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無価値スキル【価格表示】が覚醒したら、ガラクタで最強になった。【第3章開幕】  作者: 鍵宮ファング
第3章 闇と因縁と崩落する黄金郷(夜天競売会篇・後篇)

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第26話 ソノ名、ゼロ

 ラグナはしばらく、呆然(ぼうぜん)(てのひら)を見つめていた。


 まるで、そこにあるはずの何かを探すように。


 その視界の先で、倒れていた客たちが次々と目を覚ましていく。


 失われていた価値が戻っていく。


 《貴族令嬢:0G → 30,000,000G》


 《魔道商会長:0G → 2,620,000G》


 《王国騎士団員:0G → 1,980,000G》


 価値は俺にしか見えないが、ラグナは(さと)ったのだろう。


 肩から力が抜け、彼女の口から自嘲(じちょう)するような笑いが漏れた。


「……負けたわ」


 ラグナは深く息を吐く。


 その息には、負けた悔しさが(にじ)んでいた。


 それでも、彼女の顔はどこか晴れやかだった。


「……約束は約束よ。何でも言うことを聞いてあげる」


 言って、ラグナは床へ背を預けた。


 手足を大の字に開いて、ゆっくりと目を(つむ)る。


「煮るなり焼くなり、ペットにするなり好きにしなさい」


 それはそれで、潔すぎてちょっと不気味だった。


 けれど俺は、持っていたキューを()てて、その場にしゃがみ込んだ。


 まだ膝がビリビリする。


 痛みを押し殺して、ゆっくりと口を開く。


夜天競売会(ノクスアウクティオ)の会場、その裏口の鍵をくれ」


 俺の言葉に、ラグナは目を見開いた。


「それと、裏口まで案内してほしい」


「……アナタ、本気で言ってるの? 私はアナタたちの敵なのよ?」


「何でも言うこと聞くって約束だろ?」


 当然のように答えると、ラグナは呆れたように額を押さえた。


「普通お金とかじゃないの? そもそも、そんなこと言われて易々(やすやす)渡す奴が――」


 その時、後ろから(あわ)ただしい足音が聞こえてきた。


「クラドー!」


 振り返ると、ミリスがルーレットの盤上を走ってこちらに駆け寄ってくる。


 続いてカグヤも、スカートの裾を押さえながら盤上に降りてきた。


「無事で良かった」


「いや、結構痛い。膝が……」


「それは自業自得です。クラド殿はもう少し、計画的に無茶をしてください」


「なんか冷たくない⁉」


「作戦とはいえ、私たちを冷や冷やさせた(ペナルティ)です」


 早速覚えた言葉で刺された。ちょっと傷付く。


 ミリスは子供をあやすように俺の膝を撫で、クスクスと笑っている。


「あのー、痛いからやめて」


 そんな俺たちを見ながら、ラグナはぽかんと口を開けた。


「ねえ、本当にそれだけなの?」


「それだけだよ?」


 ミリスが不思議そうに首を傾げ、言葉を紡ぐ。


「ミリスたち、競売会(きょうばいかい)で出されるカグヤの大事なモノ、取り返しに来ただけ」


「組織に恨みはあれど、アナタたちを殺すつもりはありません」


 ミリスとカグヤの言葉に、ラグナはしばらく不満げな表情を浮かべる。


 そうして、深いため息を吐いて楽しそうに笑った。


「ホント、変な子たち」


 その声には、先程までの(とげ)はなかった。


「気に入ったわ。ペットにできなかったのは残念だけど、言うこと聞いたげる」


 ゆっくりと立ち上がると、彼女は胸を張った。


「アナタたちが欲しいのは、これかしら?」


 すると、胸元からカードキーが顔を覗かせた。


「いや、どこに入れてたんだよ」


「細かいこと気にする男の子はモテないわよ?」


「そういう問題じゃねえ!」


「クラド殿が取らないなら、ここは私が」


 そう言って、カグヤは躊躇(ちゅうちょ)なく胸元からカードを奪い取る。


 地下エレベーター用のカードキーとは違い、こっちは真っ白だった。


「……クラド殿、これはあなたに託します」


 唐突に、カグヤがカードを手渡してきた。


 ……妙に生温かい。


 まさかと思いラグナを振り返ると、


「あらあら、顔を真っ赤にしちゃってどうしたの?」


 どうしたもこうしたもあるか!


