第三十話 そして少女は決意する
「順を追って説明しよう」
今更過ぎるかもしれないがと付け加えて、大天幕で向かい合い、ジークは初めにそう切り出した。
「俺はステアフィロートのギルドで魔人討伐の依頼を受け、その調査のためこの近くに来たんだ」
まず彼は、テンペスト村が属する国。ステアフィロート聖王国の記録者管理所──通称ギルドと呼ばれている──から魔人討伐の依頼を受け、事前に調査を行っていた。つまり、アイラが思っていたものとはそもそも順序が逆だったのだ。
「その調査の途中、突然遠くで炎の柱が吹き上がってな……ここから現場までは距離があったし、駆けつけるより先に状況を見ようと考えたんだ」
そこでジークは、一つの選択を迫られることとなった。
それは、彼が即座に村へと赴き荒ぶる獣を討伐するのか。既に多大な被害が及んでいる村を捨て、村民の救出を優先するか、である。
一つ目の選択肢を選んだ場合、村人の避難を促しながらの戦闘となる。それに伴うリスクは、激化する戦闘によって村人に被害者が生まれること。
そして魔人の情報を得た時期と重なることもあり、ジークはこれを魔人が変身した姿である可能性が高いと踏んでいた。
だが、そうでない可能性もあったのだ。そうなれば必然的に、潜伏している魔人に彼の戦力が敵に割れてしまうこととなる。
「だから俺は、人命を優先した。こんなことを当事者に伝えるのは気が引けるが、自分の選択に後悔はしてない」
そこからの話は単純だった。始めにジークは村を視認出来る場所を確保し、そこからサラに指示を出した。
その内容こそアイラが勘違いをする一番の要因で、魔物の攻撃に合わせて村人を転移させるというものだった。
これであれば、村は無抵抗に滅びたことになるし、魔人が追手に勘付き難くなる。
村人は総勢100人弱。その数を転移させるとなれば、そりゃあ彼女が疲弊したというのも頷ける。
救助を終えて、土妖精の力でその土地を開拓して避難所を建設。幸い村から人の気配が消えたと同時に魔物も姿を消したため、その後の誘導は手間取らなかったとジークは語った。
それから彼は森の中腹に大分遅れた魔人捜索の拠点を設営し、一息吐いて沐浴をしていたところに、避難所から一人足りないという報告が上がったのだそうだ。
「それが私だった……と」
「そういうことだ。あの時は本当に大慌てでお前を探したよ」
服も着ずに飛び出してしまう程だ。今でこそ笑っているが、当時は血相を変えて探し回っていたに違いない。
解きほぐすように、アイラの中で疑問が解消されていく。
それが進むに連れて、徐々に徐々にアイラから表情が消えていった。ジークの言葉が足りなかった部分は確かにあれど、この勘違いの大半の原因はアイラが独り相撲を拗らせ続けたことにあった。
今思い返せば、そこに勘付ける会話は幾らでもあった。
例えば、彼が初めに魔物胎児を依頼されて赴いたと言った時。あの時は魔物の襲撃から僅か数刻しか経っていなかった。つまり、村が襲われてから誰かが依頼を出し、それが記録者に伝わるまでには早すぎるのだ。
根本的に言ってしまおう。そもそも村人が全滅していたのであれば、誰が村の被害を報告できたというのだろうか?
