ライカと竜の話
しかし困った。
結局口車に乗せられるままに山に登ってみたはいいものの、大した情報はなかった。
どうしたらいいんだ俺、このままだと八方塞がりだ。
「──っといいかな?」
うーん、村の人の何も知らない、聖エルア教国は何か知ってるかもだけどモモカ曰く情報を漏らさない、実際に登山してみても大した情報はない…。
…今日は引き返したが、後日改めて一人で登ってみようか?
腐食の影響がスゴいエリア、俺一人なら回復でどうにかなるだろうし、強行突破してもいいだろう。…その前に、一応管理者ってことになってるイフィルに話を通した方が良いか…。
「ちょっといいかな!?」
「うわぁ!?」
突然耳元で大声で叫ばれて飛び上がってしまう。
いきなりなんだと声の主を視認すれば、
「あ、この前の」
タイタンにぶっ飛ばされて昏睡してた金髪冒険者だ。
「ああ。君には是非ともお礼がしたくてね。少し付き合ってくれないか?」
「昨日は君のおかげで助かった。そして、礼を言うのが遅くなってしまい申し訳ない。昨日君の姿を探したんだけれども見つからなくてね…」
「気にしなくていいぞ。大したことはしてないと思うし」
「謙遜しないでくれ、君の回復魔法がなければ僕は今頃生きてるかすら怪しかったんだ」
ギルドに併設された酒場、テキトーに枝豆をつまみながら彼の話を聞く。
明らかに俺より年下っぽい人が何人か酒をガブ飲みしているが、俺の心はまだ健全な未成年なので適当なツマミを食するだけに留めておく。「今日は僕が奢るから!」と言われたが、帰ってイフィルとごはんも食べないとだし。
「僕は銀級冒険者のライカ。冒険者パーティの『銀の翼』のリーダーも務めている。良ければ君の名前も教えてくれないか?」
「俺は明樹。銅級冒険者だ」
自己紹介をすれば、驚いたように声を上げられる。
「銅級!? それはおかしい、タイタンを倒せる実力も示しているのだし、銀級は優に超えている筈だ」
そういえば、二日くらいギルドの職員さんとは話をしていないし、俺の知らぬ間に昇格してるかもね。
「あー、冒険者ギルドにタイタン倒してからまともに顔出してなかったから今どうなってるか分からないんだ。今聞いてくるよ」
ちょうどいい機会だと席を立ち、受付のお姉さんに聞いてみる。
と言うか、このギルドかなりこじんまりとしていて、酒場を切り盛りするおばさんとこのお姉さんくらいしか職員っぽい人が居ない。
「すみません、明樹ですけど、自分の等級って今どうなってますかね?」
「あ、アキさん、お久しぶりです。今は銀級になっていますよ。本来なら審査が必要なんですけれども、本部に連絡したらついさっき銀級に上げても良いって返答が来てました! はい、これギルドカードです」
おお、それは凄い。
カードを受け取りながら感慨深さに浸る。
これで俺も晴れて銀級。下から二番目、上から三番目か。…そんな晴れてってほどでもない? そんな感慨深くないな。
「そんなことはない、銀級は冒険者の中でも一番人口が多い中堅層なのは否めないが、その分有力な銀級冒険者とそうでない冒険者で大きく差があるんだ」
脳内で考えていたことが声に出てしまっていたようで、それをいつの間にか横に来ていたライカに諫められる。
「そしてアキ、君は間違いなく前者の方だ。誇ってくれ。それに君の実力ならすぐ金級、下手をすれば白銀級まで一瞬さ」
ライカが凄い褒めてくれて自己肯定感が爆上がりだ。
イケメンが褒めてくれるのは同性だとしてもなんかこう嬉しいものだ。
「そうか、それは嬉しいな」
「それで、話は変わるが…座って話そう」
有頂天だった俺に反して、少しライカは気まずそうな雰囲気を醸し出しながら俺に着席するよう促す。
一体なんでそんな感じになったのか心配だ。
「その、回復魔法の件なんだが、幾ら出せば良いだろうか?」
「…幾ら、とは」
「それはもちろん金貨を何枚出せば良いのか、と」
どうやら俺がライカを助けた事の対価にお金を払おうとしているつもりらしい。
「必要ない」
「それは駄目だろう、聖エルアの聖職者や回復術師は治療の際になかなかの金額をせしめていくものだ」
「そうは言われても、相場も知らないし…」
そもそも金をせびる為にライカを助けた訳でもない。
「…あ、じゃあ俺お金よりも竜について知りたいんだが、何か知ってることはないか?」
「竜、か。大したことは知らないが、そんなことで良いのなら喜んで話そう」
「え?」
何か知ってるの?