 やっぱりこの女、ヴェルカの次くらいには面倒な奴だなと、俺は思った。


「ま、意地悪はこの辺にして。約束通り連れてってあげる」



 ***



 かくして、俺たちはラグナの案内のもと夜天競売会(ノクスアウクティオ)の裏口へ向かった。


 道中で拾った布を顔に巻き、人気の少ない通路だけを選んで移動する。


 さらにカグヤの《(かげ)》で気配を覆い隠したおかげで、一階まで驚くほど簡単に戻って来た。


「さて、ここから先が運営専用区域よ」


 ラグナが立ち止まったのは、エントランスの受付カウンターだった。


 相変わらず屈強そうな黒服が待ち構えている。


 ロビーに客はいない。


 競売会の開会まであと三十分ほど。


 参加者は皆会場へ行った後なのだろう。


「本当に、この奥にあるんだろうな?」


「しかし理にかなっていますね。ここなら、客に強奪される心配もない」


「そゆこと。もっとも、そんなバカな子はいないけど」


 クスクスと悪戯(いたずら)そうな笑みを浮かべ、ラグナは堂々とカウンターを通過していく。


 受付カウンターの奥は、思っていたよりずっと狭かった。


 帳簿や書類棚が並んだ、いかにも事務室といった風景が広がっている。


 だがラグナは迷わない。


 そのまま一番奥の壁へ歩いて行くと、白いカードキーを端末へ(かざ)した。


 ピッ――という電子音が響いた直後、壁がゆっくりと横に滑る。


「うわっ!」


 思わず声が漏れる。


 現れたのは地下へ続く長い通路だった。


 壁も床も無機質な灰色一色。


 人が使う通路なのに、生活感だけが不自然なほど存在しない。


 耳が痛くなるような沈黙だけが、暗がりの奥の奥まで続いていた。


「何だか、不気味ですね……」


 カグヤが小さく呟く。


 ミリスも無意識に俺の袖を掴んで震えていた。


 すると先頭を歩いていたラグナが、不意に足を止め、静かに口を開いた。


「そうだアナタたち」


 振り返った彼女の顔からは、いつもの余裕が消えていた。


「ここから先は、本気で気を付けなさい」


「何だよ、急に」


「ゼロよ」


 名前を聞いた途端、通路の空気が変わったような気がした。


 さっきまで軽口ばかり叩いていたラグナが、言葉を選ぶように口を閉じる。


「正直に言うわ。もし私が戦うとしたら、ガノックかミザールと()り合った方がマシ」


 アリィ――アルベリオのことだろう――は特別として。ラグナはため息交じりに言葉を続ける。


「ゼロとだけは、死んでも嫌だわ」


「そこまで、なのか……?」


「それくらい戦いたくない相手ね」


 俺の問いに、ラグナは真面目な面持ちで答えた。


 冗談を言っている顔ではない。


 彼女の震える手が、それを静かに物語っていた。


「アイツの標的はね、何故か勝手に死ぬの。自然に、なんの前触れもなく」


「勝手に死ぬって、どういうこと?」


 ミリスが恐る恐る(たず)ねる。


 するとラグナは大きく肩を落とし、ざっと十秒の沈黙を経て、ゆっくり言葉を続けた。


 まるで思い出したくないものを思い出しているみたいに。


「……たとえば昔、私たち組織(ゴールド・スケイル)を裏切った男がいたの」


 静かな語り出しに、俺たちは思わず固唾を呑み込んだ。


「とにかくその男は、顔を変えて、色んな国を転々として、組織から逃げ続けたそうよ」


「それで、どうしたの?」


 ミリスが続きを(うなが)す。


 ラグナはそこで二度、深呼吸をしてから続きを口にした。


「朝起きるのと同時に、バラバラに切り刻まれて死んだわ」


 思わず足が止まりかけた。


 途中、話を聞き逃したのかと思ったが、違う。


「……殺されたのか?」


「そう。だけど世間は、奇妙な怪死事件として片付けた。犯人を特定できなかったから」


 迷宮入り、ということか。


 だけど、ラグナの口ぶりからして、その犯人がゼロという男なのだろう。


「信じられないかもしれないけど、彼の標的は見えない“何か”に殺されるのよ」


 とても同じ仲間のことを語っているようには思えなかった。


 まるで、村を滅ぼした魔物を思い出しているような、そんな語り口に近い。


「もしかして、召喚術の類ですか? 霊魂や精霊を操るような――」


 カグヤが訊ねるが、ラグナは「違うわ」とはっきり否定した。


「少なくとも召喚術師(サモナー)でも、死霊術士(ネクロマンサー)でもないわ」


