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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第4章 東渡りのジグ人の真実

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第97話 楽師の最後の夢

 ああ、夢だ。また夢だ。

 もう二度と夢は見ないと言ったのに。


 それは、昔のゼノアの王宮だった。

 彼はリュートを小脇に派手な衣装を身に着けて、薄暗い楽屋のようなところへ帰ってきたところだった。

 彼が背を向けた大広間は、とても明るくローソクが灯され、大きな拍手と喝さいで湧いていた。


「なんてステキなの!」


 侍女らしい若い女が興奮して感嘆の声をかけてきた。


「すばらしい声だわ。ねえ、あんた、なんという名前なの?」


 リョウはだまって周りを見回した。その時、後ろから数人の若い貴族たちが近づいてきたのに気付いた。


 女はもっと何か話しかけようとしていたが、そのうちの一人に乱暴に肩をつかまれ突き飛ばされた。


「こら、楽師。」


 ドゥゴ王子だった。しかめつらをしている。取り巻きの連中も腕組みをしていたり、にらみつけてきていた。どう見ても怪しい雲ゆきだった。どうせ何かが気に入らなかったに違いない。

 リョウは優雅に最敬礼した。

 だが、そこへキャアキャアと嬌声が割り込んだ。セレイ姫だった。これまた取り巻きを連れている。


「すばらしかったわ! それにうっとりするような顔立ちね!」


「もう一度、歌ってほしいわ」


 どうでもいいことだが、セレイ姫は美人ではないと聞いたことがあった。リョウはこの姫の顔をじっくり見る機会がそれまでなかったのでよく知らなかったが、確かにご器量は良くない。よくないどころか、誰に似たのだろう、ドゥゴ王子も褒められたような顔立ちではなかったが、さらに一段まずかった。

 リョウはあっけに取られたが、取り巻きに美人が一人もいないのを見てなんとなく納得した。あのご器量で回りが美人ではたまらないだろう。この姫君のリーア姫に対する悪意もわかった気がした。


 だが、今、姫君は興奮していた。取り巻きの若い貴族の娘たちも同様に夢中になっていた。


「次のダンスはわたくしと踊るように。」


 彼女は居丈高に叫んだ。


 リョウはちょっと驚いた。


「……しかし、わたくしは一介の楽師で姫君さまのお相手を務められるような……」


 リョウの声はドゥゴ王子の割れ鐘のような大声にかき消された。


「王女がこんな下賤の者と踊りたいなどと……」


 この兄妹は地声が大きいのと耳障りな声質なのが共通していた。

 妹の姫は明らかに兄に不満だった。なにか王子の気に入らないことを言ったに違いない、王子は真っ赤になって怒りだした。

 双方の取り巻きが加勢して口論となっているのを見て、リョウはその場を抜け出したかったが、肝心の自分が抜けだすと余計に事態を悪化させそうでそれもできなかった。


「よし、そうだ、このうすぎたない楽師の相手はリーアがいい。お前のような流れ者と、生まれは王家でも流れ者みたいなもんだ、リーアは」


 はあはあ言いながらドゥゴ王子は結論付けた。


 セレイ姫の目に憎しみの色が広がった。


 それは、ただの憎しみではなかった。セレイ姫は本当にリーア姫のことを憎んでいた。ドゥゴ王子もそのことをよく知っていた。妹の憎しみを逆なでしたことに気付いて彼はほくそ笑んだ。


「ちょうど似合いだ。呼んでこい」


 ドゥゴ王子の取り巻きの連中の中の数人はリーア姫に同情的だったようだ。だが、喜んで駆け出した者もいた。姫を貶めることに興味を感じている人間だった。

 リーア姫は転びそうになりながら、無分別な若者に無理矢理つれてこられた。おびえた若い侍女が後ろからついてきていた。


 リョウは思わず彼女を見つめた。

 彼女の白い顔が、髪が、光を放っているようだった。きっとこの光は自分だけにしか見えない。


 ドゥゴ王子はニヤリと笑って言った。


「さあ、踊ってこい。相手はこいつだ。流れ者の薄汚い楽器弾きだ。まあ、こいつがダンスができるとでもいうのならな。田舎のサルダンスでもしてくれるかもしれんな。大恥さらしだ」


