第86話 ついに本当に結婚式(話は終わらない……)
結婚式は、その日からわずか4週間後に執り行われた。陛下は、翌日にでも式を挙げたかったのだが、準備期間がどうしても必要だったのだ。式は、それはそれは華やかに行われ、国の誰しもが熱狂した。
姫君は2回目の結婚だったが、最初の結婚会が形だけだったということは誰もが知っていた。花嫁は本当に幸せそうだった。
もはや反対する者は誰もいなかった。
若くてハンサムで、ゼノアを打ち負かしマノカイを勝利に導いた勇敢な騎士が花婿だった。清貧の騎士だという点も好印象だった。
さわやかさ満点のはずだったが、彼をよく知る商人たちからは、
「今の王配殿下はドケチなうえに儲け主義。転んでもタダでは起きない。稼ぐ王様なんて前代未聞だ。」
と言われ、一緒に戦った将校からは、
「冷徹。ルールもへったくれもない。勝てばいいという主義。美学とか騎士道とかとは無縁。」と言われていた。
ただし、どの貴族からも将校からも、結婚に反対するものはいなかった。なぜなら、結局は、何回ゼノアが挑んできてもジェルナン殿が手綱を握っている限り、マノカイは勝ち抜いてきたからだ。
「すくなくとも、ゼノアの息はかかっていない。」
彼の正体が本当はなんなのかと言う問題は、あれっきりになっていた。
あの場にいた身分ある貴族たちは、誰一人この後ろ暗い問題を忘れたわけではなかった。
しかし表立って申し立てた場合、どのような運命が待っているのか、誰にもわからなかった。
リップヘンは公衆の面前で大声で、ジェルナン殿は僧院の出なのに読み書きが出来ず、聖典も知らないと指摘したが、それ以降ジェルナン殿に字を読めとか聖典を暗唱して見せろとか言う命知らずは現れなかったし、お付きのガレは首をひねって見せた。
「いや、ジェルナン様は普通に読み書きされますが、何のお話でしょう。」
プレショーンは苦笑した。
「それは、ジェルナン様はさぞお困りだったでしょう。あの方は皆さま知ってのとおりのご性格でございます。僧院がほとほと性に合わず飛び出てしまったお方。特に聖典などは大嫌い。ろくすっぽ覚えているはずもない。聖句くらいならいざ知らず、聖典の一部を暗唱して見せろと言われては、進退窮まったでしょう。」
式当日は、マノカイの明るい将来を予言するようにすばらしい好天だった。
王国の繁栄に伴い町の人数は徐々に増え始めていた。そのほかに近郷近在の村々からも大勢の人々が結婚式見物にやってきた。戴冠式の時より大勢の人々が押し寄せていた。
「良いお天気でございます。」
プレショーンがいつも通り控えめに万事整えてやってきたが、彼は内心非常に喜んでいた。
「神も嘉したものと見受けられまする。」
ジェルナン殿は、なにかわけのわからない芝居を演じているような錯覚に時々陥ったが、つつがなく3日間の式と祝宴を終えた。
王宮から例の礼拝堂までを往復し、3日間にわたり儀礼的な祝宴を張ったが、彼は以前の結婚式のことを思い出さずにいられなかった。
顔色が真っ黒で、生ける屍のようだった前王との結婚式のことを思い起こすと、ずいぶん長い道のりを歩てきたような気がした。
今回の結婚式は中断する者もなく、今度こそ姫君の末長い幸せを疑うものは誰もいなかった。
寺院の大伽藍からは光があふれ、寺院から王宮までの道には、すっかり陽気になった町民や田舎から出てきて興奮気味の農民たちが、若く美しいカップルに歓呼の声を浴びせていた。
エルブフ殿や周辺各国のひそかな願いとは裏腹に、女王陛下は王侯特有の変わったわがままを発揮して臣下たちを閉口させることはなかったし、新しい王配殿下が思い上がって人々からつまはじきにされることもなかった。王配殿下は冷静で合理的な方だった。
政治もそうだったし、宮廷内の出来事も(謀反や裏切りも含めて)彼は目を配り続けた。
ここにエーデンの外交官の文書がある。エーデンはゼノアの西に在り、北側では遊牧民で宗教が異なるフィン族と山岳地帯をはさんで接していた。
「マノカイの王配殿下となったジェルナン殿は……」
エーデンの大使マルクト殿はマノカイの王宮での出来事を詳細に祖国に書き送っていた。それを発送前に入手したマーリー殿が、王配殿下に読み聞かせていた。
「……若い美男子で、女王陛下がほれ込んでのご結婚である。優男風で歌と楽器に秀でている。一見、おとなしそうな青年だが、侮ってはならない。彼は非常に狡猾で決断は早い。また、武器の開発に熱心で、実際によく使う。彼の戦いぶりは合理的で残虐、勝つためには殺戮戦でも厭わない。商才がある。彼の出自には疑問が多く、名門の子弟と名乗っているが、裏付けるものは何もない。回りをマーリー殿を始めとした成り上がり者の新しい貴族層で固め、権力を掌握している。誰も逆らえない」
マーリー殿は聞いているのかいないのか、黙って目をつぶっている王配殿下を横目で眺めた。
「ひどくないか? 悪意的だ。マルクト殿を呼びつけよう」
「そうだな。最後まで読んでくれ」
「……ジェルナン殿は、東渡りのジグ人だといううわさがある。ジグ人とは悪魔と契約する人々だ。もう40歳近くになる計算なのに、見た目は非常に若いのがその証拠である」
「まだ、40になんかならないよ。それは言いがかりだな」
王配殿下は苦笑した。
「変な報告書だよ。だが、出させておけ。見た目が若いから悪魔と契約してるだなんてどういう理屈だ。この大使、左遷されるんじゃないか」
東渡りのジグ人は、宮廷では禁句だった。そんな人間を王配殿下に据えているだなんて、マノカイの人々は考えたくもなかった。マーリー殿は、せめて東渡りのジグ人という項目だけでも削ったらどうかと提案しようとしたが、本人はまったく気にしていない様子だったので、黙って手紙をたたんだ。
「なぜ、年を取らない?」
マーリー殿が聞いた。
「年は取っているよ。以前より老けて見えるだろうが」
「まったくそんな風ではない。よくみれば、確かに年を取ったのかもしれないが、知らないものがみたら、まだ若造だと思われるだろうよ。私を見ろ。白髪が出てきたよ」
「苦労しているからな」
殿下が笑った。
結婚後、ジェルナン殿は祝賀会などの公式行事に出席しても出来るだけ目立たないようにしていた。彼が表で頑張っていたのは、陛下と結婚するために常に話題になっていなければいけなかったのと、陛下の国内統一に不可欠だった軍事力を他の貴族どもに知らしめるためであった。
もう、今となっては、そんな必要はなかった。彼は目立たない方が誰のためにもよかった。
昔から期待されていたように、正当な王位継承権を持つリーア姫様が、王位を継ぎ、マノカイの貴族の誰かと正式な結婚をして、王子が生まれてくればマノカイは安泰なのであった。
だが、その気配はなかった。




