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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第3章 闇と因縁と崩落する黄金郷(夜天競売会篇・後篇)

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第30話 異議あり! ソノ競売!

 ガベルが競売台に突き刺さった瞬間、それまで怒号と歓声で揺れていた会場が、水を打ったように静まり返った。


 何百という視線が、一斉に俺たちへ突き刺さる。


 ……やっちまった。


 頭より先に身体が動いた結果がこれだ。


 (ほほ)が熱い。


 今さら「人違いでした」なんて顔をして帰れたら、どれだけ楽だろう。


 そんな情けない考えが頭を(よぎ)る。


 けれど、俺の背中にはミリスがいる。


 傷だらけになりながら、それでも笑って俺たちを送り出してくれた少女がいる。


 あの笑顔を見た後で、アルベリオに背中を向けるなんて、できるはずがなかった。


「……残念です」


 アルベリオは本当に残念そうに息を吐いた。


 怒っているわけじゃない。


 むしろ、「どうして分からないんですか」とでも言いたげな顔だった。


 その穏やかさが、余計に腹立たしい。


(ひざ)を撃ち抜けば、十分だと思っていたのですがねえ」


 白い手袋を()めた指が、静かに俺を指す。


「痛みは優秀(ゆうしゅう)な教師です。一度教えれば、大抵の子供は二度と同じ失敗を繰り返さない」


 まるで当たり前の真理でも説くような口調だった。


 その声音には、人を撃った罪悪感(ざいあくかん)なんて欠片もない。


「ですが、どうやら私も買い被っていたようだ」


 黄金色(おうごんしょく)の瞳が、ゆっくりと細くなる。


「ヴェルカの弟子が、ここまで聞き分けの悪い子だったとは」


「……言ってくれるな」


 膝の痛みより先に、胸の奥がじりじりと熱を帯びていく。


 思わず言い返しかけた、その時だった。


「違う。それは教育なんかじゃない」


 カグヤの声は震えていた。


 それでも彼女は一歩も退かず、アルベリオを真っ直ぐ見据(みす)えて言い放った。


「ただの脅しだ!」


「結果が同じなら、過程(かてい)はどうだっていいでしょう?」


 アルベリオは眉一つ動かさない。


 牧師のような穏やかさで、ゆっくりと言葉を重ねていく。


「商売だって同じですよ。利益を得るためなら、手段は何だっていい」


 その笑みが、(わず)かに深まる。


「たとえ命を奪うことになったとしても、ね」


「腐ってやがる……!」


 思わず吐き捨てた俺を見ても、アルベリオは肩を(すく)めるだけだった。


「だから、残念ですが愚かな君にはここで死んでいただきます」


 白い手袋を()めた人差し指が、静かに俺へ向く。


 その何気ない仕草に、背筋を()い上がるような悪寒が走った。


「さようなら、クラド君――」


 指先が動く。


 ――来る!


「つまらねえ演説が終わったと思えば、今度はガキの公開処刑か?」


 豪快な声が会場を斬り裂く。


 観客達が一斉にどよめき、その視線が客席の中央へ吸い寄せられた。


「いつから夜天競売会(ノクスアウクティオ)は、悪趣味(あくしゅみ)殺戮(さつりく)ショーになったんだ? ええ、アルベリオ」


「何?」


 アルベリオの笑みが、その時初めて崩れ去った。


生憎(あいにく)ウチは放任主義(ほうにんしゅぎ)でやってんだ。余所の野郎が出しゃばってんじゃねえよ」


 赤い影が客席を蹴った。


 真紅の長いスカートを大きく(ひるがえ)し、海を揺蕩(たゆた)うクラゲのように宙を舞う。


 そして、轟音と共にステージへ降り立ったヴェルカは、砕けた石片を踏み砕く。


「ヴェルカ!」


「待たせたなテメェら。それで、ミリスはどうしたんだ?」


 ふとヴェルカは一人居ないことに首を傾げる。


 ミリスは……。俺たちが言葉を詰まらせていると、ヴェルカは小さく(うなず)いた。


「ま、ミリスも結構タフな奴だ。心配しなくても大丈夫だろ」


「ですが、彼女は今――」


「心配すんな、私の弟子がそう簡単に死ぬタマかよ」


 言いながら、ヴェルカは俺へ視線を送る。


 俺を参考例にされても困るんだが。


「困りましたねえ。まさか予期せぬ乱入者が三人も現れるとは……」


「いいや、あとからもう一人来るぜ?」


「増えようが同じこと。ゼロと対峙して生還(せいかん)したものは誰一人としていませんから」


 アルベリオは得意げに口角を上げて、裏口側を見やった。


 やっぱりミリスを置いて行くべきじゃなかったか?


