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4 慣れない

・あ、こいつら付き合ってないです(言葉にしてないだけとも言う)




「うっわ……」


 土曜日の朝に起きると、スマホの画面には連続して並ぶ可愛らしいシロクマの絵。

 大社雪子のスタンプ爆撃。

 高山戒道に30のダメージ。

 新しく覚えた言葉を使いたがる子供のように、雪子はLINEを多用するようになった。

 まあ電話での連絡よりも融通が利くので助かると言えば助かるけれど、手軽になったせいで呼び出しの頻度は逆に上がったようにも感じる。


「せめて呼び出しは前日にして欲しいよなぁ……」

「お兄ちゃんどうしたのー?」

「ケイ、兄ちゃん今日の夜は雪子の家に行くから留守番頼む。夕飯は作っておくから、母さんとリンが帰ってきたら温めて食べるんだぞ」

「はーい!」


 呼び出しは夜からだ、商店街にも寄る必要がある。

 だがとりあえず、ニチアサを見ている弟の昼ご飯を用意しなければ。


「昼飯なにが良い?」

「カレーパン! カレーパン! カレーパン食べたい!」

「却下」

「えー!?」




 ***




 今日も今日とてマイバッグを片手に大社家のインターホンを押す。

 色々な意味でこの瞬間は未だに慣れない。

 広い家なので返事まで間があるので、返事まではしばし待つ。


「いらっしゃいませ、戒道くん」

「お邪魔します……」


 出迎えてくれたのは、雪子ではなく立花さんだった。

 立花春さん。多忙な雪子のご両親に代わって、彼女の身の回りお世話を任されている。

 三十代前半の女性で、黒髪のショートカット。身長が高くシャープな体型で、女優と言われても納得しそうなほどに綺麗な人だ。

 ただし目つきが鋭く、睨まれるとかなり怖い。加えて格闘技経験者で実際強い。

 エプロン姿が若干アンバランスなのは気にしてはいけない。


「お嬢様はリビングでお待ちですが……そのままお帰りになっても結構ですよ」

「呼び出された側なのに……?」

「冗談です。どうぞ中へ」


 そして、僕はあまり好かれてはいない。

 おそらくさっきの「冗談です」の前には「半分は」が隠されているに違いない。

 ただまあ、僕が嫌いというよりは「お嬢様に近づく男子全般」を警戒してるのであって、それはもう立花さんの仕事を考えると致し方ないことだろう。

 それに、大事なお嬢様と二人で出掛けても嫌味一つで許してもらえる程度には信用と及第点を頂戴しているので、僕個人としては特に扱いに不満はない。


「今日は夕食を作りに来たのですよね」


 立花さんがそう確認する。


「はい。今朝方、急にリクエストが送られてきたので」

「お題はなんと?」

「メキシコ料理だそうです」


 メキシカンだそうです。

 タコスとかポソレとか。


「なる……ほど……?」


 立花さんの顔が一瞬「ん?」ってなった。

 そりゃそうだろう、気持ちは分かる。

 僕だってそうなる。


「……作れるのですか」

「父の影響で、まあ慣れてますよ」

「ふむ、お手伝いさせてもらっても」


 普段は雪子の食事を作っている立花さんは僕の変わり種に興味があるらしく、そう申し出てくれた。


「構いませんよ、助かります」


 僕はレパートリーが多いだけで特別料理が上手いというわけではないので、プロ級の腕を持つ立花さんのサポートは素直にありがたい。


「正直、仕事を一つ奪われて少し苛立っていましたが珍しい物が見れそうなので今回は良しとしましょう。感謝してください」

「それはどうもありがとうご……え?」

「冗談です」


 意外と冗談云うんだよなこの人……。

 基本笑えないけど。


「これが材料ですか、普段見ないものがありますね。領収書はありますか?」

「ああ、こっちに」

「……意外と安い」

「今回は複雑な料理は作りませんし、手持ちが幾つかあったので」

「ふむ、では材料費は帰りに」

「分かりました」


 安くはないんだけどな。

 大社家のレベルに合わせるために可能な限り高い品を買ってきたのだから、そこそこ値が張っているはずだが、小さな商店街で当日に集められるレベルだと立花さんにとっては小銭らしい。