平静を守るには状況が些か過酷ではあったが、それにしたって違和感の一つは覚えそうなものである。
「イーレは、どうして私に黙っていたの?」
どこか助けを求めるような声音で、アイラは虚空へと語りかけた。すると、心底驚いたという様子で答えが飛んでくる。
『何故と言われても……そもそも吾輩は聞かれたことにしか答えぬ主義だし……というか、吾輩が村の惨状を笑いながら語っていた事に何故違和感を覚えなかったのだ?』
「……あっ」
言われてみればその通りだ。確かにあの時イーレは記憶喪失のふりをしていた。でも、それにしたってあっけらかんとし過ぎである。演技だろうがそうでなかろうが、自分と所縁のある者たちを滅ぼされて平静を保てる筈がない。それが例え、精霊でもだ。
「うう……うぅうううう……」
思考の泥沼に嵌り、うめき声をあげる様子に苦笑しつつ、さてと一つ手を打って、ジークはこれからのことへ話を移した。
「それじゃあ。ここでの依頼は一段落付いた。俺は報告と……その他諸々を済ますために一度王国に向かう。アイラも支度を済ませてくれ」
「えっ?」
アイラはジークとここでお別れだと思っていたため、まさか同行を前提に話を振られるとは考えもしていなかったのだ。
「記録者登録をするにはギルドにいくしかない。目的地が同じなら、わざわざ別行動する理由もないだろ?」
反射的に零れた驚きの声から、ジークは素早くアイラの思考を汲み取る。やや苦笑気味なのは、きっと顔にもそれが出ていたからだろう。
彼の言う通り、記録者になるためには先ずギルドへ情報を登録しに行かねばならない。そこで様々な試験を受けた後に、初期の階級や職業登録が行われる。そうなれば数日は王国に滞在せねばならないだろう。
別に今すぐに行かなくとも、記録者登録はいつでも出来る。
だがそれでは遅すぎる。それでは、決意を固めた意味がなくなってしまう。
アイラにはもう、停滞を望む意思は欠片もありはしなかった。
「分かった。皆と話してくるから、ちょっと待っててね」
手短に答え、アイラはやや大仰に立ち上がって、悠然とした足取りで大天幕を後にした。それが決意の表れであれば大変様になっていたのだろうが、アイラのそれは単に痛む傷を労わっての振舞であるところが彼女らしい。
時折聞こえる小さな悲鳴に呆れ笑いを浮かべながら、ジークは出立に向けての荷造りを再開した。
♢
避難所は大きく三つの施設に分かれている。
一つが各々が急速を摂るために使う個人用の建物。二つ目に負傷した者を静養させる抗菌施設。
そして三つめがここ。食事や団欒をするために設けられた大食堂である。先ほど大天幕で話をした時に、アネシスからここで待っていると伝えられていたのだ。
「すう……はぁ……よしっ!」
その入り口の前で、アイラは大きく深呼吸をした。そして気付けに頬を軽く二度叩き、勢いよくその戸を押し開けた。
「お、お母さん! ちょっと話が──あれ?」
てっきり母だけが待っていると思っていたのだが、アイラが戸を潜るとそこには村民全員が勢ぞろいで彼女を待ち構えていた。当然のように、人型を取ったイーレの姿も。
「こ、これは……」
「思い出したんでしょ? 昔のこと、イーレのことを、全部」
口を開いたのはアネシスだった。唐突に発せられたそれは、様々な感情を含んだ声だったと思う。だがその声音は強く真っ直ぐで、アイラが思い出したことへの恐怖や引け目は一切感じなかった。
それに触発されるように、アイラは背筋をピンと張って声を上げる。
「うん、全部思い出したよ。でも……だからこそ私は──記録者になりたいって思ったんだ」
瞳が交わる。
呼吸が、重なっていく。
「なぜ? 思い出したのなら、分かってる筈でしょ? イーレは確かに死んでしまったけれど、居なくなったわけじゃない。今も魂は、大精霊シルフィードは私たちに恩恵を与えてくれている。迫っていた危険は去って、村は無くなってしまったけれど、再興の目途だって立ってる。それなのに、どうしてわざわざ命を危険に晒すようなことをするの?」
当然の問いかけだった。
アネシスの言う通り、今のアイラには以前のような理由はないのだ。愛する母親も、妹も、村の人たちも。アイラの大切な人たちは目の前に居る。
それを手放してでも手に入れたいものなんて、今の彼女には存在しない。
