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東渡りのジグ人 ~ある意味女難の相がある男の物語~ お前は予知の力を持つ悪魔の使い  作者: buchi
第3章  ジェルナン・ライカ殿

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第53話 争奪戦開始

「新女王陛下と皆様方に申し上げます。」


 彼の声はよく通り、あっけに取られ静まり返った教会の隅々まで届いた。


「反乱軍を討ち取り、ウィンズローズの城を取り返し、平定いたしました。この知らせを戴冠式に間に合うよう急ぎ戻ってまいりました。」


 そういうと彼は深く一礼した。


 人々は一斉にざわざわとどよめいた。


「なんだって? 反乱軍を平定したと?」


「もう? もうか? 早過ぎないか?」


「ウィンズローズの城を取り返しただと?」


「サーシャ殿は? 反乱軍の大将、サーシャ殿はどうなったのだ?」


 ジェルナン殿は簡潔に答えた。


「戦死されました」


 驚きの叫びが教会中を満たした。

 

「ご遺体は馬車でお連れしてきております。さきほど、ゴブロイド殿にご本人とご確認いただきました」


 遺体があると言う事実は、一挙に話に真実味を与え、皆を安堵させた。


 マーリー殿が指し示した席にジェルナン殿は納まり、式はその後は滞りなく執り行われたが、一挙に式のムードは明るくなり、荘厳であるべきなのに全員が笑顔になっていた。

 

 式が終わると、大勢の貴族達がジェルナン殿の元に押しかけた。


「まことか、ジェルナン殿」


「よく式典に間に合うよう戻られた! 電光石火の早業じゃ」

 

 笑顔のまま、人ごみを押し分けて、ジェルナン殿は準備を任せていたマーリー殿の元に向かった。


「よく戻ってきた!ジェルナン殿!」


 マーリー殿は心から喜んだ。


「手配の方はOKか? 私が乗れるようなウマはないか? リップヘン殿の後に従おう」


「そうしてくれ。貴公が居ればリップヘン殿は何も出来ない」


 リップヘンが何をしでかすんだ? と思わないわけではなかったが、ジェルナン殿はそこは無視して言った。


「宴会の後、すぐに戦場に戻る。そんなに長く放っておけない」


「そうか。だがすごいな。サーシャ殿を討ち取ったのか。あれほどリップヘン殿がてこずったと言うのに」

 

 マーリー殿は、名門貴族の出ではなかったが、有能だったので家柄の割に重用されていた。この言いぶりだと、ジェルナン殿の留守の間に、リップヘン殿はマーリー殿相手に一悶着起こしたに違いなかった。

 

「私は顔を知らないが、ゴブロイド殿に確認させたから確かだと思う。死体を持ってきた」


「へ、へえ。それはまた」


 マーリー殿は死体には閉口したようだったが、ジェルナン殿の席の手配をしようといって部下を走らせた。




 ジェルナン殿は疲れ切っていたが、パレードにはウマに乗って参加した。民衆の驚きと歓呼の声が心地よかった。


 新女王万歳の声のほかに、ジェルナン殿万歳の声も聞こえた。


「勝った!勝った!」の声も聞こえてきた。


 決して列を乱してはいけない場面だったが、ジェルナン殿は列を外れ、ウマを移動させて、女王陛下の馬車に近づいた。民衆どもはどよめいた。


「ああ、姫君様のところにお寄りになる」


「素敵じゃないか。なんてこった。姫のピンチに必ず登場して助ける騎士だなんて」


「おお、姫君様が笑っておられる」


「ジェルナン殿はお辞儀しているな。ひどい服だな。一人だけほこりだらけだ」


「それがいい。マノカイが勝ったんだ」


 ジェルナン殿は、臣下らしく丁重に礼をして馬車のそばを去り、列に戻った。馬車の反対側でウマを歩かせているリップヘン殿は、ジェルナン殿の出すぎたパフォーマンスにカンカンに怒っているに違いなかった。




 大宴会の席上、リップヘン殿は戴冠式を中断させたジェルナン殿を大声で非難したが、ジェルナン殿は丁重に謝った。


「申し訳ない。分別ないことをいたし申した。ただ、反乱が治まったことをご報告して、皆様方にご安心いただきたい一心で」


「場所柄と言うものがあろう」


「申し訳ござらぬ」


「貴公は目立ちたがりすぎる」


「それはそうかも知れませぬ」


 ジェルナン殿は真顔で答えた。


「まあまあ、よいではござらぬか。サーシャ殿は、王国の不安因子。取り除かれたことは誠に喜ばしい。ジェルナン殿はよくやった」


 バッソンピエール殿が言った。南部の大領主で、恰幅の良い40歳くらいの大男だった。領地が首都から遠いので、あまり宮廷に出てくることはなかったが、ユーグ公に負けず劣らずの名門貴族だった。




