-29- 〜全部終わらせに来たんだけど〜
帝都は、想像以上に巨大だった。
見たこともない規模の都市。誰もが圧倒されるきらびやかな建物の数々。
それは、そのまま帝国の国力を表していた。
しかし幸いなのは、城壁はそれほど高くもなく、また一点集中すれば壊せそうな気配すらあるほどで、さほど堅牢には見えないことだった。
「帝都まで攻め入られるというのは、帝国にとってはありえないことだったのじゃろう。だから、備えをするまでもなかった」
そうゼノンが推測する。カイルも、それに賛同した。
「ええ。攻めてくるものがいないのに、これほどの巨大な都市を分厚い城壁で囲うなど、彼らにとってはただの無駄にしかすぎなかったのでしょう」
しかし、さすが本拠地だけあって、兵士の数は尋常ではなかった。
城門の前だけで、連邦軍全体の倍はいる。城壁の上にはずらりと並んだ弓兵がこちらに狙いをつけ、帝都の中にもさらなる軍勢が控えている気配がする。そしておそらく、皇帝の宮殿を守る兵もそれ以上に──。
風が吹いた。城壁の、帝国の旗が一斉になびいた。
誰も、声を出さなかった。
「ゼノン様」
出陣前の沈黙の中で、カイルが老賢者に確認した。
「魔導具の位置は、間違いなく宮殿の最奥ですか」
「ああ」とゼノンは言った。
目は城壁ではなく、その向こうの宮殿を見ていた。
「ここへ来る前から感じておる。揺れているのだ、空気が。波紋のように、あそこから広がってくる」
「壊せば、我々の勝ちです。はたして壊せますか」
「あそこにあるのは、今までの魔導具とは桁違いのもの。普通の人間にはどうにも出来ぬ」
ゼノンは、未知流を見た。
「あれは、この世界の流れそのものを捻じ曲げる装置じゃ。この世界の人間が触れれば、それだけで飲み込まれかねん。ましてや壊すなど到底無理じゃ。しかし──」
「私なら、違う……?」と未知流は言った。
「図書館で確かめた通りじゃ。この世界の流れの外にいる稀人なら、あの力はお前には届かない。触れるだけでいい。それだけで──力が暴走し、壊れる」
沈黙があった。
「壊し方はそれだけですか」と未知流は聞いた。
「それだけで十分じゃ」とゼノンは言った。
老賢者の声は穏やかだったが、その穏やかさの底に、事の重大さを滲ませている声だ。
「問題は、そこに辿り着くことじゃ」
全員の視線が、城壁に戻った。
レオニスが、それだけ聞けば十分だというように前を向いた。
「行くぞ」
*****
「かかれーっ!」
敵の将軍が号令をかける。それが、嵐の始まりだった。
一斉に降り注ぐ矢の雨。それを、先陣に立つレオニスが、盾と剣で薙ぎ払いながら突撃した。
「レオニス様に続け!」
カイルが、アレクシスが、追いかけるように切り込んでいく。
帝国軍の先陣が、負けじと一斉に押し出し返してくる。
それはもはや、塊だった。人と馬と金属が一体になった塊が、波のように連邦軍にぶつかってきた。
衝突の瞬間、前列の兵士が文字通り宙を舞った。金属が打ち合わさる音が、一点から始まって瞬く間に左右に広がり、怒声と悲鳴が重なって戦場の形を作っていく。
「前線を崩すな!」
レオニスの激が飛んだ。誰よりも先頭に立ち、大剣による薙ぎ払いで、あるいは盾による体当たりで、次から次へと敵の大軍を崩していく。
レオニスならなんとかしてくれる、その安心感が兵士たちの士気を上げた。
大きな背中が楔のように帝国の密集隊形に食い込んでいくのを見て、後に続く連邦軍が隙間に流れ込んだ。
「野戦なら、我らに一日の長があります」
カイルが、既に崩れかかっている帝国軍を見ながら指示を出した。
「破城槌を。この壁ならすぐに壊れるでしょう」
*****
野戦は不利と見て、帝国はあえて動きが制限される市街戦へ誘い込んだ。
その動きは連邦も承知の上だった。
城門から宮殿まで続く真っ直ぐな大通りが一本。そして、それよりは細い道が左右に二本。
内部は、密偵の情報と寸分違いなかった。
「軍を三部隊に分けます。レオニス殿はあえて耐えきれるぎりぎりの寡兵で、中央の大通りを塞いでください。カイル殿、アレクシス、あなた方には精鋭を振り分けます。全速力で左右の道を突破し、裏側から中央の大通りの帝国軍を強襲してください。挟み打ちにするのです」
「わかった」レオニスは短く頷いた。
具体的な兵の振り分けが命じられると、アレクシスが思わず絶叫した。
「そんな少数じゃ、いくらなんでもレオニス様だって危険です!」
セドリックは、黙って首を振る。
「アレクシス。レオニス様は、できると言ったら必ずやるお方です。それはあなたもわかっているはず」
「しかし……」
アレクシスは迷いと戸惑いが隠せないというように頭をかきむしると、キッとレオニスを見上げた。
「レオニス様! 俺、絶対すぐ駆けつけますからね! 全力で突破してみせます!」
「ああ、頼む」
レオニスは、どこまでも冷静に答えた。
しかし、心の中には溶岩のような闘志が、岩盤のような固い決意が、漲っている。
三つに分かれた軍勢が、それぞれの運命へと走り出した。




