バースト!
走行テストは学校の中庭で行うことになりました。
中庭の真ん中には花壇と池があります。池には鯉が泳いでいます。
マシンはみんなで引っ張ってきました。私も手伝いましたよ。
……あっ、稲盛さんだけいませんが。相変わらず机の下です。
今回 試すのは新しいカブのエンジンを積んだと言っていた、ガソリンエンジン車だそうです。
本田さんが化学の実験で使うようなフラスコを取り出しました。中にはちょっと赤みのついた液体が入っています。
「それは?」
「ガソリンです」
彼女は答えながら、エンジンの横にフラスコを取り付けていきます。
「フラスコじゃありませんよ、先生。ビュレットっていって、容器の下から少しずつエンジンに流れていくんです。いわばエコラン用の燃料タンクですね」
「へー……」
「ガソリン車部門では、レース前に全チーム同量のガソリンを渡されます。そして同じコースを同じ回数だけ走行して、戻って来た時にどれだけガソリンが残っているかで優劣を決めるんです」
なるほど、リッター何キロかを競うレースなんですね。だからエコランですか。
自動車企業が興味持ちそうです。
「実際、大学のエコランチームなんかは自動車会社と産学提携して、低燃費のエンジンを開発していたりするみたいですよ」
そうなんですか。知りませんでした。驚きです。
「あははははは、先生何にも知らないんだなあ」
バカにしたような笑い声を上げたのは秋山さんでした。
すると本田さんが睨みました。
「あんただってよくわかってないでしょうに」
「んなことない、知ってるんじゃ」
「へー、何を?」
「あれだ、ガソリンは……………………アルコールがレベルアップしたやつじゃ!」
「………………は?」
「アルコールのすごいやつがガソリンなんじゃ」
「……もしかして、アルコールからガソリンが作られるって言いたいの?」
「そう!」
「………………」
本田さんが目頭を押さえて悩んでいます。
「じゃあ、飲んでみなさいよ」
ピンク色の液体が入ったビュレットを秋山さんの顔に押し付け、口に含ませようとしています。
「アルコールだっていうなら人体に影響はないはずでしょ。さあさあ、飲んでみなさいよ」
「あいのん、何か怖い。それに未成年はアルコール飲んじゃいけないんだぞー」
「ここにいる全員が黙っててあげるから、ほら飲んでみなさいよ! ガソリンはアルコールなんでしょ、飲みなさいって。ちょっと辛口だけど、飲めないことはないんだから」
「ああ……う~……ごめん、あいのん赦して~……」
「あんたもう黙ってなさい」
ここは一応、上尾先生が解説しておきます。
石油から精製されるのがガソリンで、穀物などから製造されるのがアルコールやバイオエタノールです。
まあ、どちらもガソリン車の燃料にはなりますけどね。
「まったく、バカな奴ほど、人をバカにしたがるんだから」
嘆息をつく本田さん。
それはきっと、日頃バカにされているから、逆にバカにする優越感を味わってみたいのでしょうね。
しかし、ひとつ気になることがありますね。
「あのぉ……、ガソリンの味を知っているのなら、本田さんはガソリンを飲んだことがあるってこと?」
「……」
「……」
……あれ?
「さて、給油も完了したし、早速走らせてみましょう。見ていてくださいね、先生」
本田さん、スルーしました……。あるんですね、飲んだこと。
マシンに乗る前に、本田さんと秋山さんがスマートフォンを通話状態にして、イヤホンマイクで会話できるように準備していました。
走行中は携帯電話でメカニックがドライバーに指示を出すのだそうです。何だかF1チームみたいに本格的ですね。
そしていつきくんとマキさんは、ビデオカメラの撮影準備をしています。
「それは?」
「走っている様子を撮影して、あとでチェックするんス」
いつきくんがカメラのレンズを私に向けました。
「それと、チカ(稲盛さんのことのようです)にも見せないと」
ヘルメットをつけた秋山さんが、マシンに乗りこみます。体操服とブルマの格好で……。フルフェイスのヘルメットにブルマ…………、シュールな絵柄です。
マシンにボディはなく、骨組みされた車体だけで、エンジンもシャフトも丸見えの状態です。
ハンドル横のスイッチを入れると、エンジンがかかりました。
周りから、おおっ、という歓声が洩れました。
「よし、故障は直ったわね」
そういえば、エンジンをかけるスターター配線のヒューズが壊れていた、とか言っていましたね。
秋山さんがアクセルを踏むと、ゆっくりと走り出しました。
マシンのスピードが徐々に上がっていきます。思いのほか速いですよ。時速十キロ、二十キロ……。
いえ、それ以上ではないでしょうか。
すごい……。この子たちがこれを造ったなんて……。
マシンは中庭の池を中心にして、時計回りに走るようです。
直線が終わりコーナーに差し掛かったところで、本田さんがスマートフォンを手に指示を出しました。
「エンジン切って」
エンジン音が止まり、マシンは惰性でコーナーを回っていきます。
そしてコーナーを曲がりきったところで、二度目の指示が出ました。
「エンジンスタート」
再びエンジンがかかり、直線の道をどんどん加速していきます。
「よし、問題ないわね。走行中でもちゃんとエンジンかかるわ」
本田さんが満足気な表情を見せました。
「何でエンジンを切ったり入れたりするの?」
「ガソリンの消費を浮かすためです。平均時速二十五キロをキープしていれば、別にエンジンがかかっている必要はないので」
「それってアリなの?」
「アリです。どこのチームもこうしていますよ。普通はドライバーの判断でエンジンをかけるタイミングを見計らうものなんですが……、うちのドライバーはほら、頭悪いので細かく指示出さないといけないんですよね……」
……ご苦労様です。
マシンは何の問題もなくスムーズに走っていきます。
ところが、本田さんが急に顔をしかめました
「え? 何? おなかが空いた?」
スマートフォン越しに秋山さんが訴えたようです。
「しかたないわね、じゃああと一週走ったらね」
マシンはコーナーに差し掛かっています。
「エンジン切って」
エンジンの音が消えるのだろうなと思っていたら、次の瞬間いきなりバスンッという破裂音が轟きました。
音のした方を見ると、マシンの左側前輪のタイヤがボロボロに裂けて、ホイールから外れています。
「は……?」
呆然とする一同。
マシンはよろよろと千鳥足で走っています。
運転席の秋山さんがハンドルを握って慌てているのが見えます。コントロールが利かないようです。
そのまま大きく左側にカーブを切りながら、まずは車輪が池の縁をズルリと横滑りに落ちました。
「ああー!」
本田さんが叫ぶのと同時に全員で走り出していましたが、時すでに遅くマシンは水の中へダイブしていきました。




