第12話 《ゴールド・スケイル》はソコにいる
騒ぎの後始末を終えた俺たちは、宿屋から少し離れた飲食店に場所を移していた。
昼前だというのに店内は妙に静かで、木製のテーブルと椅子が並ぶ空間には、煮込み料理の匂いだけがゆったりと漂っている。
店の隅の席。そこでようやく、助けた少女は一息ついたようだった。
「……改めまして。先程は助けていただき、誠にありがとうございました」
ぺこり、と。少女は背筋を伸ばして頭を下げた。
黒髪。白と紫を基調にした和装。腰には細身の刀。
歳は俺たちと同じくらい……に見えるけど、座っている姿は妙に小柄で、どこか子供っぽい。
特に今みたいに、目の前に置かれた料理をちらちら見てると尚更だ。
「……食べるか?」
試しに聞いてみると、少女の肩がぴくりと震えた。
「い、いえ! そのような施しを受けるわけには――」
ぐぅ〜……。
腹が鳴った。しかもかなり大きい。
一瞬、店内の空気が止まる。
「…………」
「…………」
少女の顔が、みるみる赤くなった。
「…………いただきます」
めちゃくちゃ小声だった。
ミリスがふふっ、と小さく笑う。
少女は、恥ずかしそうに俯きながら料理を一つ口へ運んだ。
その瞬間――。
「……っ」
ぱぁっ、と。
今まで張り詰めていた表情が、一気に綻んだ。
分かりやすいなこの子。
「美味いのか?」
「……はい。とても」
答えながらも、次の料理に手が伸びている。
多分かなり腹が減っていたんだろう。
無理して気を張ってたのが、見ているだけで分かった。
「それで、自己紹介がまだでしたね」
こほん、と咳払い。
だがその直後にも、料理に伸びかけた手を慌てて引っ込める辺り、全然取り繕えていない。
「私はカグヤ。東方国家“ジパング”より参りました」
「ジパング?」
聞き慣れない単語に、俺とミリスは顔を見合わせた。
すると、隣で酒を呷っていたヴェルカが「あー」と頷く。
「東の果てにある鎖国国家だよ。海に囲まれた島国で、刀だの和装だの、独自文化がやたら発展してることで有名な」
「詳しいな」
「商人だからな。噂くらいは入る」
ヴェルカは肩を竦める。
「もっとも、実際に行ったことはねえけど。基本的に外の連中を入れねえ国だからな、あそこ」
「外の人を?」
「ああ。逆に、国内の奴もあんまり外へ出さないらしい」
そう言いながら、ヴェルカはカグヤを見る。
「よく国外に出られたな」
「……少し、事情がありまして」
カグヤは少しだけ表情を曇らせた。
さっきまで料理で緩み切っていた空気が、少しだけ引き締まる。
その変化に、ミリスも自然と居住まいを正した。
そしてカグヤは、膝の上に置いていた細長い包みを、そっと抱き締めた。
路地裏でも、命懸けで守っていたものだ。
あの黒服たちに追われながらも、最後まで離さなかった。
きっと、かなり大事な物なんだろう。
「……実は」
カグヤは細長い包みを抱きしめるように持ちながら、小さく息を吐いた。
「私は元々、西方国家“ルシタニア”へ向かっておりました」
「西方って、海の向こうの?」
「はい。ジパングの工芸品や刀剣類を運ぶ、交易船に同行していました」
交易船。つまり、かなり大規模な商隊だったってことか。
「でも、その途中で襲われたんです」
カグヤの声が少し沈む。
「夜でした。突然、霧の中から船が現れて……気付いた時には、もう」
脳裏にその時の光景が蘇ったのだろう。
カグヤの指先が、僅かに震える。
「海賊の仕業か?」
俺が訊ねると、カグヤはゆっくり首を横に振る。
「……私も最初は、そう思いました」
「違うのか?」
「海賊にしては、妙だったのです」
カグヤは視線を落とす。
「積荷の位置を、最初から把握していたように動いていました。迷いもなく、“価値の高い物”だけを狙っていたのです」
ただ暴れるだけの盗賊じゃない。
最初から狙い撃ちだったってことか。
「しかも――」
そこでカグヤは、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……私以外、全員殺されました」
「殺された?」
「はい。船の仲間が、私を庇って……」
そこで、カグヤの指が震えていることに気付いた。
今までずっと真っ直ぐだった背筋が、少しだけ崩れている。
「――っ」
ミリスが息を呑む。
「私を海に突き落として、そして背中を――」
そう言ったカグヤの声は、酷く掠れていた。
無理して平静を保っているのが分かる。
「気付けば、私はこの街……ミナスガルドの海岸に流れ着いていました」
異国の地。
