第1話 ソノ価値、破格につき
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この世界では、すべてに値段がつく。
剣も、宝石も、土地も――そして、人間にも。
スキルの強さも、血筋も、才能も。
すべては“価値”として数値化される。
価値の高い者は、富と地位を得る。
低い者は、使い潰されるだけの消耗品。
そして一度ついた値札は、そう簡単には覆らない。
……少なくとも、この世界では。
「おい、クラド。手ぇ止まってるぞ」
怒鳴り声と同時に、木箱が足元に叩きつけられた。
中身は壊れた剣や欠けた装飾品、売り物にもならないガラクタばかりだ。
「今日中に全部仕分けしろ。どうせお前のスキルじゃ、それくらいしか役に立たねぇんだからな」
周囲から笑いが漏れる。
――【価格表示】。
それが、俺の持つスキルの名前だ。
物の“価値”が数字で見える。ただそれだけの、どうしようもないハズレスキル。
この世界では、スキルこそがすべてだ。
強力な戦闘系スキルを持つ者は騎士や冒険者として名を上げる。
生産系でも希少な能力があれば一生食いっぱぐれることはない。
だが――俺のスキルは違う。
見えるのは、ただの“価格”。
それも市場での取引額程度の、なんの変哲もない数字だ。
戦うこともできない。
何かを生み出すこともできない。
ただ値札が見えるだけの力に、価値なんてあるはずがない。
だから俺は、こうして商会の雑用係に甘んじている。
……いや、“甘んじている”なんて言い方は格好をつけすぎか。
実際のところは、他に行き場がないだけだ。
一度は「使えるかもしれない」と雇われたが、結果はこの通り。
今じゃゴミの仕分けが唯一の仕事で、給金も最低限。
気に入らなければいつでも切り捨てられる立場だ。
――価値の低い人間は、使い潰される。
それが、この世界の当たり前。
そして俺は、その“低い側”にいる人間だった。
「……やってますよ」
適当に返しながら、俺は視線を落とす。
せめて、この仕事だけはこなさないと、明日食うものにも困る。
……そんな風に、自分に言い聞かせながら。
「おい、クラド。まだ終わってねぇのか?」
背後から声が飛ぶ。
返事をするより早く、木箱が足元に落とされた。中身がガチャリと音を立てる。
「ほら追加だ。暇そうだったからな」
「……見ての通り、暇ではないんですが」
言いながらも、俺はしゃがみ込んで中身を確認する。
壊れた剣、欠けた皿、割れた宝石の欠片。見慣れたガラクタの山だ。
「大丈夫だって。お前なら“値段見るだけ”で終わるだろ?」
男が肩をすくめる。
「むしろ楽な仕事だよな。俺なんか重い荷物運んでんのに、お前は眺めてるだけで金がもらえる」
「それ、交換します?」
「やだね。俺はちゃんと“役に立つ側”だからなァ」
間髪入れずに返される。
周囲でくすりと笑いが起きた。
別の男が、棚から適当な装飾品をひょいと投げてよこす。
「ほら、“専門家”。これいくらだ?」
反射的に受け取り、視線を落とす。
《真鍮の首飾り:35G》
「……35Gです」
「おお、正解。すげぇな、値札が読める」
拍手の真似事がぱちぱちと鳴る。
「なぁ、それってスキルじゃなくて“目”でよくないか?」
「やめとけよ。クラドの目は“高性能”なんだ。ほら、ちゃんと数字が浮かぶんだろ?」
「それってつまり、“目の前に書いてあることを読む能力”ってことか?」
「最強じゃねぇか。俺も欲しいわ、その力」
笑い声が広がる。
――慣れている。
腹は立つが、いちいち反応しても意味はない。
事実、俺のスキルはそういうものだ。
「で? その首飾り、買うか? 特別に30Gでいいぞ」
「値段下げてるじゃないですか」
「ほら、ちゃんと役に立ってるだろ。値切りの参考になる」
「それ、普通に交渉でいいですよね」
「お前に交渉ができると思うか?」
即答だった。
「……思いませんね」
また笑いが起きる。
店主が奥から顔を出した。
「遊んでねぇで手ぇ動かせ。日が暮れるぞ」
「ほら、ボスも言ってる。値札係は忙しいんだ」
「ちゃんと全部読めよ? 一つでも見落としたら世界が終わるかもしれないからな」
「そのときはクラドが責任取ってくれるさ。“見えてたのに見逃しました”ってな」
「それ、ただの無能じゃねぇか」
どっと笑いが弾けた。
俺は何も言い返さず、箱の中に手を突っ込む。
冷たい鉄。ざらついた木片。割れたガラス。
触れるたびに、頭の中に数字が浮かぶ。
《鉄の剣:120G》
《欠けた皿:2G》
《装飾片:1G》
――安い。
どれも、笑えるほどに安い。
使い道が限られていて、代わりはいくらでもいて、壊れたら捨てられるだけの存在。
……まるで、自分みたいだ。
「おいクラド、そっちは終わったか?」
「まだです」
「遅いな。お前のスキルなら一瞬だろ?」
「全部読むのに時間がかかるんです」
「へぇ、“読む”のに?」
「……はい、“読む”のにです」
一瞬の沈黙。
すぐに、また笑いが漏れる。
「頑張れよ、識字能力担当」
「読み間違えるなよ? 人生かかってるんだからな」
「もうかかってるだろ。ほら見ろ、その顔」
軽口は止まらない。
だが、それでも手は止めない。
止めたところで、何も変わらない。
――価値の低い人間は、使い潰される。
それが、この世界の当たり前だ。
せめて、この山を片付ければ、今日の分のパンは手に入る。
それで十分だ。
それ以上を望む余裕はない。
……そう思っていた。
だが、ふと手が止まる。
指先に触れた感触が、いつもと違った。
冷たい鉄でも、ざらついた木片でもない。
やけに軽くて、滑らかで、指に吸いつくような感触。
箱の中を覗くと、他のガラクタに埋もれるようにして、それはあった。
小さな指輪だった。
黒ずみ、泥にまみれ、装飾も潰れている。
誰がどう見ても価値のない代物だった。
さっきまでの流れなら、迷わず“5G以下”と切り捨てていたはずの品。
――なのに。なぜか、目が離れない。
理由は分からない。ただ、胸の奥にわずかな引っかかりが残る。
まるで、「見落とすな」とでも言われているような違和感。
俺は無意識に、その指輪を拾い上げていた。
指先で軽く泥を拭う。
すると、視界の奥で、いつもの数字が浮かび上がった。
《???:9,999,148,000G》
――思考が、一瞬だけ止まった。
桁が違う。
もう一度、見直す。
《???:9,999,148,000G》
……変わらない。
見間違いじゃない。
こんなボロの指輪に、この額。
あり得ない。
まず疑ったのは、スキルの誤作動だ。
だが――この目が狂ったことは一度だってない。
……なら、これは本物か?