どれ程彼女が英雄譚に惹かれてようと、それは全てを投げ出して追う程の夢じゃない。そんなことは、アイラもアネシスも承知している。
「この数日、死ぬような思いばかりしてた。すごく怖かった。ずっと身体が震えてて、声だって、上手く出せなくて……」
それでも、アイラには理由があった。
思い出すのは憧憬の景色。
秘密の場所で、夢を語たった彼女の笑顔。
涙を称え、それでも毅然と立つ白銀の雄姿。
そして、大敵を前に不敵に笑う、あの人の背中。
「それでも私は、英雄に憧れちゃったんだ」
呟くように零れたその言葉は、余りにも真っ直ぐな思いを乗せていた。
アネシスが息を飲んだのを感じた。
村の皆は、二人の様子を固唾をのんで見守っている。
「私もあんな風になりたい。あんな風に強くなって、今度こそ妹を守りたい。お母さんを、村の皆を守れるようになりたい」
大食堂にどよめきが走る。
誰もがアイラの、気弱な少女の奮起の瞬間に、気圧され始めていた。
「今の私は泣いてばかりで、生きるのだってやっとで、こんなんじゃ英雄になんてなれっこない! 誰だって守やしない! だから……だから私は……ッ!!」
「もういいわ。充分、伝わってる」
気迫が増すにつれ取り乱すアイラを、母は優しく押し止めた。
そして一歩、また一歩と、母は娘の元へと歩き出す。
「本当。あんたは臆病なくせに、気だけは強いんだから」
母が目の前に立つ。
少し高い瞳を見上げ、アネシスは小さく笑った。
「大きくなったわね。アイラ」
少し背伸びをして、母がアイラの頭を撫でる。少し恥ずかしい気持ちはあったが、アイラは抵抗せずに受け入れた。
そして実感をする。
これまで自分は、母に守られてきたのだと。
「皆はどう!? 今の話を聞いて、この子を引き留めようという奴が居るなら挙手しなさい!」
「おいおいアネシス。そんな言い方されちゃあ誰も手なんか挙げれないぞ」
「同感だ。しかしまあ、なんだ。あのちび助が言うようになったもんだなあ」
女らしくなった、大きくなった、強くなった。
皆が口々に、少女の成長を称える。
そして痛感する。
これまで自分は、その殻を破けぬまま生きていたのだと。
「吾輩は確かに見た。アイラが強敵に立ち向かう雄姿を。どうじゃニンブス、吾輩のお墨付きがあっても、まだあやつを止めるのか?」
小脇を肘で突ついて、イーレが村長を茶化す。きっとこれまでも私の知らぬ所で彼らは交流があったのだろう。イーレは自分達の守護精霊だというのに、それを受けた村長はやれやれと言った様子でイーレの頭にポンと手を置いた。
「わしももう、反対はせんよ」
その言葉に、イーレの表情が一段と明るくなった。
村長からアイラへと視線を戻すと、イーレは拳を真っ直ぐ前に突き出し、指を二本ビシッと立てた。その向こうには、とびきりの笑顔が咲いている。
「アイラ。今のお前は、一端の大人の顔付きをしておる。己の意思で、生き方を定められる。だったら──」
村長がしわくちゃの顔を一層くしゃくしゃにして、ニッコリと笑った。その笑顔は正しく、先にイーレが浮かべたものと同じものだ。
そして、アイラは理解する。
皆が浮かべる快活な笑顔は、自分の背中を強く押してくれていたのだと。
「──気の済むまで、その心が望むように生きてみなさい」
皆が見届けてくれている。皆が認めてくれている。皆が、笑っている。
アイラの顔はもうぐちゃぐちゃだった。けれど、決して涙を流すことはしない。決死の形相で、アイラは自らの感情に抗っている。
泣いてる暇なんてない。立ち止まってる余裕なんてない。こんなにいい人たちに励まされているのだ。
だから、泣いちゃダメなんだ。
母は、村の皆はもう彼女から手を離した。
自らを閉じ込めていた固い殻は、もうとっくに破り捨てている。
ならばもう──雛は巣立たなくてはならない。
傷だらけの腕で、しきりに目元を擦る。痛みなんて知るものか。アイラにはそれよりもっと、強い感情が渦巻いている。
「今まで、守ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。優しくしてくれて、ありがとう……叱ってくれて……ありがとう……ッ!」
あの時言えなかった『ありがとう』のありったけを。
呟くように、刻み付けるように。
アイラはその一つ一つを強く噛み締める。
