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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第3章  ジェルナン・ライカ殿

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第68話 酔っ払ったジェルナン殿

 ジェルナン殿は少し酔ったように見えた。

 エルブフ殿は完全に出来上がってしまって、よその姫君や奥方の席に遠征しに出かけていった。リップヘン並みの危険人物の出来上がりである。


 ダンスの時間になり、人々は自由に席を立ってよいことになっていた。珍しく酔った様子のジェルナン殿の周りには、ダンスに誘ってほしそうに、これ見よがしにどこぞのお嬢様や奥方が歩き回っていたが、ジェルナン殿はまるで気がつかないかのようだった。


「こら、ジェルナン、何を酔っ払っているんだ」


 マーリー殿が駆けつけてきた。


「陛下と踊らんかい」


「無理だ」


 彼は椅子に寄りかかった。前途多難だ。そんなにうまくいくはずがなかった。動くのが面倒になってきた。着てきた服が恥ずかしい。


「なんでこういう肝心なときに酔っ払ってるんだ」


 傍らに居たステイン殿にマーリー殿は目を向けた。ステイン殿はあわてて言った。


「違う。勝手に酔っ払ったのだよ。飲ませたわけじゃない」


「さあ、ちょっと部屋を出よう。頭を冷やせ」


 部屋を出るとジェルナン殿はマーリーの手を振り払った。


「大丈夫なのか? そんなに酔ってないんだな?」


 ジェルナン殿は苦笑いした。


「まあ、そんなところかな。いつもより飲んでるけど」


「じゃあ、踊ってこいよ」


「後にしようかなと思って」


 この怠慢に対し、マーリー殿は腕組みをして気色ばんだ。


「どうしてだ? 今、聞いたんだが、ゼノア王から陛下に正式の結婚申し込みがあったというじゃないか。どうするつもりだ、ジェルナン」


 痛いところを突かれた。


「どうしようもあるか。私を憎むやつが多すぎる」


「はあ? これから憎むやつはもっと増えるぞ。手の打ちようもない。

 いや、たったひとつある。陛下だ。陛下の気持ちを動かすんだ。行って来い、色男」


「色男だなんて。そんなものにはなりたくない」


 ジェルナン殿は、公妃を思い出した。今となっては苦々しい思い出だった。

 マーリー殿は邪険に言った。


「俺はいっぺんなってみたいよ、色男。さあ、ダンスが始まったぞ。行って来い」


 ジェルナン殿はふらふらと出かけていくと、出会いがしらの全然知らないどこかの令嬢にダンスを申し込んでいた。


「あ、あのバカ、違う」


 彼は明らかに酔っ払っていて、始終相手を間違えたり物にぶつかったり、そのうえひどく陽気だった。少なくとも陽気そうに見えた。


 ヴィットリオ・ザボアを見つけると、彼に明るく話しかけ、当惑気味のザボアと組んで何人もの女性に声をかけ続けていた。


「だめだ。完全に酔っている」


 フロアでは、今晩の賓客の大使キャンベル殿が陛下と踊っていた。

 キャンベル殿が踊り終えると、彼は今度はキャンベル殿のところに出かけていった。


 キャンベル殿はさすがに疲れている様子だった。他国で最初の赴任となれば疲れるのは当たり前だった。


「お久しぶりです。キャンベル殿」


 見るとジェルナン殿が、少しだらしないような感じで立っていた。


「リョウ……」


 キャンベル殿は言いかけて、あわてて言い直した。


「ジェルナン・ライカ殿」


「ゼノアの方と、この名前でお会いすることになるとは、思っていませんでした」


 キャンベル殿はどう答えたらいいのかわからなかった。彼は、困って少し酔った様子のジェルナン殿を見つめていた。


 「私は死んだはずだった。違いますか? 死んだと思われていたでしょう」


 キャンベル殿は返事に窮した。相手は見るからに酔っぱらっている。


 「リンゲルバルト殿は、リュートを見て、あなたは死んだのだと言っていました」


「そのとおり」


「だが、ラセル陛下は、あなたの死体をみても信じられないといつもおっしゃっておいででした」


 ジェルナン殿は黙っていた。


「ラセル陛下は、あなたは死んでいないのではないか、いつか戻ってくるのではないかと言っておられました」


