愛しても尚、道は険し エピソード3
「ふわぁ……」
愛のパンツ戦士、康太は小さなボロ小屋の中で目を覚ました。
体が異様にだるさを訴えている。無理もない、昨日一日だけで身体をかなり酷使してしまっているのだから。
「おい、佐竹起きろ。もうすぐ朝の稽古が始まるぞ」
愛のパンツ戦士2号佐竹の体を揺さぶり、起こそうとするものの、
「も、もうパンティーはいらないです……。むにゃ……」
等と言うので、
「これでもくらえー!」
康太は情け無用チョップを佐竹のボディにお見舞いしたのだった。ミゾオチに。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
けたたましい叫びとともに佐竹は起床した。
「なにすんだバカヤロー! 俺の貴重な睡眠を台無しにして! ああ……もうだめだ。俺はパンティーなんてどうでもいい、もう……疲れちまったよ」
そんな気持ちの落ちている佐竹を見て、康太は更に追い打ちをかけるかの如く、
「馬鹿野郎はお前の方だ佐竹。いいか、想像してみろ。俺達がこうして修行している間にも、あの醜悪なるメスブタ女は正当な評価を捻じ曲げて、馬鹿な男どもにチヤホヤされているんだぞ?」
「…………」
佐竹は寝起きだったが、黙って真剣な面持ちで聞いていた。
「そいつを止められるのは誰だ? そう、お――」
「そこまで言うな。分かりきっていることだ。……ハハ、つい弱気になっていたみたいだ。寝てる時間も惜しい、今日もひたすら修行するぜ康太!」
「フン、やる気になるのがおせーんだよ」
「……いつまで待たせるんじゃ! さっさと修行を始めるぞ!」
小屋の外から老人の声が聞こえてくる。今日も修行の始まりだ。
人知れぬ山奥。そこにいたパンツ脱がしの極意を知る仙人と、愛のパンツ戦士康太、佐竹はひたすら修行に打ち込んだ。
パンツを脱がす対象に一切気付かれることなく、俊敏かつ繊細にパンツを抜き去るその技術の会得には大変な努力を要した。
時に打ちひしがれ、逃げ出したくなる事もあったが、二人はともに励ましあい、競い合い高めあう事で、ついにその技術を会得するのだった……!
康太と佐竹はひさしぶりに学校へ登校した。
とうとうあの極意を使う時がきたのだ。
二人は、あの女の動向を観察していた。――いつ実行するべきか、と。
確かに修行してパンツ脱がしの極意を会得した二人だったが、まず帰ってきて思ったのは、あれは何かの間違いで普通の平穏な日常に戻っていないだろうか、ということだった。
しかし生憎あの女は健在で、しかも状況はむしろ悪化していたようだ。あの女の周囲には常に、親衛隊なる男子生徒が数名付きまとっていた。熱狂的な信者や俺達のようなパンツ脱がしを目論むような危ない人間を近づけさせないための処置なのだろう。
さらにタイミングが悪いことに生徒会長は長期の不在ということだった。学校の生徒達を支配し、学校生活の平和と均衡を図ってきたあの人の存在がいないことで、このような自由な行動をする生徒の出現を許してしまったことも大きいようだ。
ちなみにこういう時、先生というのは案外冷たいもので、学校の規則と世間的な風評被害が出ないような事象であれば、割と軽視する傾向にあった。
だからこその“おれたち”の出番というわけなのである。
「しかし、困ったな、学校にいる間は、交代でずっと親衛隊が付きまとっているし、登下校も必ず大勢の親衛隊を引き連れて帰っているようだ」
康太は率直な感想を漏らした。がらんと静かな生徒会室で二人はひそひそと作戦を立てていた。
「だったら、こういう作戦はどうだ?」
と、とある思い付きの作戦を康太に提案する。康太はそれを聞いて少し狼狽した様子だったが、
「止めてくれるなよ」
と言うと康太も、
「……いや、その作戦俺も乗ったぜ。可能性が少しでもあるならそれに賭けるしかなさそうだ」
それをあっさりと受け入れ承諾した。
「お前、ちょっと変わったな」
「お前は相変わらず、バカにかけては天才だな」
作戦はいよいよをもって実行に移される。
翌日の朝。例の女は親衛隊なる男子を引きつれ登校してきた。どういう訳か台座の四隅にある棒を担がせ、その台座の上にどでーんと、いや、
どでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん、と
肉塊のようなその醜悪なる見目を、仰々しく人目に晒すという様なことをやってのける彼女こそまさに、我が学校の名物になりかけている魅惑のマドンナ、岡野麻由美である。
