-27- 〜選んだ未来に、後悔はないって言ってた〜
「俺に続け!」
白旗を捨て、代わりに剣を抜き、ガルディアスが叫ぶ。
呼応して、ヴァレリアの部隊が一斉に城門をくぐった。
それと同時に、一斉に剣が抜かれる音が、連鎖するように広がっていく。
「いったい、何が──」
誰かの困惑する声を遮るように、要塞の城壁の中から、帝国軍の怒声にも似た悲鳴が上がった。
*****
城内に入った瞬間、ガルディアスは抜いた剣を手に馬から下りた。
帝国の守備兵が反応するより先に、刃が走る。最前列の二人が、あっさり倒れた。
驚愕が兵の間に広がるその一瞬を、ガルディアスは逃さなかった。
動揺している者は隙が大きい。隙のある者から、確実に倒す。
「裏切りだ!」
叫び声が上がった。
帝国兵が武器を構え直す。籠城して消耗していないだけあって、数は多い。
ガルディアスの目が、城内全体を一瞬で読んだ。
中央の広場を軸に、守備兵が扇状に展開している。守りの形だ。
しかしその守りは外からの敵を想定したもので、内側から崩すには──。
「左から押せ!」
ヴァレリアの部隊に命じながら、ガルディアス自身は右へ踏み込んだ。
帝国の右翼を引きつける。注意がそちらに向いた隙に、左翼から部隊が一気に押し込む。
予知のない戦場での帝国の弱さは、想定外の動きに対応できないことだ。
「ガルディアスを止めろ!」
重装兵が前に出てきた。盾を構え、槍を下げて来る。
ガルディアスは、決して真正面からは当たらない。
踏み込む寸前で体を右にずらし、槍の穂先を体の外側に逃がしながら、盾の縁を剣で叩いて体勢を崩した。崩れた隙に踏み込んで、鎧の継ぎ目を狙う。重装兵が崩れ落ちた。
次が来た。そして、また次が。
さらに、矢が飛んできた。肩の継ぎ目を抜けて、肉に刺さる。
引き抜く暇もなく、次の者が来た。刺さったまま剣を振るう。腕が重くなる。
しかし剣は届く。それで充分だ。届く限り、動き続ける。
ヴァレリアの部隊が左から押し込んでいた。帝国の左翼が崩れ始め、中央が薄くなる。
薄くなった中央にガルディアスが切り込む。石畳に金属が打ち合わさる音が反響して、何重にも重なって聞こえてくる。その中で、ガルディアスは前だけを見て剣を振るい続けた。
混乱により烏合の衆に成り果てた帝国軍は、ガルディアスの剣によって次から次へと倒れていく。
どれだけ倒したか、もう誰にもわからない。気づけば、彼の周囲だけ人がいなくなっていた。
「くそっ、獅子ならいざ知らず、奴一人なぜ止められん!」
ガルディアスは、舐めてくれるな、と言わんばかりににやりと笑いながら、さらに剣を振るった。
*****
どのくらい時間が経ったのか、わからなかった。
一瞬のようでもあり、とてつもなく長いようでもあった。
気づくと、向かってくる者の数が減っていた。
倒れている者と、逃げていく者と。石畳の上に、帝国の守備兵が折り重なっている。
ヴァレリアの兵士たちも、立っている者より座り込んでいる者の方が多い。
それでも──城内の大勢は、決した。
それを確認すると、ガルディアスは、剣を鞘に収めた。
膝が、自然に折れた。
石畳に片膝をつく形になって、それ以上は立っていられないことに、その瞬間初めて気がついた。
痛みは、とうに感じていない。
だが、糸の切れたあやつり人形のように、体が支えられなくなった。
肩の矢はまだ刺さったままで、鎧の何カ所もが割れている。
城壁の外から、連邦軍の声が届いてくる。城内の異変を察知して、動き出したのだろう。
ガルディアスはその音を聞きながら、石畳に手をついた。やがて、顔もそこに触れた。
北の石の、底まで冷えた冷たさが、手のひらから、頬から、静かに染み込んでいった。
*****
城壁の上で、帝国の旗が揺れた。
「旗が──」
未知流の隣で、誰かが声を上げた。城壁の一点で旗が傾いていく。
続いて隣が、またその隣の旗が揺れる。連鎖するように、帝国の旗が城壁から一枚ずつ消えていく。
「今だ!」
レオニスの声が、戦場に響いた。
連邦軍が、一気に動いた。
呼応するように、城門が──内側から、開いた。
*****
未知流が城内に入ろうとすると、慌ててアレクシスに止められた。
「危ないので、ここで」
「でも──」
「危ないので」
アレクシスが繰り返した。
包帯の腕で手綱を持ちながら、こちらをまっすぐ見ている。
普段のころころと変わる顔ではなく、ここだけは譲れないという決意の顔だった。
未知流は、頷いた。
城内の喧騒が、少しずつ収まっていく。
金属の音が減り、怒声が減り、代わりに連邦の兵士たちが走り回る音が増えていく。
その中を、担架が運ばれていくのが見えた。複数の担架が、次々と城門の方へ向かっていく。
ガルディアスが運ばれてきたのは、それからほどなくしてのことだった。
担架の上に横たわる姿を見た瞬間、未知流は息を呑んだ。
一目でわかるほど、傷が、深い。鎧の何カ所もが割れていて、その隙間から不吉な赤が滲んでいる。
肩には矢がまだ刺さっていて、医師がそれを抜こうとしているが、ガルディアスは顔色ひとつ変えず空の一点を見ていた。
「……来てくれると、信じていた」
その目が、未知流を見た。
声は掠れていたが、意識は確かだった。その目に、後悔の色はなかった。
未知流は、担架のそばに膝をついた。
足首の痛みが走ったが、彼の言葉を聞くのに必死で、痛みなど気にもならない。
「……何が、あったんですか」
聞くべきことがわからなかったから、ただそう聞いた。
ガルディアスは、かすかに口元を動かした。笑っているのかもしれなかった。
「最善と思うことを、したまでだ。……あの時言っただろう。稀人に従う、と」
未知流には、言葉が出なかった。出すべき言葉が、どこにも見当たらなかった。
以前、ガルディアスが宣言したときの事を思い出す。
(──私は今後、稀人に従う。そして、一生それを違えない事を、ここに宣言する)
あれは、当時思っていたよりもさらに重大な意味が込められていたのだ。
未知流は、今になって気付いた。
「礼を言う」
と、ガルディアスは絞り出すように言った。
「未来を自分で選ぶというのは、いいものだ。あなたに礼を言うのは、おかしなことかもしれんが──それでも、言いたかった」
目が、ゆっくりと閉じていく。
「未来を作ってくれたこと、感謝する。……後悔は、ない」
それが、最後の言葉だった。
未知流は、しばらくそこから動けなかった。
石畳の冷たさが、膝を通して伝わってくる。
担架の上の男の顔が穏やかなままでいることが、余計に深く胸の奥を刺してくるような気がした。
怒りでも悲しみでもなく、もっと静かなものが、胸に満ちていく。
「……あの手紙も」
気づいたら、声が出ていた。
誰かに向けた言葉ではなく、ただ確かめるための独り言のように。
「あなただったんですね」
答える者は、もうどこにもいなかった。
いつの間にか隣に来ていたカイルが、そっと言う。
「ガルディアス殿は、未知流様が来るのを待って投降したように見えました。未知流様がいれば、偽の投降だと言うことも予知できない。そう、わかっていたからでしょう」
北の空から、風が吹いてきた。
残雪の匂いを含んだ冷たい風が、城内を静かに渡っていった。




