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2.千秋

 ピンポーン。神崎家のチャイムを鳴らすと神崎ママが笑顔でお出迎えしてくれた。今日も美人の神崎ママ。ツルッツルのお肌に薄ピンクの頬、ツヤツヤの髪、にっこりと笑う姿は若々しさに満ち溢れている。ぱっと見、女子大生で通用するレベルだ。これで四児の母とか信じられない。

 でもナツくんたちを見ているとやっぱり神崎ママの子だよなあとも思う。外見は、三つ子は母似でハルくんは父似。性格は兄弟みんなばらばらだが、仕種というか、癖みたいなのは両親それぞれから譲り受けているように感じる。


「りっちゃんいらっしゃい!」

「神崎ママこんにちはー!ばーちゃんちから夏野菜が届いたので、よかったらもらってください!」

「わあ!嬉しい!ありがとう!」


 ぱっと顔を輝かせ、神崎ママが抱きついてきた。神崎ママ、今日も可愛いですね!あと甘くて良い香りがします!とても癒されますありがとうございます!!

 ひしっと片腕で抱きしめ返した後、何事もなかったかのように野菜が入ったスーパーの袋を渡す。


「今ね、ちょうどケーキが焼き上がったところなの。りっちゃんも食べていって?」

「わーいありがとうございまーす!神崎ママのお菓子大好き―!」

「私もおいしそうに食べてくれるりっちゃん大好き―!」


 玄関先でいつものように神崎ママと戯れ、リビングへとお邪魔した。併設されたダイニングキッチンを覗くと、シンク横には見るからにふかふかのシフォンケーキが鎮座している。ほんのりと紅茶の香りが漂い、わたしの胃を刺激した。うわーうわー、おいしそう。紅茶のシフォンケーキは三つ子もハルくんも大好きなメニューだ。あ、もちろんわたしも大好きです。


「あれ?」


 リビングを見渡すと、この時間なら帰ってきているであろう三つ子くんたちの姿がない。三人ともいないなんてめずらしいなー。首を傾げて神崎ママに尋ねる。


「ねえ神崎ママ、まだ三つ子くんたち帰ってきてないんですか?」

「そうなのよー。そろそろ帰ってくると思うけど、先にケーキ食べちゃう?」

「せっかくなんで誰か帰ってきてから一緒に食べてもいいですか!」

「ええ、もちろん。じゃああの子たち帰ってくるまで私と別のケーキ作らない?」

「作る―!」

 

 お菓子作りが趣味の神崎ママ。趣味というか、特技と呼ぶべきだろうか。神崎ママが作るお菓子は駅前のスイーツ店並に美味しいのだ。わたしもお菓子作りは好きだが、神崎ママの腕には程遠い。まあ、三つ子くんたちが文句を言わずに食べてくれるので、まずくはないレベルだとは思うが。

 よくお菓子作りに誘われるためか、神崎家にはわたしのエプロンが常備されている。同じように、我が家に出入りすることの多い神崎兄弟のコップなども、うちの食器棚に陳列している。

 水玉模様のエプロンをつけ、キッチンに入る。本日ふたつ目のお菓子はフルーツタルトのようで、シフォンケーキの横にはキツネ色に焼き上がったタルト生地が置いてある。その横には、大量の果物が入ったボウルと、カスタードクリームが詰まった絞り袋。タルト生地もクリームも冷めているので、あとはクリームを絞って果物を飾れば完成ということらしい。


「ねえりっちゃん、夏休みの予定は詰まってる?」

「今のとこ、友達と花火したりするくらいですかねー」

「じゃありっちゃんが暇なときでいいから、夏休み中も私と一緒にお菓子作りしてくれる?」

「もちろん喜んで!」


 間髪入れずに頷くと、神崎ママが「嬉しいわあ」と顔をほころばせた。わたしも神崎ママの笑顔が見られて嬉しいです。神崎ママ、めっちゃ可愛い。

 他愛ない話をしながらカスタードクリームを絞り、その上にフルーツを敷き詰めていく。イチゴ、ブルーベリー、ラズベリー、ぶどう、キウイ。ベリー系が多めなのは神崎ママの好みだろうか。

 生地からはみ出そうなくらいたっぷりの果物を乗せ終え、仕上げにナパージュを塗る。ツヤツヤになったフルーツたちを見下ろし、やったーかんせいだー、と神崎ママと手を取り合って喜んだ。

