルスから生まれた生物ですし」
「まぁ、確かにその通りね。誰かに作られた生物兵器…いえ、生体兵器と呼ぶのが正しいのかしら」
「その可能性はあると思います」
「うふふ…賢い子ね」
「そんな事ないです…」
恵美はどことなく、照れているようにも見えた。
「でも、発生源ぐらいは知りたいかも」
そう言いながら、左手側の路地から出てきた捕食者を撃ち抜く風香。
すると、梨沙が何かを見つけた。
「恵美…あれ…」
「…?」
梨沙の視線を辿る恵美。
そこには、外れているマンホールがあった。
「…また地下なの?」
「…どういう事?」
梨沙が、風香に訊く。
「いつもいつも、化け物が出てくるのは地下なの。患者とか兵器とかね」
「へ、兵器…?」
「うん。いずれ見る事になるんじゃないかな」
「戦車とか…?」
「その兵器じゃない…」
その時、近くから悲鳴が聞こえた。
「…こっちね」
近くの路地に入る茜。
他の3人も、気を引き締めて彼女についていった。
「遅かった…!」
路地を抜けた先では、既に4人の学生が4体の捕食者に捕まっていた。
捕食者は口を大きく開けて、捕まえた学生の首から上を一口で喰いちぎる。
そして、そこから体の中に、何かを吐き出した。
「今、何か…」
風香が言葉を言い切る間も無く、何かを吐き出し終えた捕食者達が一同に襲い掛かってくる。
その捕食者達は茜と風香によって無力化されたが、一同は先程の捕食者の謎の行動を不審に思って仕方がなかった。
「何かを吐き出していたように見えたけど…」
無惨な光景に、気を保つのが精一杯である梨沙と恵美の前に立っている風香が、ショットガンに弾を込めながら呟く。
すると、茜が忌々しいと言った様子の表情で舌打ちをして、こう言った。
「…いえ、産みつけたのよ」
「え?」
一斉に、4つの死体から飛び出てくる捕食者の幼体。
茜の言葉通り、先程捕食者が取った行動は、死体に幼体を産みつける為の物だった。
「めんどくさ…」
「感染能力は無さそうだから楽な相手…という認識は、改める必要がありそうね…」
2人は溜め息を吐いて、幼体が進化を遂げる前に一掃した。
「さ、他の奴らが来る前に行きましょうか。無駄な戦闘は避けなきゃね」
と、茜が言った矢先、正面から2体の捕食者が現れる。
「…空気読んでくれないのかしら」
「そんな知能は無いでしょ」
「まぁね…」
刀を抜こうとする茜。
しかし、何かを思い付いて、刀から手を離した。
「お2人さん、やってみる?」
「私達が…ですか?」
捕食者から目を離さずに、訊き返す梨沙。
「えぇ。射撃は慣れよ。撃てる時に撃って、慣れるのが良いわ」
「わ、わかりました…」
銃を構える、梨沙と恵美。
ショットガンを構えていた風香も、茜の話を聞き、銃を下ろしていた。
始めに恵美が、こちらに向かって走ってくる捕食者の心臓に狙いをつけ、3回発砲する。
2発は外れて別の箇所に命中したが、最後の1発は狙った箇所の心臓に風穴を開けた。
「よし…!」
しかし、倒れない捕食者。
恵美の銃、ハンドガンでは、致命傷を与える事は難しかった。
梨沙も同じく、心臓に当てはしたものの、武器の火力不足が原因で仕留められず。
「その銃じゃ、限界はあるわね…。下がってて」
結局、最終的に2体を仕留めたのは、茜の日本刀であった。
「武器が必要だね。2人にも」
梨沙と恵美が持っているハンドガンを見ながら、風香がそう言う。
「武器ならこれが…」
「………」
火力の低いハンドガンは武器として見なしていない風香は、恵美を見て小さく溜め息を吐く。
「…どうしたの?」
「………」
風香は目を細めてしばらく恵美を見つめると、突然、近くの壁にショットガンを発砲した。
「うわぁ!」
「撃ってみて」
「…え?」
「壁。私が撃った壁」
「あ、あぁ…」
風香に言われた通り、恵美は彼女が開けた風穴のすぐ近くに、新たな風穴を開ける。
「………」
「どっちが大きい?」
そう訊かれ、壁に開いた2つの穴を困惑しながら見比べる。
しかし、それは考えなくてもわかるような質問であった。
「そりゃあ、キミの弾痕の方が…」
「小さいのは?」
「ボクの方だ」
「以上」
「…え?」
思わず、恵美は風香の横顔を二度見する。
「え?じゃないよ。そういう事だよ」
「ど、どういう事なのか、説明してくれたら有り難いな…」
「頑張って察しな」
「(くっ…!)」
恵美はわなわなと湧き上がる感情を必死に抑えながら、風香の横顔を見つめた。
「とにかく、2人の武器を探しに行きましょう。…それも立派な銃ではあるけど、ちょっと心細いからね」
「探しに行くと言っても…どこへですか?」
梨沙が訊く。
「知り合いの所よ。…まぁ、電話が通じるかはわからないけど」
茜はそう言って携帯を取り出し、ある人物に電話を掛けた。
一方…
「結構、生き残ってんだな」
「あなた、ここ禁煙よ?」
「ちっ…」
先に榊原高校に到着した彩達は、生存者が集まっている体育館で時間を潰していた。
「美由ちゃんよ。この中に知り合いは居るのかい?」
辺りに居る生存者達を見回しながら、真希が美由に訊く。
「えと…この学校の人は、恵美お姉ちゃんと梨沙お姉ちゃんしか知らないかな…」
美由も生存者達を見回しながら、そう答える。
生存者の大半は、この学校の生徒と思われる人物だった。
「あの…」
その時、3人の元に、1人の少女が歩いてくる。
その少女は、美由の前で立ち止まった。
「綾崎さんの妹さん…ですよね?」
驚いて、目を丸くする美由。
「え?梨沙お姉ちゃんを知ってるの?」
「はい。私、綾崎さんと同じクラスの者です。あなたの事は、下校の時によくお見えになるので知ってます」
「そーなんだ!…えと、名前は?」
「申し遅れました。私…」
少女は優しい笑顔を浮かべて、こう言った。
「峰岸恭香と言う者です」
第6話 終