 長い沈黙が続いた。ジェルナン殿がようやく言った。


「私が死んだことを陛下にお伝えいただけないか、キャンベル殿」


「生きておられるではないか」


「私は、陛下の忠実な部下だった。陛下を尊敬していた。陛下の下で働けて幸せだった。一生そうして暮らすのだと思っていた」


 キャンベル殿は続きを待っていた。だが、ジェルナン殿は酔っ払いの常で、しばらく黙って言葉を捜しているうちに言葉が迷子になってしまったらしかった。


「いずれまたお目にかかりましょう。必ず」


 そういいながら、ジェルナン殿は軽く礼をしてその場を離れてしまった。

 次の曲が始まったからだ。もうパーティも終盤だった。


「あと一曲しかないぞ」


 マーリー殿がジェルナン殿を探し当てて、注意した。


「陛下を放っておくのか?」


 ジェルナン殿はマーリー殿を見返した。それから傍らの給仕の盆から酒のグラスをひとつ取るとぐっと飲み干した。マーリー殿はしまったと言う顔をした。


「なにするんだ、この酔っ払い。今晩はもうぐちゃぐちゃだぞ。さっき踊った女が浮かれまくっていたし、ザボア殿と一緒に声をかけられた連中もはしゃいでた。めちゃくちゃだ」


「心配するな。さっきキャンベル殿のところに行って、危ない外交機密をいっぱいしゃべってきたんだ」


 マーリー殿はさすがにため息をついた。いったい、なにをしゃべってきたんだろう、この酔っ払い。


 最後の曲が始まろうとしていた。


 陛下が姿を見せると、突然、ジェルナン殿はダッシュしてその手を押し頂いた。

 そのすばやいことといったら、とても酔っ払いには見えなかった。


 走ってきた若い男がジェルナン殿と知れて、会場の人々からさざめきがもれた。

 陛下の相手は先に決まっていたらしく、その男が(ヴィットリオだった)軽く抗議するふりをすると、ジェルナン殿は、とてもがっかりした様子で哀願したが、ヴィットリオが拒絶するといかにも残念そうに首を振った。会場は沸き、笑い声がホールを包んだ。


 すると陛下が笑い出して、ジェルナン殿に手を与えて、ヴィトリオに何事かささやいた。


 陛下の手をいただいたジェルナン殿は、まるで生き返ったかのように生き生きして、陛下に感謝して踊りはじめた。

 あきらかに酔っているらしく、陛下に近づきすぎ、情熱的過ぎ、ステップを間違えすぎだった。最後は陛下を離そうとせず、最後の曲を踊る約束だったヴィットリオがやってきて、彼に無理やり引き剥がされるほどで、会場はこのパフォーマンスのせいで楽しげな笑い声に包まれた。


 マーリー殿は冷や汗をかいていた。


「なんつー男だ。もう二度と酒は飲まないでほしいもんだ」




 翌朝、彼は恐縮して、いたるところにあやまりに歩いていた。

 一部始終を記憶していたマーリー殿が、無礼を働いた相手を逐一チェックして注意したのである。


「でも、楽しかったわ。あんなお堅い公式のパーティで、あんなにおもしろかったことはないわ」


 女性本人に詫びを入れる度胸はないとかで、彼はいちいちその父親や夫君に詫びを入れて歩いた。たいていの者は酒の上ではあるし、ジェルナン殿の役職の方が高位なので笑って済ませてくれたが、ジェルナン殿は丁重だった。全員に声をかけ、話しをして歩いた。


 マーリー殿が怪しいなと思い始めたのはここからであった。


「ほんとに酔ってたのか?」


「うん」


「なんかおかしいな? この迷惑リストを見ていると、なんか選んで迷惑を掛けてないか?」


「うん」


「……やっぱり。きたないぞ、ジェルナン。さては懐柔作戦だな?」


「うん」


「なんでも、うんかよ。かわいげねえな」


「うん」


 ジェルナン殿は寝ていた。

 寝顔はかわいかったが、少しは穴があってほしいもんだとマーリー殿は思った。

 酒の上を装ってまで、高位の貴族や高官に接触を図っていたのかと思うと、相変わらずの抜け目のなさにあきれる思いだった。


 だが、マーリー殿はほっとした。まだ、あきらめていないな。陛下と結婚する気はあるようだ。なにしろ、どうやら陛下はジェルナン殿に夢中のようだから、絶好のチャンスだ。


 しばらくたつとジェルナン殿は目を開けた。


「みんなに憎まれる。しかたない」


 マーリー殿はかける言葉もなかった。ジェルナン殿はまた目をつぶって寝てしまった。

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