 ――もしそうだとしても、魔力の残滓(ざんさい)辿(たど)られて足が付く。


 ラグナはそう付け加えた。


「それじゃあ一体、どうやって衛兵の目を掻い潜って――」


「それが分からない。だから嫌いなのよ、アイツは」


 彼女は、それ以上のことを語らなかった。


 いや、語りたくない。


 思い出したくないと言うべきか。


「クラド、ちょっと怖くなってきた」


「大丈夫だ。俺がいる」


 そっとミリスの手を取ると、横からさらに手が伸びてきた。


 カグヤの手だった。


 顔を逸らしているが、不安に染まった表情は隠しきれていない。


 かくいう俺も、恐怖と酸欠で死にそうだった。


 進む度に空気が浅くなっていく。


 氷河のような寒気が背筋をなぞる。


 だがそこへ希望の光が差し込んできた。


「皆さん、あそこ」


 カグヤが指差した先で、通路はようやく終わりを迎えていた。


 そこにあったのは、小さな倉庫のような空間だった。


 壁際には競売用の番号札が整然と並び、木箱には予備のガベル――落札時に叩く木槌――が無造作に放り込まれている。


 顔を隠すための仮面や制服まで積まれていて、いかにも裏方の部屋らしい光景だった。


「ここが搬入口?」


 ミリスが周囲を見回すと、ラグナは軽く肩を竦めて笑った。


「そうよ。表から運べない商品は、全部ここを通るの」


 拍子抜けだった。


 もっと厳重な施設を想像していたが、目の前にあるのはただの倉庫でしかなかった。


「誰もいませんね」


 カグヤが呟く。


 確かに人の気配がない。


 開会の準備で、全員会場へ出払っているのだろうか。


 そう考えると辻褄(つじつま)は合う。


 合うはずなのに、胸騒ぎだけが消えなかった。


 俺たちの足音だけが、やけに大きく響く。


「……変ね」


 不意にラグナが立ち止まった。


 嫌な予感がして、後ろを振り返る。


「どうした?」


 俺が問い掛けたのとそれは、同時だった。


 ――ブシュッ。


 ラグナの肩口から、突然血が噴き上がる。


「え――」


 見えない何かに身体を切り刻まれ、ラグナは顔から地面に倒れ伏した。


 あまりにも唐突で、状況を理解するまでに時間がかかった。


「だ、誰だッ!」


 俺は無意識に叫びながら、慌てて辺りを見渡す。


 けれど、どこにも敵の気配はなかった。


 誰も動いていない。


 武器を抜いた者も、当然いない。


 それなのに、ラグナの肩だけが自然と裂けていた。


「ラグナ!」


 ミリスが駆け寄る。


 だが当の本人は、傷より別のものに怯えていた。


 震える指で肩口を押さえながら、部屋の奥を見つめている。


「嘘……」


 掠れた声だった。


「なんで、そこに残ってるのよ……」


 その言葉の意味が分からない。


 けれど次の瞬間、部屋の奥から、小さな拍手が聞こえてきた。


 パチ。パチ。パチ。


 それは誰かを称える拍手ではない。


 聞いているだけで神経がすり減るような、不快な音だった。


「ダメじゃないか、ラグナ」


 男の声が響く。


 静かで、平坦な、耳にまとわりつくような嫌な声だ。


「侵入者をここまで案内するなんて」


 暗闇から現れた男は、月光のような銀髪を揺らしていた。


 黒い外套(コート)の裾から覗く両手には、細身のナイフが一本ずつ握られている。


 だが俺の視線を奪ったのは、その姿だけじゃなかった。


 男の周囲だけ、妙に景色が歪んで見えたのだ。


 まるで目に見えない何かが、そこに大量に刺さっているように。


「これは、ぼくたちへの裏切りと見ていいのかな?」


 ラグナが後退る。


 俺はその姿を見て、初めて理解した。


 彼女は今まで、一度もゼロの脅威(きょうい)誇張(こちょう)していなかったのだと。


「ゼロ……こいつが……」


 男は答えない。


 ただ手の中のナイフを、くるりと回した。


 何も斬っていない。誰にも届いていない。


 それなのに、壁が裂け、木箱が崩れた。


 床に、細い亀裂が走った。


 そして俺は悟った。


 コイツはガノックとも、ラグナとも違う。


 目の前の男だけ、戦いの前提が噛み合っていない。


「いかにも、ぼくがゼロ。《始末屋(スイーパー)》のゼロだ」

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