「この大陸には確認されてるだけで六匹の竜が存在している。北では長らく二匹の竜が争いを続け、ここから北西へ山を越え湖を渡れば聖エルア教国に一匹、南に一匹、西に一匹、そしてこの村に一匹。それぞれ、炎、氷、光、雷、風、土の魔力を司る権能があるとされている」
「ちょっと待ってちょっと待って」
なんでそんな詳しい?
村の人なんて、いやーなんかヤバいのが山に住んでるし、村の外にも何体か居るよなー、くらいしか話してくれなかったんだけど。
「どうしたんだ、流石にこれくらいは知ってたか、すまないね」
「いや何にも知らない。全部初出情報なんだけど」
モモカのヤツ、竜の研究なんてこのご時世誰もできないって言ってた癖に、大嘘付きじゃねーか。
「と言っても、これは数年前に聞いた情報だから今は違うかもしれないよ」
「とりあえず続き、続きを! 特に竜の呪いとか知らないか?」
「呪い…呪いは聞いたことがないけれど、加護に近いモノかな? 稀に竜に認められた人間が力を授かることがあるんだ。ただ、その力は人間には身に余るから、うまく使いこなせないと自滅してしまうとか。聖エルア教国のルシフェルの加護が有名だけど、他の竜の加護もないことはないみたいだ」
「そうなのか…」
もしかして、イフィルの呪いも加護みたいなモノで、うまく使いこなせるようになれば克服できるとかか?
「僕が知ってることはこれくらいだ」
「…なんでそんなに色々知っているんだ?」
「君になら話してもいいかな。ここからずっと西にサイドラル帝国っていう国があるんだけど…僕はそこのかなり偉めの貴族だったんだ。でも権力争いの過程で家族が皆殺しにされちゃって、僕も生きてるってバレたら絶対殺されちゃうからこんな辺鄙なところまで逃げてきたんだ」
身の上話がかなり凄惨だった。
「嫌な事思い出させてごめん…」
「大丈夫、帝国の政権争いではこれくらい日常茶飯事さ」
嫌な国すぎるだろ。
ライカもかなり苦労してるみたいだな。
「知ってることはこれくらいかな。竜については家にあった本で読んだんだけど、誰が書いたのかも分からないし、多分家と一緒に燃えちゃっただろうし、申し訳ないけど僕がそこまで熱心に読み込んでた訳でもないからもうこれ以上は分からないんだ」
「いや、すごい助かった。ありがとう」
ライカは申し訳なさそうに眉を下げるが、全くそんな必要はない。かなりの大収穫だ。
サイドラル帝国には何かしらの情報があるということも頭の片隅に置いておこう。
「かなり長いこと話してもらったし、そろそろ俺は帰ろうかな」
「君はあの離れに住んでいる少女と暮らしているんだっけ」
「ああ」
たった数日しか経ってないはずなのにもう随分とあそこに帰るのが当然の行為になってきている。
少しだけ、呪いに対してどうアプローチすればいいのか分かってきて小さいながらも希望が見えてきた。
…イフィルの呪いが解けたならば俺はどうしようか。
村の人は、まあイフィルへの対応はどうかとは思うが良い人が多いし、イフィルも非常に美形で一緒に居て落ち着くけど…。
正直、家に、日本に帰りたいな。
イフィルの件が済んだならば、人間を異世界から呼び出したり逆に送り出したりする魔法か何かでも調べてみるか。
どっぷりと日も落ち、月明かりがあっても覚束ない足元に気を付けながら家へと戻る。
麦畑の中を進み豪邸が見えてきたところで、入口に誰かが立っている。
「アキ!」
目を凝らしてみれば、心配そうにこちらを見つめるイフィルがそこにはいた。
いつもより帰るのが遅くなってしまったせいか、心配をかけてしまったようだ。
「ごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
そう謝りながら家に入ろうとすると、ぎゅっと手を捕まれる。
「…心配してたから」
「…もう遅くならないよう気を付けるよ」
「それならよろしい」
にこりと笑顔を見せてくれるイフィル。
…人との関わりがあまりないせいだろうか、イフィルは若干人との距離が近い気がするんだよな。
「竜の呪いの事、ちょっとだけ進展があったから。ご飯食べながら話そうか」
「うん」
「明日は冒険者としての仕事は休みだし、試したいことがあるんだ」
「じゃあ明日は一緒に居れるの?」
「もちろん」
にへら、と笑って楽しみだと告げるイフィルに招き入れられるままに、二人で夕食を取ることにした。