第三十四話 閃撃の攻防
遠方から、突如膨れ上がる魔力を感じた。
発信源はステアフィロート王城。
放たれたのは座標を狙った乱撃ではなく、対象を捕捉した狙撃。
それは紛れもなく、俺を目掛けて放たれた『挑戦状』だった。
やがて蒼天を劈いて駆ける、黄金の輝きを目視する。
(ったく。次から次へと……ッ!)
ノーグを脇へ押しやり、俺はその攻撃へと意識を集中させる。
輝きの正体は、魔法によって強化された剛槍の一射。
文字通り、横槍が入ったというわけだ。
一直線に、寸分違わず、それは俺の右胸を目掛けて迫る。
それを知覚した時にはもう──その神速の一撃は肌に触れるほどの距離にあった。
幸いにも、ノーグとの闘いで俺の身体は既に温まっていた。
上体を翻して穂先を交わし、俺は視界を過っていく槍の柄を掴んだ。
「ッッッ!!」
初動がやや遅れたためやや体勢を崩されたが、問題ない。
足が地を離れたのを切っ掛けに、俺の視界はぐるりと回る。
その勢いをも利用して強引に身体を入れ替え、槍の軌道を逸らす。
定める場所は当然、かの王城だ。
「『反射』」
並行して反射の魔法を唱え、槍が纏う魔力諸共軌道を修正する。
さて、これからこの槍を投擲者へと投げ返すわけだが。
しかし、ただ投げ返すだけじゃあ少々味気ないだろう。
『やられたらやり返す、万倍返しだ』という格言だってある。
ここはひとつ、とびきりの一撃を送ってやろうじゃないか。
「『強化円域』」
視界が地面を、背後の森を、陽光を浮かべる大空を。
そして黄金の残滓を残す王城の一角を、円域越しに目視する。
上空に生成されたのは新円を描く銃口。
これは投擲魔法を用いる際に使われる強化魔法で、打ち出された攻撃を加速させる効果がある。
それを──
「『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』『複製』」
──高速詠唱。
思考が離れ、自動化された機械のように単語の羅列を唱える。
離れた右足が地に触り、遅れた左足で照準を固定するその間。
宙には総計16の『強化円域』を展開された。
長大銃身の如く伸びるそれに狙いを澄まし、自らの膂力も存分に乗せて──
「ガッ……ラアァッッ!!」
大気を劈く破裂音を伴って、槍は勢い良く打ち出された。
反動を殺しきれず転びそうになるのを、既のところで堪える。
投げ返した鋭槍は円域のド真ん中を飛ぶように突き抜け、その度に速度を上げていった。
槍は黄金から白銀にその色を変え、来た時の数倍の速さで王城へと飛翔した。
「ノーグ! ジーク──ッ!!」
ようやく事態に意識が追い付いたらしい。
前方から、アイラの絶叫が聞こえた。
しかしそれには取り合わず、俺は投擲した槍の行方を追ってほくそ笑んだ。
これが俺の『返答』だ。
さあ、お前達はどう受ける?
♢
ステアフィロート城の最上階。絢爛に輝く王の謁見室に、彼らは居た。
「ねぇ!! ホントに飛んで来たんだけど!?」
黄金色の長髪を振り乱しながら、窓から身を乗り出していた少女が叫ぶ。
それに対して隣に立つ青年が、同じく黄金色の短髪を軽く梳いて応えた。
「だから言ったろ? あいつは絶対に投げ返してくるって。でもあれは……」
速過ぎる。
青年と少女がジークに放った『挑戦状』の何倍もの速度で、銃弾と化した剛槍は一直線に駆けている。
青年の予定では、返しの槍は少女に受けさせることになっていた。しかし、それには如何せん焚き付け過ぎた。
白銀の輝きを帯びる槍の一射は、その思考の間にも既に半分の距離を割っている。
状況を整理して直ぐ、青年は取るべき行動を選択した。
「ウル。頼んでいいかな」
「マッかせなサイ! あんなノ一発で止めテアげるわ!」
槍を取るにも止めるにも、まずはあの尋常ならざる速度を落とさねばならない。
彼の意図を汲んだのか、青年の傍に控えていた少女は嬉々として窓の外へ躍り出た。
空中に漂うように浮遊し、青を称えた少女が右手をかざす。
「『盾よ』」
手のひらから放たれるように、楕円に広がる水の防壁が宙に生成される。
一定の間隔で生み出された盾、その数は20。
一瞬にして現れたその数に、青年と少女は堪らず舌を巻いた。
直後。
──ズドンッッ!!