「そういえば、ご家族の方は宜しいのですか?」

「来る前に試しに軽く作ってきたので平気です。今頃はソファで寝っ転がって、タコス食いながら映画でも観てますよ」

「それは……楽しそうですね」

「ええ、まったくです」




 ***




「あらカイ、来たのね。いらっしゃい」


 だだっ広い家のだだっ広いリビングに行くと、だだっ広いソファに寝そべってNetflixのドキュメンタリーを観る雪子の姿があった。


「雪子、邪魔するよ」

「全然よ、私が呼んだんだもの。どんどんお邪魔してちょうだい」


 ソファから上半身を乗り出して、雪子は嬉しそうに言う。

 ……私服、というか部屋着。もしくは寝間着。

 少しだらしのないそれは、露出が多いわけでもないけれど、地味に慣れない。


「それにしても、いきなりメキシコ料理を作ってくれってどうしたんだ? さすがに突拍子が無さ過ぎる」

「昨日Netflixで料理バトルの番組を観始めたのだけど、一回戦のお題がタコスだったの。そしたら前にカイがメキシコ料理の話をしていたのを思い出したのよね、それで食べたいなぁって」


 ああ、世界各国の食材・料理をお題にプロが腕を競い合うあの番組ね。

 二人一組の料理人たちはみんな個性的で、内容も料理が美味しそうなのはもちろん、少年漫画みたいに熱くて面白かった。


「……それ、僕も観たことあるけど、あんなプロの料理を期待されても困るからな」

「プロの料理ではなくてあなたの手料理が食べたいのだから大丈夫よ」

「……そりゃどうも」


 この直截的な物言いにもやはり慣れない。

 だけど、精々頑張らせてもらいますとも。


「戒道くん、荷物を置いたらキッチンへ。あまり食事の時間を遅らせたくはないので」


 黙って会話を聞いていた立花さんに催促された。

 時計を見れば時刻はもうすぐ六時、普段ならばすでに夕飯が出来上がっている時間帯だ。


「わかりました、急ぎます」

「あら、春も料理をするの?」

「ええ、エスニックは専門外なので少し学ばせてもらおうかと」

「へぇ、そうなの……」


 雪子のテンションが少しだけ下がる。

 この大社家はハチャメチャに広いのと、パーティーや会食の場になったりすることもあってリビングとキッチンは別々の場にあるので、僕たちがキッチンで調理している間に雪子はリビングで一人待つことになる。

 広い家でリビングに一人は少し退屈だろうが、我慢してもらうしかない。


「それではお嬢様、申し訳ございませんが少々お待ちを」

「できる限り早く作るから雪子はTVでも観て待っててくれ」

「いいえ、私も作るわ」

「「えっ」」


 僕と立花さんの声が綺麗にハモッた。

 そしてじわりと、冷や汗が滲んだ。

 それもそのはず。

 雪子は料理をしない、もとい、できない。

 もっと正確に言えばしてはいけない。

 それは過去に僕と立花さんの胃袋が証明している。


「カイも春も家にいるのにひとりぼっちなんて嫌だわ。私も混ぜて」

「って言ってもなぁ……」

「だ、大丈夫よ! 今回はちゃんと言われた通りにするわ!」

「前もそう言ってなかった……?」

「そもそも前回は言われた通りにした結果があの惨事でしたから……」


 悲しい事件だった……。

 カレーのトッピングにお皿の破片とかね……。


「……どうします?」

「まあ、仲間外れは可哀想ですし……」

「じゃあ……雪子、刃物と火は禁止な」

「分かったわ。安心して、私、今日はすごく頑張り──」



 ***



「──ました……」


 ました論法。


「「………………」」


 天を仰ぐ僕と、俯く立花さん。

 潰れたトマトに排水溝に消えて行った卵。

 破けたトルティーヤと辛すぎるサルサ。

 そしてメキシコ料理なのになぜか炊かれた白飯、のようなおかゆ。


「……慣れないな、こればっかりは。慣れたくもない」





・続くよ。

・天城さんは関係ないよ

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