第九話 約束の時
とうとう、この日が来てしまった。
高校生最後の日、卒業式。
朝――。
朝霞が迎えに来る前に、俺は母さんに頼みごとをした。
高校生活最後の登校。
朝霞がいつものように迎えに来てくれたので、俺は一緒に登校にした。
一年の時、絶望していた俺。
あの日俺を、救い出してくれたのは紛れもなく朝霞だ。
そのことは、俺の中で一生忘れることは出来ないだろう。
「三年間早かったね」
「あぁ、あっという間だったな」
「高校生活、楽しかったな~」
「そっか……」
「え? 俊は、楽しくなかったの?」
「どうかな?」
「何それ!」
「ははは、朝霞のおかげで、すごく楽しかったよ」
「ふふっ、良かった!」
もっと沢山話したいことがあったはずなのに、それ以上言葉が出なかった。
* * *
卒業式が終わり、クラスで写真を取ったり手紙を渡したり、みんなそれぞれ自分の思いを伝えたい人に伝えたりしていた。
つぼみが膨らみ始めた桜の下で、朝霞はクラスの女子たちと別れを惜しんでいた。
俺は、母さんに持ってきてもらうよう頼んだ花束を持って朝霞に近づく。
「朝霞」
「あ、俊」
「これ」
「え!? なに? 花束?」
俺は、出がけに母さんに持ってきてもらうように頼んだ花束を朝霞に渡す。
「どうしても、東京行く前に渡したくて」
「すごい! 綺麗……でも、変わったバラだね」
「ジャンヌ・ダルクっていう名前のバラなんだ」
「ジャンヌ・ダルク?」
「朝霞は、俺のジャンヌ・ダルクだよ。俺を……救ってくれた……ありがとう」
「俊……」
「三年間、朝霞と一緒に過ごせて本当に良かった。東京行っても、がんばれ!」
その言葉を聞いた朝霞は背伸びをして、俺の首に腕を回す。
そして、耳元で囁いた。
「俊も、がんばれ。私のところに、絶対に追いつけ。……待ってるから」
俺の目には堪えきれない涙が溢れた。
ただ俯いてひたすら頷いていると、朝霞が手のひらを伸ばし、涙で濡れる俺の頬を撫でた。
* * *
大学へ行ってからの俺は、大学生活を満喫して遊ぶどころか、がむしゃらに勉強をしていた。
朝霞とは、メールやチャットで会話をし、時には通話しながら、勉強し励まし合った。
大学二年の頃に、一度だけ東京へ朝霞に会いにいった。
ほんのひと時だったが、お互いの気持ちを確かめ合うには十分な時間だった。
だが三年になると、試験に向けて一段と忙しくなった。
四年の夏には、すぐに試験があり秋には論文試験、冬には口述試験と相次いだ。
お互い会うどころか連絡を取る時間さえも、日増しに疎かになっていった。
あれから、数年後――。
俺は、大手弁護士事務所で一般弁護を扱う部署に配属された。
慣れない仕事に、あくせくしているが毎日が充実していた。
「山根、今日は検察庁に行ってこの前のひき逃げ事件に関する公判書類持って行ってくれないか。
お前が担当することになるから、証拠内容も確認してこい」
「わかりました」
俺は、先輩上司に言われた通り検察庁へ出向いた。
「公判書類を持って来たんですが」
事務官が書類を受け取る。
「ありがとうございます」
「それから、この事件の証拠内容を確認したいのですが」
「ご案内しますね」
事務官にエスコートされ、検事執務室に案内された。
「失礼します、検事。こちら、公判書類とお持ちになった弁護士さんがお見えです」
「ありがとう」
聞き覚えのある声に、俺の心臓がドクンっと一瞬跳ねた。
検事が書類から目を離し顔を上げ、にっこりと微笑む。
「朝霞……」
「俊、待ってたよ」
しばらく言葉が出なかった。
卒業式の日。
「私のところに絶対に追いつけ。待ってるから」
そう言って笑った朝霞の姿が、昨日のことのように蘇る。
そして今、この場にいるのは紛れもなく、あの朝霞だ。
「な、なんでここに? いや、なんで検事?」
「そういうと思ったよ。まぁ、座って」
朝霞は在学中に司法試験に合格し、司法修習を経て検事を目指した。
そしてこの春、地元にある地方検察庁に配属になったと……。
「弁護士はどうしたんだよ」
「色々悩んだんだよね、検事と弁護士。でも、俊は必ず弁護士になるってわかってた。だから私は、検事を目指した」
「え? どういうこと?」
「検事側もやってみないと、本物の弁護士になれない。つまり、上を目指せしたってことかな。それに検事は、いつでも弁護士になれるからね」
「そりゃ、そうだけど……」
「それに、こうやって顔合わせれたでしょ?」
「まったく……いつになっても朝霞には、叶わないよ」
「そう?」
「でも、今度会うときは……」
「会うときは?」
「赤いバラの花束持ってくるよ」
俺がそういうと、朝霞はあの頃と同じように嬉しそうに笑った。