知り合いもいない街。
しかも、襲撃の直後。
想像するだけで胸が痛む。普通じゃあ、そんな苦痛は耐えられない。
「私は貨物の行方を探して、この街を調べ回りました。そして昨日……見つけてしまったのです」
ぎゅっ、と。膝の上の包みを抱き締める。
「私たちの貨物が、どこかへ運び込まれるところを」
店の空気が少し変わった。
ヴェルカだけが、黙ったまま酒を飲んでいる。
「後をつけました。すると、男たちが荷を確認しながら、こう言っていたのです」
カグヤは俯いたまま、小さく呟く。
「“夜天競売会に回せ”……と」
その瞬間、ヴェルカの酒瓶を置く音が、やけに大きく響いた。
「……ほぉ」
ヴェルカの目が少し鋭くなる。
カグヤは続けた。
「私は監視の隙を突いて、貨物の一部を取り返しました」
そう言って、腕の中の細長い包みに視線を落とす。
「ですが、その直後に見つかってしまって……」
「それで黒服共に追われてた、と」
「……はい」
店の中に、少しだけ沈黙が落ちた。
俺は椅子に背を預けながら考える。
つまり――。
カグヤの貨物を襲った連中。
そして、この街で追ってきた黒服。
夜天競売会……。
全部、裏で繋がってるってことか。
「でもよ」
俺は率直な疑問を口にした。
「あの黒服共、“ゴールド・スケイル”って、何なんだ?」
すると、今まで黙っていたヴェルカが、ゆっくり口の端を吊り上げた。
「王都最大の鑑定士ギルドだ」
「王都最大の⁉」
俺が聞き返すと、ヴェルカは酒瓶を揺らしながら鼻で笑った。
「鑑定、査定、仲介、オークション運営。まあ、金持ち相手の商売を一通りやってる連中だよ」
「それだけ聞くと、普通の行商ギルドに聞こえるけど……」
「“表向き”はな。つまり裏がある」
ヴェルカはテーブルに肘をつき、面倒臭そうに続ける。
「実態は、王都とミナスガルドの流通を陰で牛耳ってる成金集団だ。珍品、魔道具、奴隷、禁制品……金になるなら何でも扱う」
何が何でも、物騒すぎるだろ。
奴隷に関しては、なんとも言えないけれど……。
「しかも厄介なのが、連中の後ろ盾だ」
「後ろ盾?」
ミリスの疑問に、ヴェルカが指を一本立てた。
「貴族」
「あー……」
思わず変な声が出た。嫌な予感しかしない単語だ。
「しかもただの貴族じゃねえ。王都の商業派閥に食い込んでるボンボン共だ。金と権力で好き放題してやがる」
「じゃあ、街の衛兵とかも……」
「期待するだけ無駄だな」
ヴェルカはキッパリと答えた。
「ミナスガルドでゴールド・スケイルに逆らうってのは、王都の金袋に喧嘩売るようなもんだ」
ミリスが不安そうに眉を寄せる。
「そんなに大きな組織だったのかよ……」
「むしろ、この街そのものって言った方が近いかもな」
ヴェルカは店の天井を仰ぎ、照明を星座のように結びながら続ける。
「ミナスガルドの市場、倉庫、競売、警護、流通経路。全部がどこかしらで連中と繋がってる」
だからさっきの黒服連中よりタチが悪い。と、ヴェルカは天井に星を描く。
もっとも、それは凶星だ。
「《夜天競売会》の主催も、当然ゴールド・スケイルだ」
「あ」
とどのつまり。
俺たちは、主催者の関係者に手を出したのか……。
やっと納得した俺をジロリと睨めつけ、
「だから目立ちたくなかったのに、お前と来たら……」
呆れたように、ヴェルカが深いため息を吐く。
「いや……その……悪かった」
「ご、ごめんなさい……」
俺とミリスが揃ってしょんぼりする。
するとヴェルカは数秒黙った後、ぷっと吹き出した。
「ま、やっちまったもんは仕方ねえや」
あっけらかんと言いながら、酒を飲み干す。
「それに――」
ヴェルカの口元が、獰猛に吊り上がった。
「奪った品を札束に変えるだけの連中は、商人の風上にも置けねえ」
空気が変わる。いつもの適当な酔っ払いじゃない。
商人として、本気でムカついてる顔をしていた。
「だから、これから私たちは行動に出る」
言いながら、ヴェルカが指を一本立てる。
「まず一つ。星涙石を夜天競売会に出品する」
「それは元々の目的だな」
「二つ目」
今度は二本目。
「カグヤの貨物を取り返す」
カグヤが小さく息を呑む。
その目には、明らかな希望が浮かんでいた。
「そして三つ目――」
三本目の指が立つ。ヴェルカはニヤリと笑った。
「これは最悪の場合だが」
空の酒瓶をテーブルに叩き付ける。
「《ゴールド・スケイル》そのものをぶっ潰す」
一瞬、店内の空気が静まり返った。
……いや。言ってること、完全に無茶苦茶なんだけど。
相手は王都最大のギルドで、夜天競売会の運営だぞ?