 ドゥゴ王子は大声で笑い出した。セレイ姫は暗い目つきでリーア姫を見つめていた。取り巻きの若い貴族たちもあざけりの色を浮かべて質素ななりの若い娘を見つめていた。


 ああ、この人はこんなにも孤独だった。


 リョウはリーア姫のほうに踏み出した。そして、腰をかがめ、その手を押し頂いた。

 リョウはどんなに作法にうるさい高貴な貴婦人でも満足しそうな、非の打ちどころのない身のこなしで丁重に姫を大広間へ導いた。


 セレイ姫の目つきがますます悪くなったが、ドウゴ王子は妹のふきげんを面白がっていた。


「行ってこい。」


 大広間は、控室と対照的に光に満ち溢れていた。


 大広間の人々はおどろいたようだった。

 先ほどのきらきらするような、若く美しい歌い手が、このうえなくうやうやしくひとりの娘の手を丁重に押し頂いて現れたからだ。


「誰なの? あの娘は?」


「まあ、なんてみすぼらしいなりなの。誰かの侍女?」


「あんな女にずいぶん丁重ね。まあ、楽師は身分が低いからかもしれないけど、王族への礼儀だわ、あれは……」


「あ、あれはリーア様だ……」


 誰かが気が付いてつぶやいた。


 さわさわと人々の間に小声の話し声が伝わった。


「リーア様……」


 人々はこの異色のカップルに注目した。


「リョウ……」


 まだ、15歳くらいのリーアは驚いて、ただでさえ大きな目を見開いてささやいた。


「やっと会えた。」


 リョウは答えた。


「何度でも会えます。かならずまた会える」


 夕べのことを思い出すと胸はつぶれるようだった。

 だが、今、この目の前にいる少女はそんなことは知らない。彼にまた会えて驚き、その大きな目はなつかしさと安心と嬉しさがあふれていた。

 この少女の前には、まだ長い年月が待っている。その年月を不幸な予言などで暗くしてどうするのだ。リョウはリーア姫に言った。心のすべてをこめて……


「私はあなたを愛し続ける」


 音楽が始まり人々が一斉に踊り始めた。


「リーア様、私はあなたのために生きる。一生をあなたに捧げる……」


 ふたりの声は音楽にかき消されて誰にも聞こえない。



 宮廷中の人々がこの異色のカップルを見つめていた。ドゥゴ王子は田舎者のサルダンスと揶揄したが、リョウは何年も宮廷で暮らしていたので、彼の踊りは素晴らしくうまく、女どもが夢中になるほど優雅だった。しかも楽師らしく、たとえ姫君の身なりがみすぼらしくても、王家の姫君へのうやうやしい態度を崩さなかった。


 宮廷の女たちは、さっきの彼のすばらしい歌と声を忘れたわけではなかった。

 うっとりするような身のこなしと、見事なダンスのリードは彼女たちの目を惹きつけた。姫のドレスは地味だったが、すらりと美しい姿は遠目からも目立ち、この二人の組み合わせはいかにも初々しく新鮮だった。


 姫の目を見つめて、彼は踊り続けた。


 守り切れなかった。


 自分が代わりに死にたかった。


 この手を放したくない。ずっとずっと握りしめていたい。


 ダンスもいつかは終わる。

 彼は彼女の手を放し、丁重に礼をして姫君のそばを離れた。

 姫君のそばを離れたくなかった。だが、姫君のお付きたちが何人もやってきて、干からびたような彼女たちは、楽師などとんでもないとでも言いたそうに彼を追い払った。


 リョウは、さっきの薄暗い楽屋のようなところへ引っ込んだ。なぜ、自分は今ここにいるのだろうか。だが、考える間もなく、悪意のある暗い声が彼に呼びかけた。


「おい」


 もう、ドゥゴ王子もセレイ姫もいなかった。その声はドゥゴ王子達のような若造の声ではなく、自信たっぷりで、どこかで聞いたようなしゃべり方だった。


 それはリップヘンだった。


「小僧、何をしていた」


 リョウは慌てた。


 リップヘンのことだ。どうせリーア姫がらみでは……いや、姫が絡んでいなくても、いつでも常軌を逸しているのだ。


「ドゥゴ王子の冗談で、なんとしてでも姫と踊ってこいと……」


 そんな言い訳が通用するはずがなかった。


「どうでもよいわ。姫の高貴な身分を汚した」


 リップヘンは本気だった。彼は手に剣を握っていた。


「やめろ、リップヘン。こんなところで人を殺める気か」


「誰にも指図は受けんわ」


 彼は、真剣を大きく振りかぶった。誰か女の声がすさまじい悲鳴を上げた。

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