 そこへ、ガチャン、と。玄関からドアが開く音がした。ほどなくして、こちらへ向かう足音が続く。


「ただいまー」

「アキくんおかえりー」

「リツ姉何作ってんの?」

「フルーツタルト。と言ってもほぼ神崎ママが作ってくれたので、わたしは飾り付けだけだよー」


 ふうん。興味があるのかないのか、微妙な返事をこぼしたアキくんがキッチンへやってくる。わたしが神崎家にいることには何のツッコミもない。まあ、わたしも自宅にハルくんや三つ子がいても驚かないのでお互い様か。


「アキくん、今日は遅かったんだねえ」

「今日委員会がある日だったんだよ」

「ああ、三人とも生き物委員だっけ」

「そ。委員会終わった後にウサギ小屋の掃除もあって、今週はナツとフユのクラスが当番だから俺だけ先に帰ってきたー」


 クラスは違うが同じ委員会に所属している三つ子。三人そろって生き物委員。家でも毎日顔を合わせているのに、ほんと仲良しだよなあ。

 以前本人たちに言ってみると、アキくんとフユくんは「別に仲良しじゃねーし」と口をそろえてそっぽ向いていた。しかしナツくんが間に入って「おう!仲良いぜ!」とふたりの手を握ると、満更でもない様子で笑った。

 なんだよツンデレかよ。可愛いなもう!!その様子にひたすら悶絶したのは言うまでもない。

 そのときの光景を思い出し、つい頬がゆるみそうになった。 「りっちゃん」 隣でケーキを切り分けはじめた神崎ママに声をかけられ、だらしない顔になるのはなんとか免れた。


「千秋も帰ってきたし、一緒にケーキ食べてちょうだいね。千秋は手洗いとうがいを済ませてから食べるのよー」

「へーい。部屋にランドセル置いてくるからちょっと待ってろリツ姉」

「へーい」


 ぱたぱたぱた。廊下に向かうアキくんの後姿を見送り、ケーキ作りに使ったボウルやベラなどを洗うべく蛇口をひねる。スポンジを手に取り、洗剤を含ませ、よっし洗うぞーと袖をまくった。が、突然横から伸びてきたきれいな手にスポンジを奪われた。


「りっちゃん、後片付けは私がするから、千秋とケーキ食べてちょうだいな」

「え、わたしも最後までしますよ!」

「気持ちは嬉しいんだけど、いつまでも私がりっちゃんを独り占めしてると千秋が拗ねるのよう。千秋って拗ねたらめんどくさいの知ってるでしょう?だから、ね?」


 おねがーい、りっちゃん。

 小首を傾げた神崎ママからのお願い。そんな可愛い声でお願いされたら断れるはずが、ない!!

 神崎ママのお言葉に甘え、後片付けは任せることにした。かわりに紅茶を淹れる役を全うさせていただく。

 カチャン。食器棚を開け、ティーポットとカップを取り出す。紅茶の茶葉と茶匙、タイマーも用意して手際よく紅茶を淹れた。わたしはストレート、アキくんノ分には角砂糖をひとつ落とす。

 ケーキと紅茶をトレイに乗せ、リビングのテーブルに置く。数秒と待たずアキくんが戻ってきたので、二人掛けソファーに隣り合って腰を沈めた。


「はああああおいしいよおおお。神崎ママのケーキ最高」

「リツ姉って母さんのお菓子好きだよなー」

「お菓子もだけど神崎ママも好き」

「……母さんだけかよ」

「アキくんなんか言った?」

「べっつにー」


 ケーキに舌鼓を打っていたせいで、アキくんが小声でつぶやいた言葉を聞き取れなかった。えー、なんだよーう。問い返すがアキくんは教えてくれない。むう。唇を尖らせると、「そんなことより」と話題をすり替えられてしまった。


「リツ姉は夏休み予定あんの?」

「友達と遊ぶ予定がちらほらあるだけかなあ。あ、でもバイトもしてみたいなーって思ってる」

「リツ姉今年受験生だろ。バイトなんかしてるヒマあんのかよ」

「安心しろ!まだ二学期がある!勉強なぞ後でもなんとかなる!はず!!」

「いや、それぜんぜん大丈夫じゃねー回答じゃん」


 さっくりと一蹴された。そうだね、大丈夫じゃないね。うん、わかってる。わかってるよ。だから冷めた目で見るのやめてほしいな。おねーさんつらい。

 アキくんはちょくちょく大人びた表情を見せる。背伸びしてる感じが可愛いとも思うが、こう冷めた視線を送られると傷つくんですけど。ひとまず、ばかだなーこいつ、って顔に書くのやめよ?