しかもついさっき、国の金袋に喧嘩を売るのと同じだって、言っていたじゃないか。
けれど、不思議と――。
ヴェルカが言うと、何故だか“出来そう”に聞こえてしまうのが怖かった。
***
――一方、その頃。
ミナスガルド中央区。
煌びやかな夜景を見下ろす高層建築、その最上階。
豪奢なシャンデリアが照らす一室で、男が血塗れのまま膝をついていた。
「も、申し訳……ございません……!」
昼間、クラドたちに敗北した黒服のリーダーだった。
額から汗を流しながら、震える声で頭を下げ続ける。
その周囲を囲むのは、四人。
そして――中央の椅子に座る、一人の青年だった。
「いやぁ、それにしても無様ですねぇ」
最初に口を開いたのは、緑髪の男だった。
細身の身体をソファへ預けながら、呆れたように肩を竦める。
「貴方、“そこそこ腕が立つ”って触れ込みじゃありませんでした?」
男――ミザールは、薄く笑った。
「なのに子ども相手に半壊。商品の回収にも失敗。挙句、こちらの名前まで露出するなど……」
ため息混じりにワイングラスを揺らす。
「投資としては大失敗ですね」
「ひぃっ……!」
一方、その隣では。
「ねぇアリィ、見て見て」
紫髪の女が、宝石だらけの指輪を眺めながら頬を緩めていた。
「今日競り落とした“星海真珠”なんだけど、超可愛くない?」
黒服の男など眼中にない。
ブランド品にしか興味がないという態度を隠そうともしなかった。
「ラグナ様……! い、今はそれどころでは――」
「あんたさぁ」
ラグナと呼ばれた女は、ようやく黒服を見た。
気持ちの悪い虫でも見るような目で、黒服を睨む。
「負けた癖に口効かないでくれる?」
「っ――!」
男の顔が青ざめる。
その瞬間だった。
「ぎゃああああああっ⁉」
絶叫。男の左手に、巨大な釘が突き立っていた。
「うるせぇなァ」
低い声が笑う。
筋骨隆々の大男――ガノックが、愉快そうに男を見下ろしていた。
「失敗した罰ってのはよ、もっと分かりやすくしねぇとなァ?」
ごき、ごき、と拳を鳴らす。
その傍らでは、白髪の青年が窓際に立っていた。
ゼロ。
ただそれだけの名前を持つ男は、外の夜景を眺めたまま、一言も喋らない。
興味すらない。
そんな空気だった。
「た、助け……!」
黒服の男が床に這い蹲る。
しかし次の瞬間。
「やめろ、ガノック」
透き通るような声に、ガノックは舌打ちしながら手を止めた。
中央の椅子。そこに座っていた青年が、ゆっくり脚を組み替える。
白金色の髪。整い過ぎた顔立ち。
そして、金色の瞳。
青年――アルベリオは、退屈そうに頬杖をつく。
「見苦しいぞ」
ただ、その一言だけで。場の温度が一気に冷え込んだ。
「アルベリオ様! どうか、この通り! 次こそは――」
「誰が、喋っていいと言いました?」
アルベリオは言葉を遮り、膝をつく男を見下ろす。
「価値に見合わない仕事をしたゴミは、生きている価値もありません」
「ま、待っ――」
男が顔を上げた、その時だった。
男の首筋が、不自然にへこんだ。
まるで見えない手で、内側から握り潰されたように。
「――ぁ?」
男の身体が硬直する。
次の瞬間、全身の血管が内側から膨れ上がり――。
そのまま、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
静寂。
床に広がる血だまりを見ても、誰も驚かない。
ラグナは退屈そうに爪を眺める。
ミザールは苦笑を浮かべる。
ガノックは口笛を吹き、ゼロは相変わらず窓の外を見ていた。
「それで、ミザール?」
アルベリオが頬杖をついたまま訊ねる。
「その“行商人の少年”というのは?」
するとミザールが、肩を竦めながら報告書を開いた。
「目撃情報によれば、妙な能力を使っていたそうですよ」
「妙な? 何だ、言ってみろ」
「羽ペン、帳簿、封蝋……その辺の文房具で戦っていたとか」
一瞬、アルベリオの眉が僅かに動いた。
「……羽ペン?」
「はい。しかも、それでエージェント共を壊滅させたとか」
「ほほぉ。それはそれは」
アルベリオは小さく笑った。
「価値のない道具で、価値ある人間を壊す――」
金色の瞳が細まる。
「実に、興味深い」