黒ずんだ指輪。潰れた装飾。価値なんて、どこにも見えない。
そのはずなのに。さっきの違和感が消えない。
――見落とすな。
そんな感覚だけが、妙に強く残っている。
「おい、何ぼさっとしてる」
店主の声が飛んだ。
……時間はない。
いや、考えるまでもない。
俺は、指輪を握りしめた。
「これ、俺が引き取ります」
「あぁ? そんなゴミ、好きにしろ。どうせ捨てる予定だったんだ」
鼻で笑われる。
――なら、ちょうどいい。
誰も気づいていないんだ。この価値に。
だからこそ、俺が取る。
俺は初めて、この力に賭けることにした。
***
その日の仕事を終えると、俺は金を握りしめたまま店を出た。
向かう先は、裏通り。
昼間でも薄暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。そんな場所だ。
石畳は汚れ、どこかで流れた水が黒く淀んでいる。
鼻をつくのは、酒と汗。それに、わずかな腐臭。
表通りとは別世界だ。
ここでは、価値の低いものが押し込められている。
「見てけ見てけ! 安いよ安いよ!」
「そこの兄ちゃん、働き手ならこっちだ!」
怒号と笑い声が入り混じる中、俺は足を止めずに進んでいく。
視界の端に数字が浮かぶ。
《労働奴隷:300G》
《雑役女:120G》
《荷運び要員:80G》
……安い。だが、それ以上に、どれも“その程度”だ。
上下はあっても、誤差の範囲。
未来を感じない、同じような数字の羅列。
――価値ってのは、こんなにも分かりやすいものか。
そう思いかけた、そのときだった。
視界の端に、ノイズのような“歪み”が走った。
反射的に足を止め、振り返る。
今まで見てきた数字とは、明らかに違う感覚だった。
路地の奥。人の流れから外れた、影の中。
そこに、一人の少女がいた。
薄汚れた布に包まれ、地面に座り込んでいる。白銀の髪はくすみ、顔は伏せられていた。
誰も声をかけない。値札すら、まともに付けられていない。
――売れ残りだ。
そう判断した瞬間。その上に浮かんだ数字が、視界を塗り替えた。
《???:――――G》
一瞬、表示が乱れ――。
《???:999,999,999,999G》
思わず息を呑んだ。
桁が違う。違いすぎる。
さっきの指輪どころじゃあない。
今まで見てきたすべてを足しても、絶対に届かない額。
「……なんだよ、これ」
声が漏れる。
すると少女が、ゆっくりと顔を上げた。
灰色の瞳。感情の薄い、空っぽの目だ。
なのに――目が離せない。
「……なんで」
かすれた声が届く。
「なんで、そんなに見るの……?」
問いかけというより、確認に近い声音だった。
俺は一歩、踏み出した。
理由は分からない。
ただ、分かっていることが一つだけある。
――これは、“当たり”だ。
「……お前を買う」
気づけば、口にしていた。
すると、近くにいた店主がギョッとした顔でこちらを覗いてきた。
「はぁ? そいつを? 売れ残りだぞ。持ってくなら好きにしろ」
周囲から、くすくすと笑いが漏れる。
「兄ちゃん、趣味悪いな」
「もっとマシなの選べよ」
雑音は無視でいい。
俺には見えているんだ。こいつの“価値”が。
「いくらだ?」
「……100Gでいい。どうせ誰も買わねぇ」
安すぎる。が、それでいい。
俺は迷わず金を差し出した。
硬貨が触れ合う音が、やけに軽く響く。
それで取引は終わりだった。
少女の手を取る。驚くほど冷たい。
それに、軽い。骨ばった指先が、わずかに震えている。
「立てるか」
小さく頷く。その目が、ほんの少しだけ揺れた。
背後で、誰かが言った。
「100Gのガラクタか」
――違う。
心の中で、否定する。
これは、俺の人生を変える“投資”だ。
「ところで君、名前は?」
「……ない」
「そうか」
なら。
「ミリスだ」
「え……?」
「今日から、お前はミリスだ」
少女――ミリスが、わずかに目を見開く。
その瞬間。ほんの一瞬だけ、その瞳に光が宿った気がした。
価値は変わる。いや――。
――俺が、変える。
分かりやすく値段表記
???(指輪):99億9914万8000G
???(ミリス):9999億9999万9999G




