-エピローグ- 〜次の未来、もう始まってるみたい〜
城の塔の上には、新しい旗が翻っていた。
かつて戦火によって失われたアルカディアの紋章。
それが今は、連邦の旗と並んで風を受けている。
あの日、すべてが終わったあと──レオニスはアルカディアの王となった。
滅びたはずの祖国の地を、自らの手で取り戻した。
そして、再び祖国を復興させるために、レオニスは今ここにいる。
それは連邦に連なる一国として、そして、確固たるアルカディアの王としてであった。
北国の風は、もう冷たくなかった。
かつて歪みを孕んでいた空は、どこまでも澄み渡り、世界は静かに呼吸を取り戻していた。
*****
アルカディアの城の庭。陽だまりの中で、子供たちの笑い声が弾けている。
「おかあさまー!」
振り返ると、いくつもの小さな影が未知流の元へ駆けてくる。
金色の髪が光を弾き、風の中で揺れていた。
腕を広げれば、小さく柔らかな体がいくつも飛び込んでくる。
子供の高い体温が、確かなぬくもりとして満ちてくる。
「ほら、そんなに走ったら転ぶよ」
そう言いながら抱き留めると、子供たちはそれを喜ぶようにくすくすと笑った。
少し離れた場所で、その様子を見ていたゼノンが、静かに口を開く。
「不思議なものじゃ」
未知流が視線を向ける。
「この子たちには、未来が“見えない”」
一瞬、空気が止まる。
だがゼノンは、すぐに首を横に振った。
「いや、違う。見えないのではない」
その瞳は、どこか穏やかだった。
「かつては、一つの未来に縛られておった。だが今は、可能性が無限にあるがゆえに、定まっていない」
子供たちは、そんな話など関係ないというように、笑いながら駆け回っている。
「未知流殿の子供たちは、不思議と女の子ばかりじゃな」
「ええ。レオニス似の男の子も見たいなとは、思っているんですけど」
「おそらく、歪んでいた男女比の揺り戻しが来ているのでしょう。推測ですが」
歪められてきた世界が、元に戻ろうとしている。しかし、それだけではない。
(この子たちは、稀人と同じ能力を持っている。いや、もう"稀"ではない。今は、無限の可能性を持つものたちが普通に存在する世界へと、変わったのじゃ)
決められていない未来。
どこへでも行ける未来。
可能性の種たちを見つめながら、未知流はふと、空を見上げた。
どこまでも澄んだ青。
その向こうに、もう届かない景色があることを、彼女は知っている。
──お父さんとお母さん、元気かな。
胸の奥に、小さく灯る想い。
生まれ育ったあの家の食卓も、見慣れた街も、きっと変わらずそこにあるのだろう。
──この子たち、見せたかったな。
指先で、そっと子供たちの柔らかな髪を撫でる。
それでも、私はここを選んだ。
子供たちの笑い声が、あの時選んだ道の証だった。
道は確かに、ここに続いている。
「何を見ている」
低く穏やかな声が、隣で響く。
振り向けば、変わらぬ強さを宿した瞳。
レオニスが、彼女の肩を引き寄せる。愛おしさが、自然とそうさせたというように。
「……ううん」
未知流は小さく首を振った。
*****
少し離れた柱の陰で、その光景を見守っている影があった。アレクシスだった。
かつて傷だらけで戦場を駆けていた青年は、今は王の側に仕える近衛騎士として、静かにそこに立っている。
(……ほんと、すごいとこまで来たな。あの頃は、ただ夢中で追いかけるだけだったのに)
視線の先には、レオニスの姿。
かつて“元王子”だった男は、今やこの国の王として、何気ない顔で何人もの子供たちに囲まれている。
そして、その隣には未知流。
(あの二人が並んでるの、未だにちょっと現実味ないんだよな。それに、レオニス様に子供がいるのも)
思わず小さく笑いそうになるのを、ぐっとこらえる。
子供たちが笑いながら駆け回る。
金色の髪が光を弾き、その表情の端々に、父と母の面影が混じっている。
(……いや、これ将来やばいでしょ)
内心で呟く。
(絶対、とんでもない美人になるじゃないですか)
一人くらい、レオニス様そっくりの男の子が生まれてもよさそうなものなのに──と、そんなことまで考えてしまって、少しだけ苦笑する。
レオニス様に似た男の子に、今度は自分が剣を教える。そんなのもいいかな、とアレクシスは思った。
その時、不意にレオニスと目が合った。
「何をしている」
低い声が飛んでくる。
「いえ、ちょっと……見守ってただけです」
「そうか」
短く返される。
一拍置いて、
「……お前にはやらんぞ」
と、真顔で言われた。
「いやいやいや、何の話ですか!?」
思わず声が裏返る。
レオニスはわずかに口元を緩めた。「冗談だ」
(いや、絶対ちょっと本気入ってましたよね)
アレクシスは肩をすくめる。
(……でも、まあ。レオニス様と未知流様にお仕えできて、この人たちのいる未来を守れるなら)
それでいい。それ以上望むことなんて、きっとない。
アレクシスはそう、静かに思う。
その視線はもう一度、家族の光景へと戻っていった。
*****
子どもたちがまた未知流に駆け寄ってきて、腕に、裾に、無邪気にまとわりつく。
その騒がしさが、故郷を思い出した未知流の心を満たしてくれる。
胸の奥に残る想いは、消えない。たぶん、永遠に。
けれどそれはもう、痛みではなく──自分の“確かな一部”だった。
レオニスがそっと未知流に寄り添って、手を握る。決して離さない、そんな決意を秘めるように。
未知流はもう一度だけ空を見上げて、そして視線を戻した。
目の前に広がる、愛しい光景へ。
「……うん。私、幸せだよ」
──私が選んだ、未来だから。
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