11.5
◇◆ロイ◇◆
浄化の旅に立つ二日前。
夜勤で聖女様の部屋の前に立つ。
明日は休みで、明後日は出立だ。すでに荷造りは終わっている。夜勤だろうと何の問題もない。
夜勤だから聖女様のお顔を見られる事はないだろうが、お側にいられるだけで嬉しく思う。
いつでも聖女様をお守りできる事は至上の喜びだ。
ところが、お顔は見られないと思っていたのに、聖女様からベランダへの供を言いつかった。
簡易な勝負で勝って、お供はもらった!
聖女様と一緒にベランダに出る。
あれ?ルイーセ様は来られないのか?
二人きりか!(部屋の中にはルイーセ様がいるけど!)俺は急に落ち着かなくなった。
護衛で立つ時は私語厳禁だ。黙っている事は慣れている筈なのに、どうしていいかわからなくなっている。
今夜は風もなく俺は寒くはないが、聖女様がどうかはわからない。
女性は冷やしたらいけないと母が言っていた。
なぜ今そんな事を思い出すんだ?
どうも脳内が混乱しているらしい。
「聖女様、お寒くはありませんか?」
声が上擦ってしまった。
しっかりしろ! ロイ・アルダール!
……ムリだ!!
二人きりですぐ側に聖女様がいるんだぞ!
冷静でいられる訳がない!!
「全然!月が明るすぎて暖かいような気がするわ」
こちらの動揺など気づかないような、朗らかな聖女様のお声が聞こえた。
月? 俺は空を見上げる。
あぁ、本当に。
「そう言われれば、今夜はとても月が綺麗ですね」
俺は生まれてから今まで、月を愛でるなんて風流な気持ちは持ち合わせていなかった。
月は月だ。夜空に浮かんでいる、ただの明かりだ。
それが今、この上なく綺麗なものに見えている。
聖女様は、とても嬉しそうに微笑まれた。
「ロイ」
「はい」
「葵って言ってみて」
「アオイ?」
「疑問形じゃなくて、ちゃんと」
「アオイ」
聖女様が、胸を押さえて身悶えているように見える。
だけど、どこかご不調なのかと心配する事はなかった。
何故なら、俺を見る、目が……。
いや、勘違いしてはいけない!
夢見る事は勝手だが、勘違いはあまりにも恐れ多い!
何か、何か、話を。
これ以上、自分に都合よく思わないように。
必死に考えて、そうだと問いかけた。
「聖女様? アオイとは?」
「私の名前♪」
……ん?
聖女様のお名前? 聖女様にもお名前があるのか? ……聖女様のお名前?
聖女様のお名前?!
アオイ…。なんて美しい響きなのだろう!
いや! アオイ、じゃなくて! えっと、
落ち着け!ロイ・アルダール! えっと…、
そうだ!
何故お名前? 何故、聖女様は、お名前をお教えになられたのだ?
「聖女、様? 何故…」
掠れて続かない言葉をわかってくれたように、聖女様は応えてくださった。
「ふふふ。月が綺麗だからかな♪」
『月が綺麗ですね』
俺がその言葉の意味を知るのは、もっとずっと後の事。
スマラグティーへの出立の朝。
聖女様が馬車に乗るのを、整列した場所から見ている。と、聖女様が我らを見渡して……、
一瞬目が合った、ように思う。
聖女様は、楽しそうに微笑んだ。
ほんの少し、ほんの少しだけ、いい気になっていいのなら、聖女様は俺を見てくれたと思いたい。
あの時、何故お名前があるのに今までおっしゃらなかったのかと問う俺に
「誰も私の名前を聞かなかったから。聞かれないのに自分から言わないわ~、そんな不用心な事。だから誰かから聞かれるまでは、ロイも内緒にしてね♪」
と、聖女様は楽しそうにおっしゃった。
先程と、同じ笑顔で。
俺だけしか知らない、聖女様のお名前。
こんな事を考えてはいけないと思うのに、物凄い特別感に、夢のまた夢を見たくなってしまう。
いや、これから他国へ行くのだ。気を引き締めろ!まずは聖女様の安心安全に勤めるのだ!
しっかり自分に言い聞かせて、何からも聖女様をお守りすると強く決意する。
朝靄が晴れた。
最初の光が射す中、馬車はスマラグティーへ向けて走り出した。
数多ある物語の中から、目を止め読んでくださってありがとうございました。
実は今回から、今までのお話とは(作者的には)違う世界観になったのです。
描ききれなかったなぁ。今後の課題です><
聖女が主人公のお話は、頭の中にあと三つあります。
違う聖女ちゃんのお話も読んでみたいと思ってくださったなら嬉しいです^^
ブックマークがついた時はいつもとても嬉しいです!
誤字報告もありがとうございます!
もしも気に入ってくださったなら、次回作でまたお会いしましょう。