 いや、ミリスならきっと大丈夫だ。俺は心の奥底で、そう信じることにした。


「さて、聞くまでもないと思いますが。降参(こうさん)する気は?」


 両方の腕を広げながら、アルベリオが訊く。


 俺は倉庫から持ってきた番号札を構えながら、アルベリオを睨み返す。


「言うまでもない。断る!」


「ならば、私が直々に始末するまでですッ!」


 アルベリオが懐へ手を差し入れた。


 反射的に体が動く。


 あの時と同じ、魔道銃(まどうじゅう)を撃つつもりだ。


 だが、そうはさせない!


「カグヤ!」


「はいッ!」


 返事と同時に、木札がスポットライトを裂いた。


 《穿(せん)


 一直線にアルベリオの喉元を狙う。


 その隙を縫うように、俺も番号札を投げ放った。


 《番号札:50G → 投擲鋼札(とうてきこうさつ):1,200G》


 紙切れほどの重さだった札が、手を離れた瞬間には鋼鉄(こうてつ)の刃へと変わる。


 二方向からの挟撃(きょうげき)


 避けるなら、どちらかは当たる。


 そう踏んだ。


 だが――。


「……なに?」


 思わず声が漏れた。


 鋼札(こうさつ)が、曲がった。


 軌道が、目に見えない何かに弾かれたように横へ折れ、そのまま客席の柱へ深々と突き刺さる。


 同時に、カグヤの術もアルベリオの鼻先でふわりと向きを変え、誰もいない天井へ吸い込まれていった。


 避けた?


 いや、違う。


 あいつは一歩も動いていない。


「へぇ」


 ヴェルカだけが、口元を吊り上げた。


「やっぱり面白ぇ能力使うじゃねえか」


 言うなり床を蹴る。


 赤が一瞬でアルベリオとの間合いを潰した。


 踏み込みからの正拳。


 空気が爆ぜるほど鋭い一撃だった。


 だが、その拳さえ届かない。


「んぁっ?」


 アルベリオの目前まで伸びた拳が、不自然な軌道を描いて逸れたのだ。


 ――ドゴォォォンッ!