 ちいさな願いを込めてアキくんを見つめる。アキくんもこちらをじっと見返してきた。沈黙が三秒。そして。 「あ」 ふと、アキくんが声をこぼす。フォークを皿に置き、いいこと思いついた、と口角を上げた。


「リツ姉さ、夏休み一週間ほどうちに泊まらねー?」

「なんで?」

「来月に母さんが旅行するっつーんで、親戚のひとにバイトがてら家政婦してもらう予定にしてんだけど、それ、リツ姉がしたらいいんじゃねーかなって」

「家政婦」

「そう」


 食事の用意、掃除、洗濯といった一般的なことでいいんだろうか。それなら人並みにはできる。


「神崎パパも一緒に旅行するの? 大人がいないと安全面が心配じゃない?」

「いや、出かけるのは母さんだけ。友達と行くんだと。父さんはいるけど、ほら、あれじゃん。料理のセンスゼロっていうか、マイナスじゃん」

「あー……うん……」


 神崎パパは家族思いのイケメンで、優しくて仕事もできる、本当に良いお父さんだ。ただ、料理ができない。壊滅的にできない。何故か、神崎パパが料理をすると爆発が起きる。それゆえに、神崎ママからキッチンへの立ち入り禁止令が出ているのだ。

 何年か前にわたしも凄惨な現状を見せてもらったので、こればかりは弁明してあげることができない。ごめん、神崎パパ。わたしもオーブンから火花が散る様はもう見たくないです。


「なあ母さーん、親戚のおばさんよりリツ姉に頼もうぜー」

「お母さん、りっちゃんなら大歓迎!バイト代弾んじゃう!でもりっちゃんも大学受験あるんだから、無理言っちゃだめよ千秋」


 わたしがかつてのぐっちゃぐちゃになった神崎家のキッチンへ思いを馳せている間に、神崎ママのオッケーは出てしまったらしい。

 いや、まあ、確かに夏休みにたいした予定はないですけど。神崎兄弟といられるのは喜ばしいことですけど。一週間もわたしのご飯を食べることになるのは、ハルくん、ナツくん、フユくん、それに神崎パパはオッケーなんだろうか。神崎ママほどおいしくない自信あるよ。

 勝手に決めちゃっていいのかなあ。少しばかり、考え込むようにして宙を見上げる。 「……」 じいっ。隣から期待が込もった視線を感じる。はたして、うんいいよーと答えていいものか。ううむ。そっと眉根を寄せる。すると。


「リツ姉」


 きゅ。アキくんに袖を引かれた。視線を斜め下に移すと、すこし低い位置からわたしを覗き込んでくるアキくんの顔。甘えるように首を傾け、形の良い唇を開く。


「だめ?」

「ぜんぜんだめじゃないです喜んでお引き受けいたします!!」


 上目遣い。わずかにうるんだ目。小首をかしげる仕種。握られた袖。こんなに可愛らしくお願いされて断れるわけがない。

 知ってる。これが、わざとやってることだとはわかってる。神崎ママとよく似た仕種だが、アキくんはわたしが可愛いものに弱いことも、神崎兄弟が大好きなことも熟知した上でやっているのだ。神崎ママが天然なら、アキくんは知性派か。あざといなアキくん。でもそんなとこも好き!!

 アキくんの策略に見事ノックダウンしていると、当の本人はちいさくガッツポーズをしてみせた。


「よっしゃ!これで宿題しなくてすむぜー」

「おいこらちょっと待て」


 バイト勧誘の魂胆がなかなかえげつないぞ小学生。自分の宿題は自分でしろ。

 わたしの反論は華麗にスルーそし、アキくんは上機嫌で空になったカップをキッチンへ運び始める。

 しないよ!きみたちの宿題はしないよ!わたしは自分の宿題で精一杯だからね!!

 その背中に同じ言葉を投げつけるも、これまたスルーされた。アキくんの耳、都合の悪いことは聞こえないようにできてるんだろうか。素晴らしい耳だな。わたしも欲しい。

 まあ、なんだかんだ言っても、神崎兄弟といる時間が増えたのだ。わたしにとっても喜ばしいことに変わりはない。願わくばほかの兄弟たちも喜んでくれるとおねーさん嬉しいな!


「よかったわねえ千秋」

「は? なにがだよ母さん」

「だってあなたたち、夏休みはいつもより長くりっちゃんと一緒に過ごせるって楽しみにしてたじゃない」

「ううううるっせ!それぜってーリツ姉には言うなよ!!」


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