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蒙古襲来  作者: レモンティー


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第二章 蒙古襲来

文永十一年。

海は、もはや境界ではなかった。

それは“敵そのもの”だった。

博多湾。

水平線の向こうに現れた影は、最初はただの雲に見えたという。

だが――違う。

「あれは……雲じゃない」

見張りの声が、かすかに震える。

「船だ……船だぞ……!」

「何隻だ?」

「わからん……数えられない……!」

それは雲ではない。

意志を持った群れだった。

一隻、二隻ではない。

数えることを拒否するほどの船団。

波が割れるのではない。

海そのものが押しのけられていく。

「来たぞ……」

その声は震えていた。

「……あれ全部、敵か?」

「嘘だろ……」

だがそれは恐怖ではない。

人間の理解が限界に達したときの、遅延した認識だった。

蒙古・高麗連合軍。

後に“元寇”と呼ばれる侵攻の先鋒。

「太鼓……鳴ってるぞ」

「合図か……?」

「違う……全部、同時だ……!」

元寇

その軍は、個人の集合ではなかった。

戦争を“構造化”した存在だった。

矢は命中率ではなく密度で設計されていた。

兵は勇敢さではなく交換可能性で運用されていた。

そこに“迷い”はない。

あるのは効率だけだった。

兵は勇敢さではなく交換可能性で運用されていた。

「前が倒れたら次が出る……それだけだ」

「人じゃない……部品だ……」

そこに“迷い”はない。

あるのは効率だけだった。

だが――

浜辺には別の“狂気”がいた。

鎌倉武士団。

鎧は擦れ、兜は歪み、刀は何度も欠けている。

それでも彼らは立っていた。

波音の中で、ただ人影だけが並ぶ。

「……来たか」

一人の武士が呟く。

「遅かったな」

「待ちくたびれたぞ」

「誰が先に行く?」

「順番なんてねえよ。見えた奴からだ」

数ではない。

隊列でもない。

“そこに立っているという事実”だけが戦列を形作っていた。

「怖くないのか?」

若い兵が問う。

年長の武士は笑う。

「怖いに決まってるだろ」

「……じゃあなんで笑ってる」

「やっと終わるからだ」

蒙古の矢が降る。

空が黒くなる。

「来るぞ!」

「伏せろ!」

音が先に届き、次に影が落ちる。

そして最後に、地面が反応する。

矢は飛んでいるのではない。

“空間ごと落ちてくる”。

盾を持たぬ武士が、次々と倒れる。

「ぐっ……!」

「刺さった……!」

「立て! 立てるか!」

だが――

倒れることに意味はなかった。

「……まだだ」

倒れた男が、地面に手をつく。

「おい、無理だ、寝てろ!」

「うるせえ……」

矢を引き抜き、血を吐きながら立ち上がる。

「終わってねえだろ」

一度崩れた身体が、次の瞬間には“前進の途中”にある。

倒れることと戦うことが、分離していない。

「まだだ」

それだけ言って、走り出す。

「おい! 死ぬぞ!」

「知ってる!」

その言葉は命令ではない。

号令でもない。

ただ“継続”だった。

戦場は“理解不能”へと変わる。

蒙古兵が叫ぶ。

「なぜだ!」

「倒したはずだ!」

「立つな! 立つな!」

「なぜ死なない!」

「なぜ退かない!」

「なぜ止まらない!」

そして最も理解できなかった。

「……なぜ、戦いをやめない」

鎌倉武士は答える。

「やめる理由がねえ」

「負けたらどうする」

「死ぬだけだ」

「なら同じだ」

鎌倉武士は戦術を持たない。

だが“意思”だけがある。

それも壊れた種類の意思。

戦うためではない。

止まらないための意思。

「名乗れ!」

蒙古兵が叫ぶ。

「名を言え!」

「誰と戦っているか分からん!」

その声は戦場の中で浮いていた。

秩序を求める声だった。

浜辺の男は笑う。

「名などいらん」

名乗ることは個の確定。

だがここでは個は必要ない。

必要なのは“続いているかどうか”だけだった。

