第84話 真相2 本名はリョウ。正体は……
「牢につながれていた人物は命があってよかった。ウィンズローズの戦いにも参加した私の部下のインディーだ。インディー、誰の命令で牢につながれたのだ?」
憔悴しきった様子のみすぼらしい人物はインディーだった。
「わかりません。私は、お言いつけ通り、エルブフ様のところへ手紙を届けただけです。その後、すぐに衛兵が来て、なんの説明もなく今日まで牢につながれていました。なぜなのかさっぱりわかりません。助けていただいてありがとうございます」
「エリブフ殿以外にマノカイに着いてから会った人物は?」
「いません。エルブフ様だけです」
人々は一斉にエルブフ殿の顔を見た。エルブフ殿は引きつったような表情で椅子に固まっていた。いつの間にか、彼のまわりを大勢の衛兵がびっしりと取り囲んでいた。
「そして……もう一人の使者を紹介しよう。この使者はつながれていなかった。自由にマノカイの宮廷を歩き回っていたのだ。キャンベル殿の部屋にいたところを拘束された」
ジェルナン殿が合図すると、衛兵が手を縛られたもう一人の男を、乱暴に前に突き出した。男の顔は真っ青だった。
「この男は、名前をバイツと言う」
一瞬、人々は何のことかわからず黙りこくった。だが、次の瞬間、彼らは大きくざわめきだした。
「バ、バイツ?」
「それはガゼル殿に接触したゼノアの使いの名前だ。さっきジェルナン殿が言っていた……」
「キャンベル殿の家来だったのか! スパイだな!」
「そんなヤツがマノカイの宮殿を自由にウロついていたのか。何てことだ」
ジェルナン殿が静かにして欲しいといった身振りをした。人々は黙った。
「キャンベル殿、この人物はもちろんご存知ですね?」
ジェルナン殿は確認した。キャンベル殿は黙っていた。しぶしぶバイツなんか知らない、この人物はベルゲンと言う名前だと答えた。
「偶然かもしれないが、ガゼル殿に裏切りを持ちかけたゼノアの手の者の名前もバイツと言う。
実はバイツがこうも簡単に見つかったのは、偶然の出来事だった。
今朝、マノカイ軍がこの城に入ったところ、旧知のバイツの顔がちらりと見えたのだ。兵達は、仲間だと思っているので、喜んで声をかけたが、バイツはあっという間に消えてしまった。
手紙が届いていない事実は知っていたので、彼が消えた窓の場所から推測して、おそらくリップヘン殿やエルブフ殿の手の者ではなく、キャンベル殿の配下の人物だろうと考え、おいでを願ったわけだ」
リップヘン殿が身じろぎした。
「わたしに何の関係があるというのだ」
ジェルナン殿がじろりとリップヘン殿をにらんだ。ジェルナン殿からにらまれたことのないリップヘン殿は驚いたらしかった。
「ガゼル殿によれば、バイツを紹介してよこしたのは、リップヘン殿だったそうだ」
「うそだ!」
リップヘン殿は叫んだ。
「わたしは関係ない。ガゼルが嘘をついている」
「ガゼルのおかしな行動はこれで説明が付く」
ジェルナン殿は言った。
「誰か、マノカイの相当な大物がバックについていない限り、ガゼル殿もこんな裏切り話には、さすがに乗らなかったことと思う。
私を陥れることは、マノカイに対しての明白な裏切りであり、マノカイから絶縁されるおそれがあった。
しかし、これがリップヘン殿やエルブフ殿からの依頼なら、話は違う。
私を暗殺するか、内部から手を回してマノカイを敗北させれば、リップヘン殿かラセル陛下がリーア陛下と結婚し、エルブフ殿は宰相の地位に就く可能性があった。
その場合、ガゼルは功労者として大きな顔をしてマノカイに出入りできる。
だが、実際には、暗殺は失敗し、マノカイは勝利した。
このままだとまずい。
ガゼルは立場がなくなって、リンゲルバルト殿を犠牲者として私の許へ連れてきたのだ。私に恩を売ろうと思ったのだろう。私をなめていたので、リンゲルバルトを殺したりしないだろうと考えていたのだ。」
さすがに聞いていた貴族達が嫌悪感を顔に浮かべた。
「マノカイのことなんかどうでもいいらしいな」
誰かが隣の者にささやいた。
「そんなやつらの下には居たくないな」
陛下が立ち上がった。
彼女は怒っていた。
「エルブフ殿には謹慎を命じる」
陛下がはっきりした声で命じた。
「通信の自由を禁ずる。それから……」
陛下はリップヘンの方を向いた。
「リップヘン殿にも同様の措置を取る」
リップヘン殿が立ち上がった。彼は憤怒の表情を浮かべていたが、同時に必死だった。
「陛下、あなたは間違っておられる。私に罪があるとお考えのようだが、証拠がないではないか。この男の証言だけではないか。陛下はご存じないと思うが、この男は稀代の嘘つきなのだ」
人々はざわめいた。人々はリップヘンの顔をじっと目を凝らして見つめて固唾をのんだ。
「あなたが結婚しようとしているこの男は、ジェルナン・ライカ・ジュニアではない」
小さな叫び声がし、一瞬人々の頭が揺れて、ジェルナン殿を振り返った。
「この男は本名をリョウといい、出自はわからない。東渡りのジグ人と名乗っていた。流れ者の楽師だ。リュートの腕と類まれな歌声だけでゼノアの王宮に取り入った」
ジェルナン殿はリップヘン殿を見ていた。顔の筋ひとつ変えなかった。
「陛下がマノカイ王に嫁がれたあの日、王子の誕生を予言したのはこの男だ。わたしが楽師席から呼び出したのだ。同じ顔をした若い男だった」
人々は一斉にジェルナン殿の顔に注目した。
「覚えているものが居るだろう? 僧院から2年前に出てきたなんて、それも嘘っぱちだ。僧院から出てきたなら、読み書きや聖典の暗唱は完璧のはずだ。誰かこの男に聞いてみるがよい。読むことすら出来ないのだ」
ジェルナン殿は黙っていた。
人々はジェルナン殿の顔を見つめた。
「返事はどうした。リョウ。俺にしゃべられるとまずいことがたくさんあるだろう。大体、お前は、なぜ最初マスクをしていたのだ。俺に顔を知られたくなかったからだ。ばれたら困ることがたくさんあったからだ」
氷のような沈黙の中、人々はジェルナン殿の言葉を待っていた。だが、いつもは饒舌な彼が黙っていた。顔は能面のように表情を表していなかった。
「さあ、リョウ。誰しもが知る一句だけでよい。聖典を唱えてみろ。それが証拠だ。俺の言うことが間違っているなら、何とか言え。なぜ黙っているのだ」




