第80話 宮廷の政変
「拝啓、ジェルナン殿。
ケガの様子はいかがか。ご家来衆からでも現状のさま連絡せよ。貴公からの連絡なく、悪いうわさが流れている。リップヘン殿、エルブフ殿が力を得て、陛下に説得を始めている。
(署名)アルナン・バッソンピエール」
「説得って、なんの説得だ。」
ジェルナン殿は使者に聞いた。彼は手紙を読ませてすぐ、旅装を調え始めていた。彼の背中では、パシー殿が次から次へと命令を下していた。
「ウマの用意! 替えウマの用意!」
「アンスとケーネットを呼べ!」
「手榴弾と銃弾、銃を準備せよ。」
城内のあちこちで、篝火が次々に焚かれ、たたき起こされた者たちがあわただしく動き出していた。
「おお、ジーグ伯、こちらへ。ご説明申し上げる。」
パシーは、事態が急展開するのについていけなくて、またもやまごまごしていたジーグ伯に事細かに事情を説明し始めた。
使者はジェルナン殿の前に連れ出されて、矢継ぎ早の質問に答えていた。
「陛下とジェルナン殿の結婚の阻止です。ただし、説得にかかってるのは、陛下に対してだけではありません。周りの貴族達です。ステイン殿だとかの旧貴族に対してです。ゴブロイド殿も解放されました。今ではリップヘン派です。陛下がうんとおっしゃらないことは承知しているので、回りから埋めにかかっているのだと思います。あなたのことを偽者だと言うのです。つまり……」
使者はためらった。
「なんだ、早く言え」
「本当のジェルナン殿は死んでいる、あなたはその名を騙る東渡りのジグ人で流れ者の楽師だといっています」
「それだけか?」
「いえ、もっと言っています」
ジェルナン殿は、使者を見た。
「ぜんぶ言うんだ。早くしろ。時間がない」
「公妃様ですが、あなたが、公妃様の……」
「公妃様のなんだ?」
「……言いにくいことですが、愛人だった、とおっしゃるのです。」
「なんだ、そりゃ」
「おかしなことを言うと皆が思ったのですが、それを聞いた陛下が、一時、黙ってしまわれたので、公妃様やリップヘン殿が力を得ているのです。リップヘン殿との結婚にOKしなくても、少なくともジェルナン殿とのご結婚を再考されるのではないかと……」
一瞬、ジェルナン殿は黙った。
「ほかは? ほかはないか?」
「ジェルナン殿が瀕死の重傷を負い、戦は大敗したと聞かされました」
ジェルナン殿も、周りの将兵もその話を聞いて驚いて使者の顔を見た。
「はい、ここへ到着してすぐこの話をしたかったのですが、なにしろほかの事も火急でしたもので。ジェルナン様がお元気そうに歩いてこられたので、びっくりいたしました。それに私は大敗と聞いたので、戦の様子は敢えてお聞きしなかったのですが、どうも大敗した様子ではないようで」
「そうだ。リンゲルバルト殿は戦死し、ゼノア軍は壊滅した。城と砦は取り戻した。」
「えっ?! リンゲルバルト殿が戦死? マノカイは大勝利ではありませんか!
そ、それでは、マノカイに流れているあの噂は何だったのでしょう?
