第五話「早速の会敵」
ヨスィーダ山は、冬でも青々とした常緑樹の森であり、冬枯れの野原の中では、遠くからでも目立つ丘となっていた。
村からの街道に続く山道は、聖なる祠の洞窟に至る参道なのだろう。石畳で舗装されているわけではないが、しっかりと土が踏み固められており、かなり歩きやすい。
ただし両側には高い木々が並んでおり、その間から、いつ何が現れるかわからない状態だった。
自然と二人は、ヨスィーダ山に入った辺りで、おしゃべりを止める。攻撃力のあるラドミラを前衛にする形で、周囲を警戒しながら、黙って進むうちに……。
「来たわね」
モンスターの気配を察して、ポツリと呟くラドミラ。
続いて、右斜め前の茂みがガサゴソと音を立てたかと思うと、モンスターが飛び出してきた。
「ギギギ……!」
猿ゴブリンが二匹。一匹は小型のナイフを手にしており、もう一匹は生意気にも、人間の傭兵が使うような大剣を両手で抱えている。
「守れ! 鉄壁防御!」
戦闘の邪魔にならないよう大きく後退しながら、呪文詠唱するペトラ。
その瞬間、ラドミラは、全身が魔法の薄膜で覆われるのを感じた。不可視の保護膜であり、魔法耐性だけでなく、物理攻撃に対する防御力も大幅にアップしたことになる。
「サンキュー、ペトラ!」
短く礼を言ってから、ラドミラも魔法を唱える。
「貫け! 激圧水流!」
細く圧縮された水しぶきが、大剣持ちの猿ゴブリンに襲い掛かった。
回避の暇もなく、水圧で胸を貫かれ、血を吹き出しながら絶命するモンスター。
もう一匹は、相棒を殺られて呆気に取られたのか、一瞬その動きを止めてしまうが……。
「それって、戦場では命取りよ!」
余裕の言葉を口にするラドミラに詰め寄られ、彼女のナイフで喉首を掻っ切られて死亡。あっというまに、仲間の後を追う形になるのだった。
会敵から五分とかからず、戦闘終了。
ホッと一息つきたいところだったが、
「ラドミラさん!」
ペトラの悲鳴を耳にして、本能的に、バッと飛び退く。
すると、前を横切ったのは、大きな茶色の巨体。
左側から現れた熊巨人が、たった今までラドミラのいた場所に、突進してきていたのだ。
「なるほど、そういう戦法だったのね……」
呟くラドミラ。
陽動を兼ねて、先に猿ゴブリンが襲いかかり、続いて反対側から熊巨人が挟撃する……。
しかし、しょせんは猿ゴブリンの猿知恵だった。あまりにも短時間で、熊巨人が出る前に倒されたことで、陽動にも挟撃にもならなかったわけだ。
しかし。
モンスターたちの戦法は崩れたとはいえ、そもそも熊巨人は上級モンスター。先ほどの猿ゴブリンとは異なり、間違っても接近戦をしてはならない相手だった。
「グァーッ!」
咆哮と共に熊巨人が振りかざしたその手には、凶悪な鉤爪が黒光りしている。いくらペトラの鉄壁防御で守られているとはいえ、あれを食らったら、ひとたまりもないだろう。
「速まれ! 高速活動!」
鉄壁防御に続いて、新たな補助魔法が、ラドミラの体にかけられた。
高速活動。全身の筋肉や関節に魔力を染み込ませることで、その可動を迅速にする魔法だ。
猿ゴブリン相手では使わなかったのに、今度は詠唱したということは、ペトラも「熊巨人相手には回避力が重要」と考えているのだろう。
そうラドミラは推測して、
「一応、試してみましょうか」
再び、大きく後ろへ跳ぶ。
まだ熊巨人からは十分に離れているが、距離を詰められる前に「高速活動で、どれだけ素早く動けるようになったのか」を確認しておきたかったのだ。
「あらあら。これは……」
効果のほどは、思った以上だった。
以前にラドミラは、別の魔法士と組んだ際にも、高速活動をかけてもらったことがあるのだが……。
その時とは全く違う。さすがはペトラ、補助魔法を重視するネオ・シャドウ流の第一人者だ。
心の中で、あらためてペトラを評価するラドミラ。
一方。
ラドミラが距離を取ったことで、モンスターの方でも何かを感じたらしい。
「ガーッ!」
再び大きく叫んで、威嚇するかのように、離れたままブンブンと大きく両手を振り回し始めた。
ペトラはペトラで「さあ戦闘開始だ!」とでも思ったのか、ラドミラにアドバイスを送る。
「ラドミラさん! 炎は厳禁ですわ!」
それくらい、言われなくてもわかっている。ここで炎系統の魔法で戦えば、山火事のおそれがある。だから先ほども、烈火燃焼ではなく、激圧水流を用いたのだ。
そう思うラドミラだったが。
「ラドミラさんの烈火燃焼では、相手を燃やし尽くしてしまいますからね! せっかくの熊巨人なのに、肝も心臓もダメになっちゃう!」
「そっち? ちょっとペトラ! あなた、私よりも熊巨人の方が心配なの?」
「ペトラさん! 前、前!」
ラドミラが一瞬、後ろのペトラに意識を向けた隙に。
本能的に好機と察したらしく、熊巨人が突っ込んできた。
「甘いわね!」
サッと横に飛び退きながら、ラドミラは呪文を詠唱する。
「燃やせ! 烈火燃焼!」
火力馬鹿ではないとペトラに見せつける意味もあって、あえて炎を放つラドミラ。
山火事など絶対に起こさせない程度に火力を弱めて、熊巨人の顔面に、魔法を直撃させたのだ。
「グワッ?」
いきなり顔を焼かれて、動きが止まるモンスターに対して……。
「はいはい。今、消火してあげますからね」
軽口を言ってからラドミラは、とどめの一撃をお見舞いする。
「貫け! 激圧水流!」
消火なんて勢いではない水しぶきが、熊巨人の眉間に集まっていく。
その水圧の激しさにより、熊巨人は、分厚い『熊』の毛皮も強靭な頭蓋骨も貫かれて……。
あっけなく絶命して、その場に倒れこむのだった。