「本当に……本当に……ッ ありがとう……ッ!!」
次第にアイラの言葉は呂律を失っていく。けれど、思いは確かに伝わっていた。
それをアイラも理解している。
故に、言い直すことはしない。今のこれが、彼女が感謝を伝えられる精一杯の言葉だったから。
途端。
アイラは堰を切ったように、泣いた。
泣くまいと思っていた。
でも、無理だった。
泣いて、泣いて、めいいっぱいに泣いた。
一度流れ出してしまえば止まらない。ならばもう、ここで一生分の涙を流してやろう。
もう二度と、己の弱さで涙を流さぬように。
アイラは、涙を隠すのをやめた。
ゆったりと腕を下ろし、一心に注がれる柔和な視線を受け止める。
カッコ悪い。子ども地味てる。弱々しい。
そんなのは分かっていた。
だからこそ、少女は湧き上がる感情を受け止めるのだ。
だからこそ、ボロボロに泣き腫らした表情で、嗚咽混じりの涙声で、それでも少女は破顔するのだ。
無垢に咲いた満面の笑顔の端に、遠きあの日のあどけなさを残して。
「──私は、記録者になる!」
その時。
大粒の雫をこぼすアイラの頬を拭うように、優しく柔らかな風が一筋駆けた。
その風は呆気にとられる皆を包むようにぐるりと室内を周り、戸口のドアを力強く開け放って外へ飛び出して行った。
慌ててアイラが後を追うが、その頃にはもう、あの小さなつむじ風は茂る森の奥へと消えていた。
蒼天を見上げるアイラの頬に──もう涙の跡はない。
♢
避難所に設置した門の前で、俺は適当な細工等をして暇を潰していた。
というのも。先ほど吹いた小さな風がやけに俺の周りで停滞したため、置いていた野営具の幾つかが倒れて破損してしまったのだ。
一体あれはなんだったのだろうと首を捻りながら、俺はやっとの思いで修繕を完了させる。
「……ジークぅううう!!」
「おっ、丁度良かったな」
示し合わせたようなタイミングだ。村の中腹から飛んでくる大きな声に苦笑しながら、俺は散らかした荷物を即座に纏めた。
遠くで揺れる二つのお下げと、その背中より一回り広い荷物を背負って、アイラがこちらへと駆けてきた。
「お待たせ! 身支度してたら、村の皆が気合いれちゃって……」
少し肩で息をする少女を見やると、なるほど。ミイラの状態から、真新しい装いへと変わっている。
所々に施されている金属の鎧を見て、俺は納得して首を縦に振った。アイラが纏うのは以前のような村の装束ではなく、見事に仕立てられた秀麗な防具だった。そのまま背中に視線をやると、ベコベコに凹んでいたあの刀も新品に変えてある。
荷物と背中の間に挟まっているため、いざ戦闘となった時に役に立つかはさて置こう。
こんな装備をたった数刻で揃えられる訳がない。きっと、村の人々はこの日のことを前々から待っていたのだろう。彼女が纏う衣装には、それ程に丁寧に思いが籠っている。
「随分様になったんじゃないか? まあ、だからと言って記録者になれるというわけじゃあないんだが」
「それはそうなんだけど……もうちょっと素直に感想を言えないの? 自慢じゃないけど私、ジークの前でマトモな恰好なんてしたことなかったんだよ?」
言葉に釣られて記憶を呼び起こす。
確かに、出会った時は既に全身血まみれの状態だったし、そこから先はその解れた衣装のままだった。一度だけだが、服を着ることを諦めた時もある。村に帰ってからは裸に包帯を巻き付けた状態で歩き回っていたし……。
「本当に、欠片も自慢出来ねぇな……」
出来ればもっと別のことで感慨を受けたかった。しかし、贅沢など言っていられない状態だったのも確かだ。
それを気に掛けられなかった俺にも、責任の一端はありそうだ。というか、あるだろうとアイラが視線で訴えてくる。
本当に、アイラは顔はよく喋る。
「じゃあまあ、うん。それなりに似合ってると思うぞ」
「えへへっ! どうもありがとう!」
随分と曖昧な答えになってしまったが、それでもアイラは嬉しそうにしているので良しとしよう。
実際今の装いは彼女に良く似合っている。だが、それを纏う側が些か幼すぎるのが問題だった。彼女が真に防具に似合うのは、きっともう少し先の話になるのだろう。
「さて、それじゃあ行くか。挨拶はもう済んだのか?」
門の向こうの様子を伺って、俺はアイラに確認を取る。ここまで可愛がっている子供が巣立つというのに、そこには見送りが一人も居なかったのだ。