 砕けたのはアルベリオではなく、その背後にあった競売台だった。


 大理石が()ぜ、木片が雨みたいに降り注ぐ。


「チッ……」


 ヴェルカが舌打ちする。


 その横を、砕けた破片が飛び抜けた。


 俺は咄嗟(とっさ)に上着のポケットを探る。


 掴んだのは、カジノで拝借(はいしゃく)した高級トランプだった。


 《高級トランプ:2,000G → 魔断刃札(まだんじんさつ):12,000G》


 指先に吸い付く感触が変わる。


 紙じゃない。薄い刃物に変わった。


「これなら、どうだッ!」


 十数枚を一気に扇状(おうぎじょう)に散らす。


 切り裂くというより、逃げ場そのものを潰すように。


 これなら――。


 そう思った瞬間だった。


 刃札(じんさつ)はアルベリオを囲む直前で、一斉に軌道を変えた。


 何枚かは壁へ。


 何枚かは天井へ。


 刃札(じんさつ)は俺たちの頭上を(かす)め、赤い緞帳(どんちょう)を紙吹雪みたいに裂きながら飛び去っていく。


 ぞわり、と背中が粟立(あわだ)った。


 避けられたんじゃない。


 俺たちの攻撃の軌道そのものが、途中で捻じ曲げられた。


「面白ぇ」


 そんな異様な光景を前にしても、ヴェルカだけは口の端を吊り上げる。


「なら、力づくでぶち抜くだけだ!」


 次の瞬間には床を蹴っていた。


 赤いスカートを(ひるがえ)しながら一直線にアルベリオとの間合いを潰す。


 その踏み込みはあまりにも速く、俺の目には赤い残像しか映らなかった。


 ――入った。


 そう確信した拳は、しかしアルベリオの真横を素通りするだけだった。


 (にぶ)い衝撃音とともに、床が砕け散る。


「……チッ」


 舌打ちしたヴェルカが身を引いた、その時だった。


 頭上で何かが光る。


 見上げた俺の背筋が凍り付いた。


「ヴェルカ! 危ないッ!」


 さっき俺が放ったトランプだ。


 壁や柱に突き刺さっていたトランプが、一斉に向きを変え、獲物を見付けた鳥の群れみたいにヴェルカへ殺到した。


 ヴェルカは拳で二枚叩き落とし、残りも紙一重で(かわ)していく。


 それでも一枚だけは避け切れず、頬を浅く裂いて鮮血が宙に散った。


「クソッ……テメェ、何しやがった?」


 アルベリオは肩を(すく)め、わざとらしく首を傾げる。


「人のせいにするのは感心しませんねえ。私は何もしていませんよ?」


 嘘だ。


 そんなはずがあるか。


 俺のトランプも、ヴェルカの拳も、狙った場所に届かなかったじゃないか。


 ただ外れたんじゃあない。


 途中で"何か"に進路を書き換えられている。


 その違和感に触れた瞬間、不意に彼女の姿が脳裏を過った。


 ――ミリス。


 瓦礫(がれき)も武器も人間も、重力で自在に操るあの能力が。


 いや、違う。


 似ているだけだ。


 アルベリオの力は引き寄せるだけじゃあない。


 最初から決まっていた進路を、途中で捻じ曲げている――。


「ようやく、お気付きですか」


 その一言で、思考を断ち切られた。


 アルベリオは静かに微笑み、人差し指をゆっくりと持ち上げる。


 その顔には、勝負を終えた者だけが浮かべる余裕しか残っていなかった。


「《偏向(ミス・)報道(アジテーション)》」


 低く響く声が、静まり返った会場を満たす。


「あらゆるものの"方向(ほうこう)"を偏向(へんこう)する能力」


 その宣言を(さかい)に、空気が変わった。


 壁に突き刺さった木片がひとりでに震え、黒服が落としたナイフが音もなく向きを変える。


 天井のシャンデリアまでもが、不気味な軋みを上げながらゆっくり揺れ始めた。


「飛ぶものも、落ちるものも、斬るものも、撃つものも」


 アルベリオは穏やかに笑う。


「この会場では、すべて私の望む方向へ進むのですよ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、アルベリオは真っ直ぐ俺たちを指さした。


 次の瞬間、その合図を待っていたと言わんばかりに、逆風(ぎゃくふう)が巻き起こる。


 いや、風なんて吹いちゃいない。


 まるで風に流されるように、木片が、トランプが、ガラス片が、ナイフが。


 アルベリオを狙っていた凶器たちが、俺たちに襲いかかってきた。


「皆さん、伏せてください!」


 カグヤが咄嗟(とっさ)に俺たちの前へ滑り込み、札に自らの血を走らせる。


 《(こう)


 紫紺(しこん)の光が幾重(いくえ)にも重なり、半透明の障壁(しょうへき)が展開される。


 直後、耳を(つんざ)くような金属音が連続して鳴り響く。


 無数の凶器たちが障壁(しょうへき)に叩き付けられ、砕け散っていく。


 けれど――


「くっ……!」


 障壁(しょうへき)亀裂(きれつ)が走る。


 一箇所(いっかしょ)だけじゃない。


 二箇所(にかしょ)三箇所(さんかしょ)亀裂(きれつ)が増え、蜘蛛(くも)の巣のような白線が全体に広がっていく。


「まずい、カグヤ! それ以上は――」


 気付けば叫んでいた。だがそれより早く、甲高い破砕音(はさいおん)が響いた。


 ――パリィィィンッ!


