依頼を探しに行こう
「アキ」
真っ暗闇の中で、誰かに声を掛けられた。
そこには、目の前には、イフィル。
どこか虚ろな目をしながら、こっちに近づいてくる。
「イフィル! 生きてたのか!?」
「どうして?」
どうして? 何がどうしてなんだ。
俺の困惑を他所に、イフィルはどんどんと近づいてくる。
「私はこんなに苦しんだのに。キミを助ける為に頑張ったのに。キミは私じゃなくて、他の女を…」
美しい銀色の髪が俺の肩に掛かる程に接近してくる。
しかし、イフィルからは生気を感じず、逆におぞましい冷気すら感じる。
それと共に、体が硬直し始め、思うように動かなくなる。
──違う、コイツはイフィルじゃない。俺の知ってるイフィルはこんな強引で自分勝手な娘じゃない。
口すらも自由に動かせず、視界一杯に無表情のイフィルの顔が広がる。
「でも、大丈夫だよ。待っててね、すぐ迎えに行くから」
「アキ、アキ?」
「うわっ!」
…夢か。
体は汗まみれで気持ちが悪い。
横の一糸纏わぬ姿のモモカが、唯一残った左手で俺を揺すって起こしてくれたみたいだ。
「うなされてたから起こしたけど…大丈夫かしら?」
「大丈夫。もしかして起こした?」
窓の外からはぼんやりとした朝日が昇ってくる頃合いで、普段昼前まで寝ているモモカが起きるには少し早すぎる。
「あたしなんかの睡眠時間より、あんたの方が大事よ」
「ごめん」
「謝らないで」
頬を優しく撫でられると、さっきの悪夢が溶けるように記憶から無くなっていく。
「まあ、偶には早起きも悪くないわね」
ぐっと体を起こすモモカ。
それに続いて体を起こし、モモカを着替えさせてから朝食の準備に取り掛かる。
「しかり便利だよなこれ」
キッチンに設置されている魔核? みたいなものをこんこんと叩いてやるだけで火が起こる。
今まで全く気にしてこず使って来たキッチンアイテムだが流石に凄いと言わざるを得ないだろう。
フライパンの上でパンと卵を焼き、少し早いが朝食を仕上げる。
「ありがとうアキ」
少し眠そうな顔をしているモモカに罪悪感を覚えつつ、机に座らせ朝食を食べる。
「キッチンについてるアレ、どうやって動いてるんだ? 今まで何にも気にせず使ってきてたんだけど」
「アレ…?」
「叩いたら火が付くヤツ」
「魔具のことかしら?」
「マジックアイテム…」
「魔道具とは違って今の技術でも作成が可能なアイテムのことね。魔力を流したり叩いたり。比較的簡単に起動ができるわ」
確かに簡単だ。日本に居た時、俺の家そんなに金持ちじゃなかったからガス栓開けたりして火使ってたんだけどその時より簡単に火を使えるから楽ちんだ。
「じゃあ魔道具も自作できるようになれば魔具に型落ちするのか?」
「あー…」
そう聞かれると眉を顰め困ったように首を傾げるモモカ。
「それ結構人によって違うのよ。昔の時代に作られたものは全部魔道具派と、解明できたものは魔具で良いじゃない派の二つがあるのよ。ちなみにあたしは心底どうでもいいから勝手にしてちょうだい派ね」
「まじか」
意外と適当なんだなこの世界そういうところ。
「要らないとは思うけど、何か魔具でも使ってみるかしら? ギルドに使うかもしれない魔道具は預けてあるのよ」
「例えば何があるんだ?」
「…ちょっと足が速くなる護符みたいな」
「ホントに要らなそうだな」
「基本的に魔道具はすぐ売っぱらっちゃうし、あたしみたいな後衛魔法使いに有益なものしか残してないからあんたからしたら要らないものしか残ってないのよ」
「まあそうだろうな」
随分早くに起床したと思っていたが、町では既に何十人もの人たちが活動しており、活気に溢れている。
そんな中他愛もない話をしながらギルドへと足を運んでいる俺とモモカ。
朝早くに起きて、何か良い依頼がないかと探しに行こうという話になったのだ。
「ここのボードから好きな依頼書を持っていくのよ。基本的に早いモノ勝ちね。えっと…あんた字って…」
「なんでかは分からないが読めるぞ」
「そういえばこの前古代語なのに普通に読んでたわね…」