「大丈夫。もうちゃんと、行ってきますはしてきたから」
気持ちの良い笑顔でアイラは答える。よく見れば新品な筈のその服は、所々が乱れていた。
全くとんだ見送りだと、自然と乾いた笑いが零れてくる。
「それじゃあ、ひとまず王都に向けて出発する。ここはステアフィロートの国内だが、目的地まではそれなりに距離がある。一日や二日は覚悟しとけよ?」
「なら、その間に残りの訓練を付けてもらわなきゃだね! 約束の一週間はまだまだ先だよ?」
あまりにも図々しい物言いに嘆息しながら、俺は王都への道へと踏み出した。少し遅れてアイラが後を追ってくる。
「なら、時間は無駄にしてられないよな」
「え? え、ちょっと──」
俺は肩越しにアイラに笑いかけ、その歩みを一気に加速させた。少し前なら驚いて放心していただろうが、この数日の間で急なことにも慣れてきたらしい。
アイラも即座に加護を使って、疾駆する俺に並走する。
「わわっ! 重たいものを背負って走るのって、結構難しいんだね……っと!?」
ややバランスを崩し、転びかける。しかし加護を上手く使って、どうにか転倒は免れたようだ。そっと冷や汗を拭いながら、アイラはホッと息を吐く。
「その通りだ。最初のうちは肩紐に手を掛けておけ。荷物が揺れれば揺れるほど、身体もそれに取られるからな。さて、それじゃあまずは……」
前方の景色に意識を配る。しかしここは森の中、目的地を定めようにも、辺りには高く伸びた木々しかない。
となれば、必然的に目標も決まってくる。
「この森を抜けるまで、だな」
「ええ!? 森を抜けるって、ここからまだ結構な距離があるんだよ!?」
「なんだ? もう弱音か? そんな為体じゃ、とても記録者にはなれないぞ?」
「あーもう分かったよ! 走るだけでしょ!? こんなの、あの時に比べたらどうってことないよ!」
ほう、どうってことない……か。
「んじゃ、ちょっと難易度を上げなきゃいけないな」
「え? ちょ、待って私そんなつもりじゃ──」
慌てて言い直すアイラを他所に、俺は更なる加速を掛けた。
そして一言、魔法を唱えた。
「『重力増加』」
「うっ……重い……ッ!?」
これは文字通り、相手にかかる重力を大きくする魔法だ。今回の対象は、アイラではなくその背に揺れる大きな荷物。
必然超速度での移動は難しくなるが、体重の使い方を覚えればきっと今まで通りの速度での走行も可能だろう。
後方でギャーギャーと喚く悲鳴にクツクツと笑いながら、俺は再び視線を前方に移した。
木々の隙間からステアフィロートの王城が見える。
あそこに戻るのは何年ぶりだっただろうか。
正直なところ、俺は自分が席を外していた期間をよく覚えていなかった。元々日付に関心がなかった俺が、制限のない放浪の旅へと出たのだ。
二年か、三年か。それとももう五年くらい経っているのかもしれない。きっと皆に心配を掛けていることだろう。
そう思うと、必然と駆ける速度に発破が掛かる。
「ああ、楽しみだ」
そう小さく呟いて。俺は地面を踏みしめる足に、一層強く力を込めた。
〇━━━━━━━━━━━━〇
これにて、第一章は終幕だ。
初っ端からの長丁場、皆よく付いてきてくれた。私は、その心意気に感謝を送ろう。
え?
お前まだ居たのか……初めに喋って以来だったから忘れていた……だと?
ははっ! はっはっは!!
ああ、それは……語り部冥利に尽きるというものだ。
それは、君がこの物語に没頭した証だ。彼らの記録を楽しんだという気持ちの表れだ。
これは単なる約束であり、強制ではなかったのだが……ああなんとも、嬉しいものだな。
今そこ、覚えていたぞという顔をしたな?
ありがとう。
それはそれで素直に嬉しい。
そしてそこのお前!
どうして誰だお前はという顔で私を見る!
さては……プロローグを読み飛ばしたな!?
そんな不届きな奴は今すぐ初めから……あっ。
コホン。
オッホン。
ウォッホン!
さ、さて。
話を本筋に戻すとしよう。
初めに宣言した通り、彼らの物語は一度ここで区切りとなる。
つまるところ休憩時間だ。
擦れた指を労わってやってくれ。そして次の話が始まる前に、各自よく備えておいて欲しい。
そしてまた。
この特等席で、共に頁を捲ろう。
彼らが綴る物語を、再び読み進めよう。
私はその時を、心より楽しみに待っている。