そして一歩踏み込む。

「名を聞いてどうする」

「……記録する」

「なら意味がないな」

一歩踏み込む。

「ここにあるのは今だけだ」

そこから先は戦ではなかった。

刀が振るわれるたび、鎧が割れる。

空間の支配が入れ替わる瞬間。

刀が振るわれるたびに、鎧が割れる。

槍が刺さっても、踏み込む距離が変わらない。

傷は速度を止めない。

むしろ加速させる。

首を切られても、最後の一撃だけは入れてくる。

それは反撃ではない。

“残滓”だった。

「ぐあっ!」

槍が刺さる。

だが距離は変わらない。

「離れろ!」

「来るな!」

傷は速度を止めない。

むしろ加速する。

「やめろ!」

「やめろと言っている!」

首を切られても、最後の一撃だけは入る。

それは反撃ではない。

“残滓”だった。

「……なんだ、こいつらは」

「兵じゃない……」

「現象だ……!」

やがて蒙古側の前線が揺らぐ。

「死ぬことを前提に設計された兵器」

その存在は、兵というより現象に近かった。

壊れても止まらないもの。

止める方法が存在しないもの。

やがて蒙古側の前線が崩れ始める。

数では圧倒しているはずなのに。

押しているはずなのに。

戦況の帳尻が、どこかで合わなくなっていく。

「押せ! 押し返せ!」

「押しているはずだ!」

「なぜ下がらない!」

「前が空かない!」

“前に進めない”。

理由は単純だった。

前にいる男たちが、下がらないからだ。

押しても押しても、空間が空かない。

勝っているのに、戦場が変わらない。

そしてその瞬間、蒙古側は理解する。

この戦場には「勝利条件」が存在していない。

あるのはただ一つ。

“どちらが先に壊れるか”だけだった。

「勝っている……はずだろ?」

「なのに……進めない……」

その瞬間、理解が崩れる。

「この戦場……終わりがない」

「違う」

「終わらせる条件がないんだ」

報告が上がる

蒙古の兵がざわつく。

「増援だ」

「敵が増えています!」

「ありえん! どこから来た!」

「わかりません!」

浜辺に、次の列が立つ。

「さっき倒した奴だ……!」

「同じ鎧だ……!」

「同じ旗だ…!」

「同じ顔だ!」

「違う……違わない……!」

その言葉が恐怖に変わるまでに、時間はかからなかった。

一度退いたはずの戦場が、再び動き出す。

いや、正確にはこうだった。

“終わっていなかった戦場が、再起動している”。

「無限だ……!」

「いや……違う……」

「止まらないだけだ……!」

第一陣。

次に第二陣。

さらに第三陣。

鎌倉武士団は順番に来ているのではない。

“連続して現れている”。

誰かが叫ぶ。

「無限だ……!」

すぐに否定される。

「違う、無限ではない」

「止まらないだけだ」

その違いが、恐怖の質を変える。

無限なら理屈で処理できる。

だが“止まらない現実”は処理できない。

その言葉が、空気を変える。

「止まらない……?」

「じゃあどうする……」

誰も答えられない。

矢が放たれる。

列が崩れる。

だが、すぐに別の列が立つ。

「また来た……」

「まただ……!」

「終わらない……!」

それは戦闘ではなかった。

“更新”だった。

「殺しているはずだ!」

「だが結果が残っていない!」

その瞬間、戦術が崩壊する。

蒙古の前線はまだ存在している。

だが、意味を失い始めている。

なぜなら、倒しても次が来るからではない。

“倒したことが次に影響しないから”だ。

「押し返せ!」

命令は出る。

だがその声に、以前の確信はない。

矢が放たれる。

列が崩れる。

だがすぐに別の列が立つ。

それは戦闘ではなかった。

“更新”だった。

前線が揺れる。

崩壊ではない。

理解の停止。

将が叫ぶ。

「退け!」

「下がれ!」

「立て直す!」

だがその声に、もはや確信はない。

そして戦場は――

まだ続いていた。

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