のっしのっしと台座は動きすすみ、学校へと向かっている。台座を支えている男たちはあまりの重さに苦痛の表情を隠し切れずにいたが、それでも大切な事をやり遂げようとするこの使命のようなものによって、耐えきっているようだった。
これを毎日やっているかと思うと、ご苦労さんとねぎらいの言葉の一つでもかけてやりたくなるものだが、不幸なことに、今日は良くない事が起ころうとしていた。
「ちょっと……」
突然である。台座を支える親衛隊の一人が、ある女子生徒に声をかけられた。
面識もないので、おや、と思いつつ、何か話かけられるようなことはあっただろうかと、思案していると、
「それ、……私のなんですけど、返して……貰えませんか?」
かなり控えめな口調だったが、そういうことを言ったらしい。しかし、“私の”とはなんだろうか。
と、ふと棒を支えている両手を見てみると、右手に可愛らしげな女性の下着が挟まってあった。パンティーである。しかもそのうち片足と腰に抜ける部分に腕がすっぽりと通ってしまっている。
はっきり言って身に覚えはないのだが、言い逃れ出来そうにもない。
「す、すまんが知らない。第一僕が女性に関して興味あるのはこの台座の上にいる麻由美様だけなんだ。だからこれも何かのまちが――」
「サイッテー!!!」
パチーン! という、乾いた衝撃音が辺りに響き渡る。その衝撃のせいで、というより突然の出来事にショックを受けたその親衛隊は、体勢を崩してしまう。
そしてその連動で、台座の支えはバランスを崩し、がらがらと崩れ去る。
どしーんという振動音とともに、岡野麻由美は地面にたたきつけられた。
「大丈夫ですか、麻由美様」
親衛隊の内もっとも風格のありそうな男子生徒が麻由美を起こそうと、手を差し出した。
「もう最悪よ! 一体何が起こったっていうの!?」
地面に放りだされた豚は、すこぶる機嫌を損ねたらしく、悪態をつく。
「すみません。今原因を追究させます。そして、これから二度とこのような――」
と言っている間にも事態は、さらに悪化する。
親衛隊のどいつもこいつもが、パンティーを片手に女子生徒に難癖のようなものをつけられ、手痛い仕打ちを受けているではないか!
「何か、良くない事が起ころうとしているな……。オイ、異常のないものは麻由美様の護衛に当たれ! この場から麻由美様を遠ざける事を最優先とする」
というと、3人の親衛隊がこの騒ぎの中から抜け出し、リーダー格の男の元へやってきた。
「よし、これだけいればなんとかなるか。急いでこの場からの離脱を――」
「そうはさせねーぜ!」
行く手を遮るように現れたのは、康太と佐竹。まさにこの状況になるよう仕向けたのは言うまでもなく、こいつらである。
「今、お前らを悪夢という幻想から解き放ってやる。感謝しろ!」
親衛隊に向け、ビシッと指差す康太。……決まった! と心の中で思った。
「フン、戯言を……。そもそもこちらは4人で、そちらはたったの2人。勝敗はないと思うが?」
と言うと、麻由美の元へと行こうとする康太と佐竹、それを阻止しようとする4人の親衛隊との取っ組み合いのようなものが始まる。
康太と佐竹のうち、どちらかが麻由美のところまで行って、パンツを抜き去ればそこでこの作戦は終了するのだが、はやりこの人数的な物量の差は埋めがたい。鉄壁の親衛隊の防衛により完膚なきまでに防衛されている。
「無駄だ。俺達親衛隊は、結成されて以来、麻由美様の安全を第一に、日々訓練に訓練を重ねて万全のガード体制をとっている。それがお前等のようなパンツバカに破れるはずもないだろう」
「パ、パンツバカだと!?」
「落ち着け佐竹。ただの挑発だ」
とは言うものの、これは変えがたい事実でもあるようだ。しかし、この一連のパンツ騒動の中、少数の親衛隊の防衛を破るというこの作戦は時間が経てば、周囲の騒動が沈静化し、こちらがどんどん不利になっていくだろう。勢いがなくなればこの作戦は失敗する。
何か……突破口があれば……。
「無様だな、パンツバカどもよ。お前等ときたら女子ときたら誰彼かまわずスカートをめくり、パンツを抜き去る。だからバカなのだ。俺達のように唯一一人の女性を敬愛し、その声、仕草、表情、感情というような全てを愛することこそ、人間としての真実の愛し方だとは思わないか?」
リーダー格の男は声を荒げてまくしたてる。康太も佐竹も特に言い返さず、取っ組み合いを続けている。