モモカは俺が異世界から来たと信じてくれているので、俺の識字について心配してくれたのだろう。
だが普通に読めるので心配は無用だ。
「えーっと…、ワイバーンの討伐金貨五十枚グリードベアの討伐金貨二十枚畑の作物一緒に運んでくれ銀貨十枚…」
かなり広いボードにはたくさん文字が書いてあって全く何が何だか分からない。
「片っ端から読み上げるのやめなさいよ。…あたしが選んだ方が早いわね。あそこのオーガの巣の討伐っての取ってくれるかしら」
「これか?」
「それオーガじゃなくてオークよ。もっと右の…あー行きすぎ…ちょっと、どうしてそこで下に行くのよ」
俺達が右往左往していると、横からすっと手が伸びて来て、一枚依頼書を取っていく。
「あ、それよそれ!」
「いや取られたけど」
「もう…」
「ごめん…俺が間抜けすぎるばっかりに…」
「いや、怒ってはないのよ。謝らなくていいわ、気にしないでアキ」
慰めてくれるモモカ。本当に優しい。
「フッ…あのアレックをコテンパンにしたからどんな手練れかと思ったら…」
何やら俺達の狙っていた依頼書を持って行った男が話しかけてきているようだ。
剣を小さな盾を背中に掛けた一般的な冒険者と言ったスタイル。
彼らの後ろには数人の男女がおり、恐らくパーティを組んでいるのだろうと推察できる。
それぞれ魔法使いみたいな奴とか鎧を着こんで盾を二枚担いでる変なのとか弓を携えている女とバランスの良さそうなパーティだ。
「依頼書の見方すら分からない、そこの女におんぶにだっこの新米だったとはな」
「ぐぅ…」
返す言葉もなさすぎる。ぐぅの音も出ないとはこのことだが、悔しいのでぐぅと言葉に出す。
「ちょっとあんたたち、アキのことを悪く言うのは許さないわよ。人には適材適所ってものがあるんだから!」
抱えているモモカが俺の為に声を上げてくれる。
なんて優しい彼女なんだ。
思わず涙が溢れそうになるじゃないか。
「おいおい…実際おんぶにだっこなのはそこの女の方じゃないか? そんな役立たずみたいな姿をしておいてよく偉そうに口を利ける──」
ガシっと、首根っこを掴む。
「おい、誰に口を利いているんだ? 弱そうな癖に随分と偉そうな口だな」
軽く掴んでいるだけの筈なのに苦しいのか顔が青ざめ、必死に俺の手を引き剥がそうと藻掻いている。
さっきまでお喋りだったのに今では物静かだ。
「お、おい! 手を放せ!」
後ろの盾を持った男が俺の腕に手を伸ばそうとするが、そののろまな巨体を蹴り飛ばしてやればギャグマンガみたいなぶっ飛び方をしながらギルドの壁に激突し気を失ってしまったようだ。
「ア、アキ。あたしはそんなに怒ってないからその辺で…」
下の方から遠慮がちなモモカの声が聞こえてくる。
続いて自分のやったことに気づいてしまい少し血の気が引く。
「わ、悪い…」
ぱっと手を放して回復を掛けてやれば、男はさっきまでとは一変して何回もごめんなさいと譫言を何回も言っていた。
蹴り飛ばしてしまった男にも回復。目を覚ました男はまだ譫言を呟いている男と仲間たちを引き連れてその場を後にしてしまった。
「…俺ヤバい?」
我に返ってモモカに確認してみる。
「…大きい町だったらちょっとヤバかったかもしれないわね。でも冒険者どうしのいざこざなんてよくあることだし、アキは今金級だから殺しさえしなければ意外と大丈夫よ」
「金級冒険者なっといて良かった…」
傷害罪とかでムショ行きかと思って滅茶苦茶焦った…。
「…ごめんな、いきなり暴れて。怖かっただろ」
「あんなの暴れた内に入らないわよ。それに、あたしの為に怒ってくれたんでしょ? 怖いとは思わなかったわよ。多分放っておいたら死ぬ寸前までやると思ったから止めはしたけど」
「ごめん…」
「全然気にしてないわよ! こう、アレね。自分より怒ってる人が居ると逆に冷静になるってヤツを久しぶりに実感したわ!」
たはは、と少し笑うモモカ。
彼女の優しさに救われてばかりだ。彼女無しじゃもう生きて行けやんかもしれない。