轟音を立てて、雷のように邁進する剛槍が召喚された大盾と衝突した。
しかし槍は止まらない。
勢いを全く落とさぬまま、水の大盾を次々と貫いて飛翔する。
疾走する穂先を見つめ、ウルは満面の笑みで振り返り叫んだ。
「ンー、ダメっぽい!」
あまりにもサッパリと揚がった白旗に青年が肩を落とし、少女が頭を抱えた。
「ナニよっ! ワタシは元々癒しの精霊ヨ!? あんナノ止められルわけないジャない!!」
ならば何故あんな自信満々で飛び出たのかと、この場にいる全員が疑問を浮かべた。しかし痴態を晒すウルに突っ込みを入れたところで猛威を振るう槍は止まらない。
「タスケテー!」と悲鳴を上げる大精霊。
いよいよ身の危険を感じ始めた青年と少女が、各々の配置に就く。
「『憂き真水を司りし水精よ 其は偉大なる生命の証 我が自愛の心を御身に酌み その尊き心意を以って 我に鉄壁為る加護を与えよ』」
高速詠唱。
瞬きの間に五節の詠唱を歌い上げ、青年は魔法を起動した。
「モウもたナい! カナタ、パスッ!」
そしてとうとう、全ての盾が打ち砕かれた。
肉体を霊体化させ、ウルが槍の射線から退避する。
「任された! 『反射鏡盾』」
青年が唱えたのは先ほどウルが展開したのと同じ魔法。魔法の効果は文字通り攻撃の反射だ。
しかし先の通り、ジークの放った槍の投擲はその効果を打ち消して突き進んでいる。
20もの盾を貫いたのもあって最初程の速度はないが、それでもその威力は健在だ。
そこにたった一枚盾を追加したところで、突破されるのは明白。
しかし、カナタの生成した盾はウルのモノとは一味違った。
ギイイイイイイイイッと甲高い音を立てながら、火花を散らすその盾はジークの槍と拮抗した。
生成されたるは極小の長大な盾。
いや、それは最早盾と呼べるかも怪しい。
それは切り出された材木のような、長方形の一本の棒のような形状を取っていた。
「ぐっ……重い……ッ!!」
面での防御は広いが薄い。
それに対して青年の盾は狭いが分厚い。
ウルにと比べれば魔法の威力も練度も当然低いその盾は、彼女が一度足りとも叶わなかった槍との『試合』を果たして見せた。
これを成功させるには、高速で迫る槍の軌道を正確に見極め、そして狙った座標に寸分違わず盾を生成する非常に高度な技術が要求される。
そう。カナタと呼ばれたこの青年は、その属性を司る精霊に真っ向から技で打ち勝って見せたのだ。
しかし──
「駄目だ、突破される!」
それでも、完全に止めるには至らない。
豪槍は盾を切り裂いて、反射の効力も諸共せずに前進する。
「ティリス! ラスト頼んだ!」
倒れこむようにして、カナタが窓際から避難した。
次の瞬間。
飛来する槍が、謁見室の窓を割って、場内へと飛び込んだ。
その柄を、背後に控えた少女がむんずと掴む。
槍の威力に押されながらも、少女は床に両の足を突き立てて踏ん張った。
「うおおおおおおおっ!! こんなものおおおおお──ッ!!」
槍を掲げる少女の五体が黄金色の輝きを帯びる。
後ろに持っていかれていた体勢を強引に前へと立て直し、少女が更に四肢へと力を込めた。
途端、槍が一気に失速した。
ティリスと呼ばれた少女の武器は、その圧倒的なまでの膂力。
精霊より賜りし、無尽蔵にも等しい『身体強化』の能力だった。
「とぉおまあああれえええええッッ!!」
白銀の輝きを、室内に満ちる黄金が飲み込んでいく。
そして──ついに。
──ズドォオオオンッ!!
爆音を掻き立てて、謁見の間に砂埃が舞う。
カナタとウルが舞い上がる砂に咳込みながら、何かを確信したような瞳で砂塵の先を見つめていた。
「ゴホッゴホッ! うええ、死ぬかと思ったよ……」
晴れていく砂膜の向こう。
ティリスが疲れたような笑みを浮かべて、壁を抉って突き立った槍を握っている。
絵面からして磔にされたようにも見えなくもないが、ともあれ。
暴威の限りを尽くした暴走投槍は、完全にその活動を停止したのだ。
「ふう……なんとか止まったね。ティリス、怪我は──んっ?」
身体を張ってその一投を止めたティリスに労いの言葉を掛けようとした時、カナタは槍に起こったある異変に気が付いた。
槍の柄の一部が、なにやら発光を始めていたのだ。
「ティリス、それはなんだい?」
「へっ? なんだろこれ……」
槍を壁から引き抜いて、ティリスは発光部分をまじまじと眺める。
霊体化を解いたウルがティリスの隣に並び、興味深そうに首を捻る。
その間に立って、カナタもティリスの肩越しにそれを覗き込んだ。
「ああ。してやられたな……あいつ、どんだけ強くなったんだよ」
「ホントに。でもこれは──」
──許せないよね。
ティリスはプルプルと手を震わせ、手のひらに握るその槍を真っ二つに圧し折った。
それにはもう、カナタからは呆れ笑いしか浮かばない。
ウルに至っては口の端を釣り上げて、湧き上がる怒りの咆哮を必死に堪えている。
三者の視線が見つめるのは、浮き上がる『68点』の文字。
それはジークが最後に加えた『応答』の文──いや、得点だ。
槍が折れたことで消えていくその数字を見つめながら、カナタは小さく呟いた。
「こんなに丁寧に『返事』をくれたんだ。僕たちからも、なにか『お礼』をしないと……ね?」
ドタドタと慌ただしい喧騒が扉の方から響いてくる。
騒ぎを聞き付けた城の兵士たちが、扉を破壊する勢いでなだれ込んできた。
彼らの安否を問う兵士たちに、カナタは両手を振って自分たちの無事を訴えた。
(丁度人も集まったことだし、早速準備に取り掛かろう)
心の内で、カナタは瞬時に計画を練り上げた。
それを察したのか、ティリスはカナタに向かい合って破顔する。
新たな悪戯を目論む、性悪な子どものように。