「それでは、皆様方、祝宴が始まりまする。その後、ダンスまで用意してございます。女王陛下のお相手に立候補したいお方は、ぜひとも名乗りを上げてくださいませ」


 席次は厳格に定められていて、ジェルナン殿は2番目のテーブルだった。新女王陛下が入室されるまで、全員が立って待ち構えていた。


「本日は本当にめでたいことであった。式典も滞りなく行われ、皆の者には感謝している。だが、なにより、戴冠式のこの日に反乱を起こした者が鎮圧され、王国に平和がもたらされたことは、神の恩寵を感じずにはいられませぬ。マノカイは守られている。神よ、今後もマノカイを守りたまえ。我々も神の御心にしたがって力の限りを尽くすことを誓います。さあ、皆様方、マノカイの輝かしい未来と今日のこの日を大いに祝しましょう。」


 陛下の簡単なスピーチが終わると、乾杯して杯を干し、人々は盛んに拍手して、女王陛下が着席したのを見届けてから、おのおの椅子に座った。


 給仕たちの数の方が、招待客より多いくらいだった。最初はとにかく後の方はかなりくだけた雰囲気となっていた。

 ジェルナン殿は満腹するまで飲み食いすると、すぐに席を離れてこっそり寝に行った。彼は、今晩発たねばならなかったのだ。


「祝宴はまだまだ続きます。その後、ユベール殿の言っていたダンスの会があります。ご婦人方も多く参加される会です。こちらには必ずご出席くださるようにとの陛下からのご伝言です。」


 プレショーンが静かな部屋に案内し、ひっそりと彼の世話を焼いた。


「今晩も徹夜なんだ。勘弁してもらえないかね。そのためにあれほどハデに戴冠式を台無しにしたんだ。目立たないといけないと思ってね。」


「ジェルナン殿がおられると言うことを皆様にぜひ覚えておいていただきたい、その意味では大成功でした」


「おやすみ。少し眠らせてくれ」


「かしこまりました。衣装を準備いたします。時間になったら起こしに参ります」


「出来るだけ長く寝かせてくれ。それから服は軍服にしてくれ。僧服はダメだ。軍事的手腕を強調したいから」


「抜かりはございません。お休みなさいませ」


 ジェルナン殿の返事はなかった。彼はもう寝ていた。


 数時間後、ジェルナン殿は寝不足で赤い目をしていたが、立派な軍服に着替えて、最初からずっと参列していたような顔をして宴席に連なっていた。


 リップヘン殿が肩をいからし、えらく気負った様子で近づいて来た。


「今日は踊るのか?」


 リップヘン殿はジェルナン殿を探し当てて聞いた。


「踊る?」


 ジェルナン殿は聞き返した。


「だから、陛下とだ」


 リップヘンの声は妙に低く力がこもっていた。


「ああ、ダンスのことか。しないよ。今晩中にウィンズローズに向けて発つ。まだ、安心できる状態じゃない。戴冠式のために来ただけだ」


「なんだ。それならこんな会、出なければいいのに」


「出ろと言われたのだ」


 ジェルナン殿はあくびをかみ殺しながら答えた。相手はリップヘン、曲がりなりにも王族である。目の前であくびなどと、あまり失礼な真似はできない。


「誰に?」


「誰だっけな? なにしろ、衣装も用意されていたから。だが、どこかで中座すると思う」


「そうか」


 これだけ言えば、リップヘンが機嫌を直すことをジェルナンは知っていた。事実、彼は眠かったし、一応無事に動いている戴冠式とその後の宴会を自分の目で確かめたので、かなり安心していた。


 だが、戴冠式は無事に運営されていても、リップヘンの行動を見ていると、あまり安心できなくなってきた。リップヘンは焦っていた。無理をしてでも、目立とうとしていた。


 宮廷内で、姫君の争奪戦はもう始まっているのだ。美しい姫君だけでなく、王座の争奪戦だった。


 参戦するべきなのかどうか、リョウにはわからなかった。戦地に赴かねばならない彼は不利だった。


 参戦したいのかといわれれば……それは彼自身にも秘密の事項だった。

 マスクで隠された彼の素顔のようだった。


 今、リップヘンは意気揚々と姫君をフロアへいざなっていた。


 彼こそが本命だった。


 ユーグ公やバッソンピエール殿、エルブフ殿も姫をフロアに連れ出していたが、これは単なる社交辞令だった。ユーグ公は妻を大分前になくしていたので独身だったが、ほかの大貴族連中は妻帯者で子供もたくさん居た。


 姫は銀色に輝くドレスを身にまとっていた。ほっそりしていて大男のリップヘンと踊るとその対照が際立った。


 なんてきれいなんだろう。きっと誰しもが同じことを考えているんだろうな。


 すこし、憂鬱になって、眠い頭でジェルナン殿は二人を見つめた。

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