自動車部~2人目~
~前回までのあらすじ~
黒猫レンチはふしぎな電波を発した。沙耶子は混乱した。
~本編~
「もしかして……A・I?」
この黒猫のぬいぐるみ、コンピュータの人格ですか。工業高校がこんなところまで進んでいるとは……恐るべし。……です。
「……そんなわけないじゃないですか」
本田さんが冷徹に否定しました。心なしか視線が冷たいです。
すると彼女は猫じゃらしを取り出しました。次に黒猫が座っているスタイリッシュチェアをどけると、デスクの下に入れました。そして小刻みに動かします。
「……何をしてるの?」
「しーっ、静かにしていてください。…………んっ、かかった!」
「”かかった”?」
ずるぅっ……。
猫じゃらしを引っ張ると、その先っぽには女子高生が釣れていました。
「ゲッ……」
「チーム・マネージャーの稲盛 千奏です。先生と同じ電子情報科の2年生ですよ」
本田さんが紹介してくれました。
メガネをかけたショートヘアの女子です。ツナギではなく制服です。が、その上にジャージを着ています。ジャージの袖が長くて手が隠れています。背が低くて中学生に見えます。
そして感情のない顔を私に向けています。
目を合わせると、反射的にソッポを向きました。
そんな少女に、本田さんが注意します。
「ほら、ディスプレイ越しじゃなくて、ちゃんと挨拶しなさい。新しい顧問の先生なんだから」
「ど、どうも、上尾です。よろしくね」
すると稲盛さんは急に顔を赤くしました。そしてデスクの下にもぐっていこうとしています。
「こ、こら、ちゃんと挨拶しなさい」
本田さんがジャージの襟を掴みました。
「ムーっ!」
しかし稲盛さんはジャージを脱ぎ捨てると、素早くデスクの下に滑りこんでいきました。まるで巣穴に戻るウツボのように……。
「すいません先生」
本田さんが代わりに謝りました。
「千奏は人見知りが激しいので、いつもあんな感じなんです。でもSNSじゃお喋りなんですよ」
それってコミュ障じゃないですか? 将来が不安になります。
それにしても……。
と、私は稲盛さんがもぐっていったデスクの下を覗き込みました。中は暗くてよくわかりません。ここに住んでいるんでしょうか?
不思議の国にでも繋がっている穴ですか?
それとも、暗闇を抜け出た先は雪国?
「この下、いったいどうなっているの?」
本田さんに訊ねました。
「噂じゃ特異点があるそうですよ」
「…………」
……ブラックホールですか?
「冗談です。そこは千奏の部屋です」
「はあ……」
「中にはパソコンの本体とかキーボードとか、あとカメラのモニターとかがあるみたいです」
「カメラ……?」
今気付きましたが、ディスプレイの横には小型カメラが置いてあります。それもディスク前のに立った人を写すような角度で。
「たぶんそのカメラで先生を見ていたんですよ」
「”たぶん”……? 中を見たことあるの?」
ぶんぶんと首を振る本田さん。
「覗こうとすると、千奏がコンピューターウィルス播くって怒るので」
「ふ~ん」
そこで本田さんが手に持っている稲盛さんのジャージが気になりました。
「手が袖で隠れていたのに、あの子よくキーボード押せましたね」
どうなっているんでしょう?
「ちょっと覗いてみようかな?」
するとディスプレイに私の顔写真が映りました。
「え?」
しかも今着ている服です。まさか、今まで映していたカメラの映像を静止画に?
さらにワードで文章がうたれていきます。
『我が聖域を覗くものは、ガチガチの黒地蔵に貫かれて魔汁をインストールされているアイコラを製作し、ネットの海に流してやる』
「…………肖像権の侵害ですよ」
稲盛千奏、恐ろしい子…………のようです……色んな意味で……。
南野工業高校の七不思議。ひとつめ、自動車部にある魔訶不思議アドベンチャー穴。