第49話
第49話
"その後"
一方…
「入るわよ」
寄宿舎の最南端にある部屋の扉をノックして、部屋の中に入る女性。
「…ふふ。懐かしい顔ね」
部屋のベッドに寝転んでいた彩は、入ってきた女性の顔を見て嬉しそうに笑う。
「…久しぶりね。彩」
入ってきた女性は、葵であった。
「何年ぶり?私が引退してから1度も会ってなかったわね」
「4年程…かしら」
「そんなになるの?早いものね」
「同感だわ」
2人は小さく笑った後、お互いの顔を見つめ始める。
「…変わってないわね」
「…そっちこそ」
2人は再び、小さく笑い合った。
「…腕の事、聞いたわよ。義手にするんですって?」
「えぇ。片腕じゃ生活するにも不便だし」
「それはそうよね…」
そう言って、黙り込む葵。
すると、その様子を見ていた彩が、吹き出すように笑い出した。
「遠慮してるの?あなたらしくないじゃない。訊きたい事があって来たんでしょう?」
「…遠慮なんかしてないわよ。ただ…」
「ただ?」
「…何でもないわ。それじゃあ、訊かせてもらうわよ」
「どうぞ」
葵は少し間を置いてから、話を始めた。
「…町から出た後、綾崎梨沙ちゃんに話を聞いたの」
「梨沙ちゃんに?」
「えぇ。沢村姉妹の話よ。彼女達が、どんな話をしていたのかを…ね」
「へぇ…。それで、どうだったの?」
「…違和感を感じたわ」
葵の言葉を聞き、眉をひそめる彩。
「…違和感?」
「彼女の話では、"明美が事故に遭った場面を、歩美は見ていない"という事になってたの。…私が知ってる話では、明美は歩美を庇って事故死したハズなのよ」
「…確かに、矛盾してるわね」
「そこで、明美の事故を実際に見たあなたに確認を取る為に、ここに来たってワケ。…どうなの?」
"早く教えろ"と言わんばかりの葵の様子に、彩は小さく笑う。
「うふふ…。その目、本当に懐かしいわ」
「…早く教えなさいよ」
「そう慌てないの。…確かに、梨沙ちゃんの話は間違ってるわ。正しいのはあなたの方よ」
「やっぱりそうよね…?だとしたら…」
「一体何故、歩美は嘘をついたのか…でしょ?」
葵は黙って、頷いた。
「うーん…そうね…。例えばだけど、こんなのはどう?歩美は皆の前では仲の悪い姉妹を演じたくて、そんな嘘をついた…」
「演じたくて…って、そんな事をしてどうなるのよ?」
「歩美の事じゃない。素直になれない可愛そうな女の子…っと、もう女の子って言う程の歳でもないかな?」
葵はそれを聞いて、納得したような、してないような微妙な表情になる。
「そんな理由…なのかしら…?」
「私はそう思ってるわ。歩美は頑固で素直じゃないけど…」
彩はそこまで言って少し間を置いた後、こう言った。
「誰よりも明美の事を愛してる。断言するわ」
そんな彼女に、葵は呆れたように笑って見せる。
「…あなたらしいわね。決め付けるような見解の仕方」
「うふふ…。そうかしら?」
その笑いに応えるかのように、彩もまた笑って見せた。
その頃…
怪我を負った玲奈や紗也香、亜莉紗達が治療を受けた部屋は、本来異なる目的の為に存在している第3会議室という部屋。
治療する為の部屋はここ最近、常にベッドに空きがない状態であるがゆえに、仕方なしの代用と言った所である。
尚、怪我の治療を終えた葵は、既にこの部屋、第3会議室から退院というような形で出ており、片腕は失ったものの、命に別状は無いと自他共に認められた彩は、自分の意思で寄宿舎の部屋にて時間を過ごしている。
複数の怪我人が滞在しているそんな第3会議室の中に、優子が1人やってきた。
「…調子はどう?」
優子はソファーで作られた即席のベッドの上でぼーっとしていた玲奈に話し掛ける。
玲奈は優子に気付くと、まず先に、彼女に対して深く頭を下げた。
「…ご迷惑をお掛けしました。本当に申し訳ありませんでした」
「何を今更、堅苦しい事言ってるのよ。それに礼なら私じゃなくて、クビ覚悟で白波町にトラックを回してくれた有紀奈に言いなさい」
優子の話を聞いた玲奈は、思わず苦笑を浮かべる。
「ク、クビ覚悟で…ですか…?」
「そうよ。…ま、無理を言ったのは私なんだけどね」
「ふふ…。なるほど…」
小さく笑った玲奈を見て、優子もまた、嬉しそうに笑った。
その時、部屋の中に居る内の誰かが、優子に呼び掛ける。
「姉御ーッ!」
「………」
自分の事を"姉御"と呼ぶのは2人しか居ない。
優子は玲奈に目で挨拶を告げた後、亜莉紗の元へと向かった。
「えへへ…。姉御は命の恩人ですね!」
「誰が姉御よ…。体調はどうなの?頭は痛くない?」
「バッチリっすよ!頭打った事なんて忘れちゃいました!」
「うーん…重症ね…」
「ほぇ?」
「いえ、何でもないわ…。…そうそう。あなたに1つ訊きたい事があったのよ」
「はいはい何でしょう!」
子供っぽい笑みを浮かべながら、優子の質問を待つ亜莉紗。
しかし、その笑顔はすぐに凍り付いた。
「…榊原町の一件の時の事で、私に何か隠してない?」
「…え?」
「答えて?亜莉紗ちゃん」
突然の予想外の質問に、動揺する亜莉紗。
「あ、いや~…別に…特にこれと言って…隠し事なんか…」
「本当に?」
「ほ、本当っすよ!ゆ、優子さんも人が悪いなぁ~…あはははは…」
