転校生はハンター!? エピソード1
俺の名前は福島康太。ごく普通の高校に通う高校2年生だ。
自慢でも何でもないが、風の魔法を操ることが出来る。
「ちょっと康太、そろそろ学校いかないと遅刻するわよー!」
母親がねぼすけを起こそうとする声が聞こえる。
やむを得ず、という感じで康太は上体を起こし、のそのそとベッドから這い出ると、急ぐふうもなく支度を始める。
やがて準備を終えて、1階に下りると、
「いただきます」
と言って、ふつうにご飯を食べる。ちなみに今日はトーストとハムエッグだ。福島家では割と日常的なメニューである。
「あんた最近、家出るの遅いけどちゃんと学校間に合ってるんでしょうね?」
「ああ、もちろん」
きっちり全て朝食を平らげると、ようやく康太は学校へ向かうべく、玄関へと移動する。
「今朝、愛理ちゃん迎えに来てたんだから、後で謝っときなさいよ?」
「分かった分かった。それじゃ行ってきます。――風よ。我が身に疾風のごとき神速の脚力を与えたまえ!」
康太は尋常ならざるスピードで家を飛び出した。この速さはまさに道行く女子のスカートをめくっていく突風のそれであった。
「……うちの子、ついにおかしくなっちゃったかしら?」
康太が風の力をまとい、高速で登校していると、目前に飾り気のない黒髪ロングの女子高生を発見した。
「よっ、愛理あんまりのんびり歩いていると遅刻するぜ?」
風の力を中断し、康太は愛理の隣を歩きだす。愛理は康太を見ようともせず、ただ肩を震わせている。その様子から察するに怒りに満ちているようだ。
「あんたが寝坊してると思って家に寄れば、「まだ、5分は寝れる」ですって!? 私が心配して行ってあげたっていうのに随分な態度してくれるじゃない!」
愛理は今にも殴りかかってきそうな勢いである。ここは紳士かつ冷静に対応しよう、と康太は考えた。
「心配ならご無用。俺は綿密な時間計算の元、何時何分に家を出れば、より長く朝寝て、かつ遅刻しないかという事を逆算した上で学校に登校している。というわけで愛理が起こしに来なくてもなんら問題は――」
バキィッ!
康太の腹部に強烈なパンチが炸裂した。紳士かつ冷静な対応は失敗した……。
「容赦ないな相変わらず……」
「ホントバカなことしか考えないんだから……。それよりあんた気を付けなさいよ?」
「気を付けるって何を?」
「今も魔法使ってたでしょ。いつかその力を狙うような人たちに目を付けられでもしたら……」
「大丈夫、大丈夫。もしそんな奴らが現れたらむしろこの風の力で返り討ちだ。「風がお前達を倒せと囁いている……」なんて言ってな! くぅ〜、燃える展開だねぇー!」
「どうなっても知らないんだから、バカ……」
愛理の心配をよそに、未知の敵との遭遇に心を躍らせる康太。怖い物知らずとただのバカとは紙一重のような関係なのかもしれない。
「そんなことより、急がないと遅刻するぜ? 俺はこの力あるから間に合うけど」
時計を見た愛理は驚愕する。バカに付き合っているとろくなことはないと思い知る。
「ちょっと、その風の力私にも効果付けられないの!?」
「悪いな、これ一人用なんだ」
と言って、康太は風魔法の詠唱を始める。愛理はやむを得ずという感じで覚悟を決めると、康太の体に飛びついてしがみつく。
「お、おい! バカやめろ!」
康太の風魔法が発動する。そのまま二人は風に押されて学校へと向かっていくのだった。
康太の右頬が真っ赤に腫れていた!
平手打ちにより思いっきり引っ叩かれた後が痛々しく残っているのだった。
「オイオイ、康太。朝から随分絶好調じゃないか」
「なんだバカの佐竹か。何が絶好調だよ、気分は最悪のどん底だよ」
「お前こそバカか! 朝から結城愛理氏とイチャコラしおってからに! どうせお前がデリカシーのかけらも無いような事を言って気分を害しただけだろうが」
「見ていたのか……!?」
「いや、知らんけども。その右頬の痕を見れば大体想像はつくぞ。そうだな……「胸小さいな」とでも言ったか?」
それを言われた康太は目を見開き、
「……! お前は天才か!」
「……それ言ったのかよ」
やれやれといった感じで佐竹は首を降る。
言われた康太は驚いていた。確かにその通りだったのだ。
愛理が体にしがみついてきた時、がっしりと上体をくっつけてきたものだからかなり密着していたらしい。そのおかげもあって愛理は振りほどかれる事もなく二人揃って学校に遅刻することなく登校はできた。
しかし、密着している時、あの感触がなかったのだ。あの、感触である。……それでつい、ストレートに思った事をそのまま言ってしまったのだ。
「俺もバカだが、お前もなかなかバカだとは思っていたぜ。ワッハッハ」
と、朝から愉快そうに笑う佐竹。なかなか上機嫌そうである。
「何かいいことでもあったか佐竹。お気に入りの女子のパンツでも見えたとか」
「バカめ、そんなことでは断じてないわ! いいだろう、情報弱者のお前にも教えてやろう。今日このクラスに転校生がやってくる。しかもとびきりの美少女だというウワサだっ! これを1秒でも早く見たい俺は今朝からこのクラスで待機しているという訳だ!」
「自分の欲望に忠実な奴だな、ほんと」
「なんとでも言え、しかしな、覚えておけ康太。転校生というのは、新しい土地、人に慣れず最初は苦労するもの。そこに優しく接してくれる人間がいたとしたらどうだ? そう、そこにラブが生まれるのだよ。つまり、転校生との心の距離を一番早く縮めたものがこの勝負の勝者となる。ドゥーユーアンダースタン?」
「まあ、なんとなく……」
「というわけで今日のホームルームはこっちで受ける事にした。俺はこの教室から一歩も出る気はない!」
と言って、佐竹は窓際一番後ろの席に座る。というか、
「おい、そんな場所に机なかったろ?」
「フフフ、朝一番で自らの机をこちらに移動してきたのだよ。準備は万端さ!」
「なんてやつだ……」
ちなみにその佐竹の前の席は康太である。康太は長いこと話続けたまま、カバンを降ろしていないことに気付き、席に着きカバンを降ろして、教科書等を取り出して、机の中にしまいこむ。
「ホントにこっちにいるつもりかよ。どうなっても知らないからな」
「心配ご無用……。俺は自らの信念に基づき行動しているだけだからな!」
「ハイハイ。バカは自分のクラスにとっとと帰りましょーねー」
「え……?」
首根っこをつかまれた佐竹が後ろを確認すると、ご機嫌斜めそうな愛理がゴミを見るような目つきで佐竹を捕獲していた。そして、そのまま教室の外へと連れ出す。
「え、ちょ……、俺はこのクラスで……」
「…………」
愛理の無言程怖い物はない。康太は引きずられていく佐竹を特に何もせず見送った。
「やれやれ……」
風の魔法が使えるようになってからというもの、生活がちょっとばかり便利になったというだけで特に何も変わらない毎日。最初こそ魔法が使えることに驚きもあったが、それもすぐに普遍的なものとなってしまった。
悪がいるわけでもないし、何か使命があるわけでもない。物足りない気もするが、それでいい。それでよかったのだ。
しかし、これは嵐の前の静けさというやつだったのかもしれない。