「おや、思ったより(もろ)い? まあ、私にとっては好都合」


 飛び散った紫光(しこう)の向こうで、アルベリオが右手を客席へ向けた。


 次の瞬間、老紳士(ろうしんし)が握っていた杖が、見えない糸に引かれるように飛び出した。


 それを掴み、引き抜きながら肉薄(にくはく)する。


 杖の中から覗いた細身の白刃(はくじん)が、スポットライトの光を()ね返す。


「――ッ!」


 速い。


 俺が認識(にんしき)した時にはもう、アルベリオはカグヤの(ふところ)へ潜り込んでいた。


 白い刃が横一文字に走る。


「カグヤ!」


 反射的に、考えるより先に床を蹴っていた。


 右脚に力を集中させて、価値を書き換える。


 《革靴:3,800G → 神速(しんそく)跳躍靴(ちょうやくぐつ):52,000G》


 踏み込んだ瞬間、景色が弾けた。


 身体が矢みたいに前へ飛ぶ。


 狙うのは顔じゃあない。


 白刃(はくじん)を握る、その右手だ。


「むっ」


 アルベリオも咄嗟(とっさ)に反応した。


 刀を引いて、俺の蹴りを受け止めるつもりだ。


 だが、速度は俺が一枚上手だった。


 俺の蹴りが白刃の()に叩き込まれ、衝撃で白刃が(わず)かに軌道を()らす。


「カグヤ! 今だッ!」


 その隙を逃さず、カグヤが身を捻る。


 本来なら首を()ねていた一閃が、肩口を浅く裂くだけで通り過ぎた。


 鮮血が舞う。


 だが、生きている。その事実だけで十分だった。


「チッ、外しましたか」


 初めて、アルベリオの口から舌打ちが漏れる。


 俺はそのまま勢いを殺さず、もう一度踏み込んだ。


 右脚へ、残った力を全て乗せて、


「ドラァッ!」


 放つッ!


 渾身(こんしん)の蹴りが横薙(よこな)ぎに走る。


 ――ギィンッ!


 今度は間に合った。


 アルベリオは刀身を横に構え、その一撃を真正面から受け止める。


 火花が散る。


 次の瞬間、ミシッ、と乾いた音が響く。


 細身の刀身に一本の亀裂が走り、そのまま根元から真っ二つに折れ飛んだ。


 同時に、俺の靴も限界を迎える。


 革が裂け、底が砕け、砂粒が風に(さら)われるように崩れ去った。


 床に着地した俺は、右だけ裸足のまま息を整える。


 アルベリオは折れた刀身を眺め、小さく肩を竦めた。


「困りましたねえ」


 どこか本気で残念そうな口調だった。


「仕込み杖は携帯には便利ですが、強度がまるでオモチャ並ですね」


「オモチャごときで、私らを殺せると思っていたのか?」


「残念ながら、子供の決闘ごっこに付き合うほど暇じゃないもので」


 折れた仕込み杖を無造作(むぞうさ)に放り()てると、アルベリオは興味を失ったように薄く笑った。


 その声音には余裕しかない。


 まるで俺たちとの戦いが、それ以下だと言っているようだ。


 ……悔しい。


 奥歯を噛み締めるたび、血の味が広がる。


 何もできない。


 能力の正体は分かった。理屈もなんとなく理解できる。


 けれど、攻略の糸口が見えない。


「では、遊びはこの辺りで終わりにしましょう」


 アルベリオが懐から魔道銃を抜く。


 本気だ。今度こそ、殺すつもりだ。


 そう覚悟したのとそれは、同時だった。


 ――(ごう)ッ!


「ッ⁉」


 巨大な影が、砲弾みたいな勢いでステージを横切っていく。


 アルベリオは咄嗟(とっさ)に身を(ひるがえ)し、紙一重でそれを(かわ)す。


 耳を(つんざく)轟音(ごうおん)と共に石床が砕け、舞い上がった土埃(つちぼこり)が会場を覆い尽くす。


「な、何だ……?」


 飛び込んで来たそれを見て、俺は思わず目を(うたが)った。


 果たしてそれは、女神を(かたど)った黄金像だった。


 価格を見ずとも、果てしない額の商品だと一目で分かる……。


「おお、こりゃあ随分(ずいぶん)と贅沢な砲弾じゃねえか」


 ヴェルカが口笛を吹く。


 その向こう側で、アルベリオだけが眉をひそめていた。


「……誰です?」


 その問いに答えるように、土煙の奥から一つの影が姿を現した。


 ドレスに付いた汚れを払いながら、影がにっこりと微笑(ほほえ)む。


「みんな、お待たせ」


 聞き慣れた声がした瞬間、胸につかえていたものが一気にほどける。


「ミリス!」


「ミリス殿! よくぞご無事で!」


 気付けば俺もカグヤも、同時にその名を叫んでいた。


 ヴェルカだけは、腕を組んで口の端を吊り上げていた。


「だから言ったろ? 私の愛弟子(まなでし)は、そう簡単にくたばるタマじゃねえのよ」


 その時初めて、アルベリオの(かお)から余裕が消えた。


 黄金の瞳が、小槌(こづち)に打たれたように小刻みに震える。


「まさか……貴女(アナタ)……」


 震えた声が、静まりかえった会場に落ちる。


「ゼロを……倒したというのですか?」


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