第65話 愛の告白(いつか見た夢)
プレショーンは、聞いた。
「姫君を愛しているのですか?」
彼はイエスと答えた。
言う相手を間違っている。
プレショーンに向かって、愛の告白をしてどうする。
リスクの中身は理解していた。それは、国を二分するほどの爆弾だった。
誰が陛下と結婚して、権力を握るにしても、全員が賛成するなどと言うことはあり得ない。
例えば、バッソンピエール殿は、陛下がエルブフ殿の甥と結婚すると自分の政治的立場が危なくなるので、ジェルナン殿の陣営に与したのだ。
だから、これは花婿候補全員が、避けて通れない問題だったが、ジェルナン殿には、そのほかに身分詐称の問題があり、さらに、ことによると人間詐称の問題まであった。
リスクを背負って正直に気持ちを言うか、リスクを重視して黙っているか。問題はこの点に尽きる。
どこの高校生の選択なんだ。(高校生にしては、リスクの中身がおかしいけど)
フラれるのが嫌で、告白しないヤツみたいな……いや、それともちょっと違う。この場合、姫君の気持ちは明白だ。でも、リスクがあるからと言って気持ちを、姫君の気持ちを踏みにじるのは……できない。
もし、自分ひとりの勝手な片思いなんだったら、それは仕方ない。隅っこでおいおい泣いてりゃ済む話だ。
だけど、もし、姫君が、涙をいっぱいためて、嫌われてるんじゃないかと悩んでいるとしたら……
ジェルナン殿はプレショーンに命じて、姫のサロンは今日は開かれないと宣言させた。そして、少し遅くなってから一人で出かけた。
誰も知らない、姫君も知らないに違いない、最初の姫との思い出は、どこかの夜の庭だった。
巻きつけた腕と柔らかな唇の感触は今でも忘れていない。
「本当じゃないと思っていた。でも……」
決して手に入らないと思っていた。入らなくていいはずだった。だが、姫にマスクを付けろと言われた瞬間、彼の野望にスイッチが入った。
リスクがあるなら、リスクを乗り越えていけばいい。
「今日は誰も来ませんね?」
ジェルナン殿一人がサロンに来ていて、ほかには誰もいないのを見て、陛下は少し不思議そうに尋ねた。
「ええ。誰も来ないようにしましたから」
姫君はジェルナン殿の顔を見た。
ジェルナン殿が口がうまいと言うのはほんとうだった。
だが、そんな彼だって、今日はまったく口がうまく回っていなかったし、気の利かないことしか言えてなかった。
「私と結婚してください」
なんてロマンチックでなくて、なんてそのままな求婚なのか。
「最初はあなたなんか望まなかった。私には過ぎた望みだった。そんな望みがあることすら気がつかなかったくらいだ。でも……」
ジェルナンは姫の顔を見つめた。
「ジェルナンの名を与えてもらって私は気づいた。可能性が出てきたということに。
それからは、坂を転げるように、私はその名にふさわしいようにウソを並べ、身を偽り、有能なふりをして、人を支配した。そんな器ではなかったのに」
姫が首を振った。
「違うわ」
「あれほど敬愛していたラセル様だったのに、あなたを連れて行くことが出来なかった。薄汚いことをしているような気がして……」
ジェルナンは姫の顔を見た。
「リップヘンより、ラセル様より、自分の方がふさわしいと、思ってしまった。その途端、焦りが始まって、さらに欲が出て……」
彼は姫の前にひざまずいた。
「ここまできた。そして、私はあなたを違う目で見始めた……」
ジェルナンは言葉に詰まった。
「私が戦うから、あなたはもう戦わなくていい。そのかわり、私だけのものになってほしい。あなたがいないと、私はなにもできないのだから」
リーア様が望むなら、あるいは彼女が喜ぶから、彼は行動してきた。思いがけない力を発揮してきた。
もし、リーア様が望まなければ、まるでしおれてしまった花のように、彼は精彩を失うだろう。何をするべきなのか見失い、迷い、きっとさまよっていただけだろう。でも、今はたったひとつだけ望みがあった。
「私を愛してほしい。」
いつか見た夢のままだった。
ジェルナン殿は思い出した。いかにも身分の高そうな貴族の青年がリーア姫の手を望んでいた。
リーア陛下はゆっくりと彼に手を差し伸べた。
あれは自分か。
ジェルナン殿は、ゆっくりと立ち上がると陛下を抱きしめた。
ついに手に入れた……
夢に価値なんかない。彼女を抱きしめた瞬間、時間が止まり、ひたひたとなにか暖かいものが空気や水や彼女と彼自身のすべてを満たしていくようだった。