「真実を前に言葉も出ないようだな。ではもうひとつ言っておいてやる。俺はこの邪魔立てを決して許さない。そして、お前たちの仕出かしたこと真実を今一度学校中の人間に知らしめ、二度と学校に来られなくなるほどの精神的な攻撃を加えていくつもりだ。覚悟しろよ」
と言った。……そしてその時、どこからともなく声が聞こえた。
「フフフ……。その言葉そっくりそのままお返しするとしよう」
「だ、だれだ!?」
何も存在しなかった空間から一人の男が現れる。
透明化の魔法を操る男、豊田影朗だ。
「パンツバカも3人寄れば、文殊の知恵ってやつだ」
「く、バカがもう一人増えたところで何になる? われら親衛隊を舐めるなよ?」
「では、私を含めたら対等ということになるな」
「生徒会長!? クッ、すべては貴様の差し金か」
「どうだろうな? それはさておき、今日は君たちに本当の真実というものを伝えに来た。しかし、この私もそれが本当に真実なのかはこの目で見るまでは確かだと言う確証はない。が、それを見ぬいている者達がいる。それが――」
「こいつらだというのか? パンツしか考えてないこいつ等が!?」
「本当に愚かしいのはどちらなのかはこの戦いの後、はっきりすることだろう。君……いや、福島よ。このザコ3人は私達で引き受ける。君はあのリーダーを出し抜き、パンツを勝ち取ってこい、出来るな?」
「……まかせろ!」
パンツチームは動き出した。佐竹、豊田、会長はそれぞれ一人ずつザコの親衛隊の動きを抑え、康太はリーダー格の男と対峙する。
「タイマン勝負だから少しは勝ち目があるかもと思っているかもしれんが、この俺のスピードは……」
「風よ! 俺に疾風のごとく速き脚力を与えたまえ!」
康太は駆け抜けた。目の前の男の脇を素早く抜き去り、駆けて行く。
そして、ずんぐりむっくりの岡野麻由美は自分で動こうともせずに、ただそこにそびえたつ岩のように居座っていた。
康太は躊躇なくそいつのあれを……抜き去った!
彼女に供給されていた魔力が突如かき消される。
「あ、あれ俺達一体なにを……」
とつぜん我に返ったように、今までの自分の行動を振り返る親衛隊たち。
「なんでこんなところにいたんだっけ?」
「とりあえず学校いこうぜ!」
それからというもの、親衛隊なるものはあっけない程自然に消滅した。
岡野麻由美という人間の存在も大体の人間の意識からなくなってしまったようだった。
「な、なんだこれは……俺は一体何をしていたんだ……」
先ほどまでリーダー格だった男子生徒。突然見せつけられた現実に衝撃を受け、自己嫌悪に陥っているようだ。もしかしたら明日から学校来られなくなるかもしれないくらいに。
「終わったな……」
佐竹はそう言った。「ああ」と康太が返事する。そう、全ては終わったのだ。いままでやってきた修行が報われたのだ。
こうして学校に平穏な日常が戻ってきた。
「なあ、そのパンツどうすんだ? なんか見た目ばっちいし捨てなよ」
「いや、一応魔力のある物だ。一通り研究したのち、悪用されぬよう焼却処分でもしておこう」
それなら、と康太は会長にパンツを差し出すと、会長はそれを快く受け取った。
こうしてこの騒動の一連の騒ぎは幕を閉じる。
「ふう、一時はどうなるかと思ったけど、なんとかなってよかったわ」
と屋上にて、ほっとした様子で喋る宇佐美先生。
その側でやれやれといった感じの表情で見つめる、一人の女子生徒が言う。
「その辺にあんなもの放置しておくからですよ。もっとエージェントとして自覚を持ってもらわないと……」
「持ってる、持ってるだーいじょうぶよ!」
その女子生徒に向け、ブイサインを作ってみせると、
「はぁ」
と、大きなため息をつかれるのだった。
「だからこそ、あなたにも来てもらったんだしね?」
「私が来たのは人手が欲しいからって理由であって、あなたの子守りをしにきたのではないです」
「手厳しいわねぇ」
「あなたがだらしないだけです」
「ところで、貴女も欲しくないの?」
「何のことです?」
「もうとぼけちゃってぇ。これよこれ!」
宇佐美先生はポケットからとあるものを取り出す。さっきまで騒動になっていた根源であるアレである。アレ。
「まだ持っていたんですか! 没収です」
「ちぇー。ホントに真面目さんなんだからー。まあいいわ。でも、貴女もこれを使うかどうかはともかくとして、もうちょっと可愛いデザインとか気にしないと好きな男子に幻滅されちゃうぞー?」
「ま、まさか見たんですか!?」
ここで初めて、狼狽の表情を見せるその少女。怜悧な風貌もちょっと可愛げに見えなくもない。
「さてね? じゃあ、これからよろしく!」
学校に新たな風が吹く!