陛下は意気消沈、バッソンピエール様、マーリー様、皆様、沈み込んでおいでです」
ジェルナン殿はパシー、ガレ、アンスなどと顔を見合わせた。
間違いない。誰かの陰謀だ。
「わたしどもがマノカイに遣わした使者はどうなったのでしょうね」
ガレがひっそりと言った。
「行き先がエルブフ殿だから消されたか。誰が使者として向ったか?」
「インディーとバイツでした」
「バイツ?」
ジェルナン殿は眉をしかめた。
どこかで聞いた名だった。
「バイツ……」
ハイデルがまた一生懸命しゃべり始めた。
「使者は一人もマノカイに着いていません。大敗してジェルナン殿が瀕死の重傷を負った以上、使者が来なくても当たり前だと言われております」
ジェルナン殿が答えた。
「私は今すぐマノカイに戻る。そのほかに私が知っておいたほうがいいことはあるか」
「今のところ、お話しすることはそれだけです。ここに着くまで、駆け続けで1日半かかりました。戻りも同じ程度かかるとすれば、事態は3日分進んでしまう。こんなウソがまかり通っているとは! マノカイが勝って、ジェルナン様がご無事でこんなうれしいことはございませんが、悔しゅうございます」
「わかっている」
ジェルナン殿は部下にも旅装を急がせた。総勢20名程度で夜の街道を駆け抜けるつもりだった。
「パシー、動かせるだけの軍勢を後から回してくれ。ただし、マノカイの俺の隊にも軍勢が居るはずだ。そちらも使うので、ここの守りを第一に考えてくれ。それからウィンズローズにも連絡を入れて、マノカイの首都に軍を回してくれるよう手配を」
「かしこまりました」
たとえどんなことがあっても、何があっても、もはや後戻りは出来ない。
リーア様にマスクを付けさせられたあの日から、歯車は回り始めて、すべてを巻き込んでがっちりと食い込んで、後戻りしたり逃げたりするすべての可能性を一つ一つ潰しながら事態は進んでいった。
『なにがリーア様の幼馴染だ。誰がジェルナン・ライカ殿だ。ウソもいい加減にしろ。俺には通用せんぞ。』
リンゲルバルトの最後の言葉が耳に響いた。頭がガンガンした。
そのままリップヘンの台詞だ。
『お前は、最初話すことさえ不自由だった。僧院出身だなんて名乗っているらしいが、祈りの言葉ひとつ知らないし、文字はまだ読むことも書くことできないはずだ。ライカ殿のご子息とは全くの別人だ。』
ジェルナン殿の部下20名は黙って夜を疾走していた。ウマの悪い者、体調の優れない者が脱落していく。
「後からついて来い」
マノカイの首都の兵士達が彼から離反していないか心配だった。最悪、この20名で戦うことになる。脱落者一人でも惜しい。マーリー殿はどうしているだろう。リグは無事だったろうか?宮廷中に噂が広がっているのだろうか。
リーア様、リーア様はどうされているのだろうか?
「ここで休みましょう。替えウマの用意がしてございます」
街道沿いの小さな宿の前で、ケーネットが手綱を取った。
「ここで睡眠をとりましょう。明日朝一番に着きます。城で寝られるとは限りません」
不安な晩、夜は灰色で星はひとつも見えなかった。夜風は生ぬるく雨の予感がした。
「殿様、黙っていてはなりません」
ケーネットが不意に言った。
「殿様が黙っていられると、他の者が不安になります」
明日、世界中の人々が彼をうそつきとののしり、彼のそれまでの軽蔑すべきウソの数々を述べ立て、彼の仲間だった人々が悲しみ、次いで彼に冷たい視線を注ぐようなことがあったら……。それでも、生き続けなくてはいけないらしい。
『わたしの裏切りも、嘘もみんなあなたのため。もはや、どれだけ嘘をつき皆をだましたことか。全部わたしが引き受ける。どんな報いもわたしが引き受ける』
ジェルナン殿と言う偽りの看板は、全部、この東渡りのジグ人の思い付きだったということにしてしまえば、陛下は美しいままで居られる。すべては、欲にまみれ、姑息で汚い手段を使った流れ者の仕業だ。
彼が育て、彼を信じてここまできた若者達、たとえば今ここに居るケーネットは、明日の彼を知ってどう思うだろうか。
「希望はまだございます。人知を尽くして天命を待つ」
そして、俺はリンゲルバルトを殺した。あの死は、今となっては何の意味があったのだろう。
「すまない、ケーネット」
ジェルナン殿は無理やり笑った。
「お前の言うとおりだ。とりあえずよく寝よう。食べて。物事はそれからだな。」




