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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第4章 東渡りのジグ人の真実

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第96話 いつか見た夢の、本当の答え

 天気はよくて、花の香り、ミツバチのぶんぶん言う音などが聞こえてきた。


 東渡りのジグ人が本当は何なのか、リョウは知らなかった。

 あの修道院には、本当にそんな本が残されているのだろうか。リョウは昔の東渡りのジグ人の史実を確かめずにはいられなかった。


 彼は、いつか戻らなければならないのだろうか?

 帰りたくなかった。リーア姫は、いまや姫ではなかった。彼の妻だった。マノカイは順調で、彼を必要としている。


 むろん、誰か使いを出して、本だけ持ってこさせれば良いのだが、彼の中の何かがそれを許さなかった。それに、人々がようやく忘れかけている東渡りのジグ人という言葉を出したくなかった……。




「おーい、若い兵隊さん」


 街道沿いの宿屋の亭主が陽気に声をかけてきた。


「いっぱいやってかないかい? フィン族との戦いに参加したんだろ? 話を聞かせてくれよ」


 リョウは宿の亭主の顔を見た。赤ら顔で正直そうな男だった。

 彼はウマを降りた。どこかで休まなければならない。


 彼は口下手な若者を装って、宿の連中の噂話に耳を傾けた。人々は、彼がフィンとの戦いには参加していない、ただの補給のための兵だと知ると、途端に興味を失った。リョウが若い給仕の女にからかわれ、困った風を装うと、酒場の連中は大笑いした。


「こういう関係が身を守る。尼僧院の方が危ないかもしれない。どうせ連中がマノカイの王宮に着けば、イヤでもマーリーが尼僧院に兵を派遣してくる。ここでゆっくりした方が安全だろう。王配殿下が三十代だってことは知ってるらしいし。」


 若造のくせに妙に落ち着いた兵士は、慣れた様子で酒を飲み、静かに食べて、若い給仕の娘の訴えかけるような視線を避けて寝に行った。




 翌朝、リョウは王配殿下が頭を撃たれて死んだといううわさを聞いた。宿中が、いや村全体が、大騒ぎになっていた。


「う、撃たれて死んだ? いつ?」


 リョウは必死になって聞いた。


「昨日だとよ。とんでもないこった。誰の仕業だ。下手人は捕まったのか?」


 その話を伝えてきたのは、マノカイの首都から来た行商人だった。村中の男たちが、大勢、彼を取り囲んで質問攻めにしていた。


「いや、俺は直接見たわけじゃないんだ。早馬がマノカイの首都目指して死に物狂いで駆けていくもんだから……ベルゲンの町についたらマノカイ軍がそこで泊ってて、大騒ぎになっていた」


「あの川向こうの噂の連中か? 夕べ誰かが言ってたろう? おかしな男二人が最新式の銃をもってうろついてたって。」


「そんなことは知らないが、ベルゲンの宿の亭主が王配殿下が撃たれて死んだので、軍が大騒ぎになっているって、こっそり教えてくれたんだ……」


 誰が? なぜ? 


 リョウはマノカイの首都までの距離を計算した。ここは近いので昨日の話が今朝届いたが、首都には今日の晩にならないと届かないに違いない。マーリー殿には、同時に、その王配殿下は本物ではなく、多分ガレで、本物の殿下は昔の尼僧院に向っているという事実も伝えられるだろう。


 おそらくマーリーは、王配殿下の安全が確認されるまで、殺された王配殿下が偽者だと言う事実は伏せて置くだろう。そして、大急ぎで尼僧院に護衛の兵を派遣するだろうが、着くのは4日後くらいだろう。

 ただ、こうなった以上、モレルも慌てふためいて尼僧院に兵を派遣するだろう。いや、今もうすでに、全軍挙げて尼僧院に向っているかもしれなかった。


 しかし、上も下も目の色変えて尼僧院に向うとしたら、誰しも疑問を持つに違いなかった。

 マーリーもモレルも、王配殿下が尼僧院にいなかったら、どんなに心配するかわかっていたが、今は尼僧院の方がかえって危ないかもしれなかった。せめてモレルの軍がついた後に行った方がよいような気がした。


「モレルの軍が着くのが、多分、今日あたり。今晩遅くに着けば、モレルをあんまりやきもきさせないで済みそうだ。」


 彼は、当初の予定より、ちょうど一日遅れて尼僧院に向けて歩き始めた。今の彼は死んだと思われているので、逆に安全なはずだった。

 確かに、マノカイの王配殿下ほど、世界中から命を狙われている者もいないだろう。

 誰も大声では言わないが、どこか後ろ暗い所のある男だった。マノカイでは常勝将軍として人気だったが、その出自が怪しいことと、彼の戦いっぷりが中世のルールをまったく逸脱していることに人々は不安を感じていた。