「そう…なら良いわ…」
優子は、"嘘が下手な子だな"と思いながら、亜莉紗の元から離れた。
そのまま、別の人物の元へ向かう。
「藤堂紗也香、沢村歩美専属の傭兵…と聞いたけど」
「…その通りです」
紗也香の元であった。
「21歳だったわね。どうしてその歳で"そっち"の世界に?」
「…答える必要があるんですか?」
「任意…かな?」
「…黙秘します」
そう言って黙り込んだ紗也香を見て、優子はくすくすと笑い出す。
「うふふ…なんてね。調べはついてるわ。他界した両親に代わって面倒を見てくれた歩美への恩返し…よね」
「ッ…!」
からかわれた紗也香は、羞恥と憤怒が混じった眼差しで優子を睨みつけるように見上げる。
「あら、気に触っちゃったなら謝るわ。ごめんね?」
「………」
自尊心が高い紗也香は、既に優子に嫌悪感を抱いたらしく、顔も見ようとしない。
「…歩美の安否、気にならない?」
「…え?」
しかし、紗也香はすぐに、優子の顔を再び見上げた。
「キングは…行方不明なんじゃないんですか…?」
「目撃者が居るの。赤城風香という少女よ」
「赤城風香…。神崎茜さんと同行していた少女ですね…?」
「えぇ。…何かを見つけたらしくて、皆からこっそりはぐれてそれを追っていたら、歩美が居たと言っていたわ」
「すみません。何か…とは?」
「答えてくれなかったわ。訊き出そうとしたら、うんともすんとも言わなくなっちゃってね…」
「そう…ですか…」
表情が暗くなった紗也香を見て、優子は話題を変える事にした。
「…ところで、体の具合はどう?痛む所はある?」
「胸の辺りに違和感を感じます…」
「そう…。きっと、肋骨にヒビでも入ったのよ」
「だ、大丈夫なんですか…?それって…」
「安静にしてれば大丈夫だとは思うわよ?…多分」
「えぇ…」
紗也香は不安に思いながらも、呆れたような苦笑を浮かべた。
その時、優子の携帯が鳴りだし、誰かからの着信を知らせる。
「…有紀奈?」
画面に映し出された着信相手の名前を見て、優子は驚いたような様子で応答ボタンを押した。
「どうしたのよ、いきなり」
『地下資料室に来て頂戴。話があるの』
「え?どうしてそんな場所に…」
『四の五の言わずにさっさと来なさい。切るわよ』
「ちょ、ちょっと待ってよ…!」
優子の制止もむなしく、通話は一方的に切られてしまった。
「あの…何かあったんですか…?」
呆れたように溜め息を吐く優子に、恐る恐る訊ねる紗也香。
「いえ…いつもの事よ…」
「いつもの事?」
「毎日毎日周りに振り回されてると、次第に慣れてしまうものなのよ…。じゃあね」
「はぁ…」
紗也香はきょとんとした表情で、優子の後ろ姿を見送った。
「大変な人やなぁホンマに」
「良いんじゃないですか?あの人、そういうキャラですし」
そう言ったのは、いつの間にか紗也香のベッドの隣に居た楓と凛。
「うわぁッ!いつの間に…!?」
「なんや失礼な奴やな。人の顔見て驚くなんちゅうのは」
「いきなり眼帯つけた人が現れたら、驚くもんじゃありませんかね?」
「そうなんか?」
「多分…」
「あの…」
紗也香は2人が寝ていたハズのベッドを見て、2人に訊く。
「どうして中原さんが来た途端に隠れたんです…?」
「面倒だからに決まっとるやろ」
「め、面倒…?」
「あの人、たまに母親面して説教してくるやないか。どうも気に入らんわ」
「でも本当は、そんな優子さんが好きなんですよね。楓さん」
「お前、ちょっと面貸せや。ほな屋上にでも行こか」
「わぁぁぁッ!ごめんなさいごめんなさい!」
楓に襟首を掴まれて、部屋から連れ出されていく凛。
「………」
紗也香は呆然としながら、それを見送った。
一方…
「ここ…だよね…?」
地下資料室と書かれた古ぼけたプレートが掛けられている部屋の前で、辺りを見回す結衣。
薄暗く、静寂に包まれている地下の通路は言葉では表せない程不気味であり、結衣には少々恐怖心が芽生えていた。
そんな時、遅れてやってきた優子が、結衣の背後から彼女に声を掛ける。
「結衣ちゃん」
「うわぁぁぁぁッ!?出たぁぁぁッ!?」
「…は?」
声の主が優子だとわかった瞬間、結衣は唐突に冷静さを取り戻した。
「…失礼。何でもないです」
「そ、そう…?何でもないようには見えなかったけど…」
「いえ、もう大丈夫です。あ、誤解されたら困るんで言っときますけど、ビビったワケじゃないですからね?」
「(ビビってたのね…)」
そこで、結衣の絶叫を聞いた有紀奈が、地下資料室の扉を開けて姿を現す。
「…今の絶叫は何?」
「いやぁ、姉御が幽霊を見たとかで」
「ちょっと!あなたの絶叫でしょうが!」
「姉御…。いくら恥ずかしいからって誤魔化すのは良くないですよ?」
「何を言って…!」
「はぁ…。何でも良いから、早く入って頂戴。話を始めるわよ」
有紀奈は呆れたように溜め息を吐いて、再び部屋の中に入っていった。
「行きましょうか。姉御」
「覚えてなさいよ…」
「何のことやら」
有紀奈に続いて、部屋の中に入っていく2人。
「…あれ?」
「あなたは…」
部屋の中に居たもう1人の人物を見て、2人は驚いた様子を見せた。
第49話 終