 夕方近くに尼僧院にたどり着いた。尼僧院の窓には明かりが点り、人馬のざわめきが聞こえた。

 数は多くなかったが、明らかにもうすでに軍は着いていて、王配殿下の不着を知って、中では今頃大騒ぎになっているはずだった。


「全軍率いてくるほど、モレルはバカじゃなかったな」


 残りの部隊は、目くらましに気の毒なガレの死体を粛々とマノカイの首都まで護送していったに違いない。


「誰だか知らないが、下手人は今頃大喜びだろうな」


 長い曲がりくねった道を目立たない格好でとことこ歩いていく若い兵に誰も注意を払わなかった。

 今の尼僧院には兵士があふれていたのである。別な兵士とすれ違うことさえあった。声をかけて、モレルを呼んでもらってもよかったが、どうせ同じことだった。


 静かな夕暮れに尼僧院に着いて、こんな非常事態だというのに、彼は立ち止まり、あたりを見回した。


 花の香りが漂い、芝生から土の匂いがした。

 どこかにリーア姫がいるような気がした。

 彼の妻のリーア陛下ではない、あの頃のどこか孤独でさみしげな姫だ。

 彼は周りを見回し、懐かしさにとらわれた。


 リンゲルバルトを殺してしまった。シャハイも殺してしまった。

 リップヘンはわからない。

 そしてラセル殿は、もはや永遠の敵となった。だが、この庭はどうだ。何も変わっていない。


「最初に見た夢もこんな感じのところだったな。そして、その後リーア姫と遊んだな。ここでマスクを付けろとも言われたし」


 ここは彼と彼女の秘密の庭、始まりの場所だった。静かな庭は平和で、黄金のような夕方の美しさに満ちていた。

 



 突然、テラスのフランス窓に明かりが点り、窓が開いた。ひとりの女性が中から出てきた。


「リョウ?」


 女の声が響いた。


「リ、リーア様?」


 王配殿下はびっくりした。



 リーア姫に驚いだのではない。チカっと記憶の底で何かが光ったのだ。

 知っている。この場面を知っている。なんだっただろう……。



 リーア姫は目ざとくリョウを見つけた。彼女はリョウのほうに駆け寄った。


「ああ、びっくりしたわ。あなたが死んだと聞いて、わたしは……」


 彼女が抱きつき、彼にキスした。


「そんなはずないわ。あなたは絶対に死なないのだから……」


「すまなかった。心配かけて」


 リョウは暖かい肩を抱いた。戻ってきた、ここへ。取り戻した。この人をもっとしっかり守り切らなくてはいけない。そのためには……


「モレルが使いをよこしたのよ、あなたがたった一人でこの尼僧院に向かっているって。だめよ。なぜここに来たがったのか知っているわ。私は……」


 その瞬間、銃声が響き、リョウは肩を熱いものに貫かれた。


「リョウーーー」


 心の底で、何かが閃いた。


 知っている。

 いつか見たあの夢だ。


「だめ。リーア様、建物に戻って」


 リョウは必死に言った。


 自分は死ぬ。何年も前のあの予言に従って。


『だが、お前の夢はことごとく当たり続けた。あれだけが当たらぬとは解せぬ』


 いつかラセル陛下が言っていた。


 すべて当たるのだ。

 自分は、夕方の光の中でリーア姫に抱かれて死ぬことを、すでに最初から知っていたのだ。知っていたが、それが何時でどこなのかわからなかった。



 なぜ、ここに、今日来ようと考えたのだろう。


 預言書なんかどうでもいい。大切なのは、この世界。リーアだけ。

 

 半狂乱のリーア姫がリョウの手を取った。夕方の斜めの光が彼女を照らす。海のような色の目だ……。


 


 だが、次の瞬間、もう一発の銃声が響き、リーア姫がスローモーションで身悶えし倒れていくのをリョウは見た。胸を撃ちぬかれている……。


「リーアーー!」


 口からわけのわからない叫びが響いた。


 さらに銃声が響き、今度は、リョウが撃たれた。血が、驚くほどの量の血が地面に滴った。


 夢と違う。


 もう、マーリーやモレル、他の兵たちが駆けつけてきていた。


「銃声が!」


「陛下! 陛下!」


「殿下、お気を確かに」


 リョウは声が出なかった。


「殿下は、大丈夫でございます。肩を撃たれただけでございます」


 耳元で誰かがささやいた。


「捕らえろ! 非常線を張れ。兵士を動員しろ」


「立たせてくれ」


 リョウはかすれ声で言った。


「なんですって? 立たせて? いえ、出血が……」


「リーア様は、リーアは……」


 彼はリーア姫を目で追った。


「見てはなりません」


 誰かがささやいた。


「リーア!」


 彼は叫んだ。間違いだ。死ぬのは自分のはずだ。予言なのだから、これは。


 心の奥で何かが叫んだ。彼の夢は自分が撃たれた時までで止まっていて、それから先は知らないのだ。自分が死ぬと思っていたが、違うのか


「リーア!」


 だが、声は出なかった。彼は動けなかった。人々が動かないリーア姫を運び、自分も他人の手で運ばれていくのを感じていたが、意識は遠のいていった……。

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