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日出

別府造船所から山を1つこえた所に、そこそこの規模を持つ町がある。

大分県日出町である。


もともとは木下さん家の延喜さんが日出城を築いたそこそこの規模の城下町だった。

お城には昔は三層の天守があったらしいのだが、廃城令とかいう命令のせいでぶっ壊されてしまっていたりする。

残っていたら日本有数の温泉地である別府が目と鼻の先にあるだけに良い観光名所となったであろうに・・・それはそれは残酷な話である。

ちなみにこの木下さん、関が原で唯一木下さんの一族の中で狸ジジイこと東軍の徳川おじいさんに味方した(伏見城を守っていた長男の勝俊さんは途中でばっくれたので計算外)ということで関が原で戦功を立てて3万石もらったということである。なお、この人の四男である延由は実は豊臣秀頼の息子さんの豊臣国松だという話などもあり、マイナーながらいろいろと歴史的に面白い人でもある。

さて、この日出町であるが、別府湾に面した港町でもある。


お城は海に面しているのだが、その周辺部は良好な漁場として知られており、かれいやさばなどが有名である。後年、この地の美食家で政治家の木下謙次郎も著書『美味求真』においてこの地で獲れる城下かれいと呼ばれるかれいは美味いと書いている。


その一方で、その少し外れた辺りに現在新しい工事がおこなわれていたりする。

別府グループと日出町が共同で建設中の陸揚げ施設と鉄道線であった。

もともと、別府造船所は別府港から陸揚げするために線路の整備をするつもりだったのだが、港からいきなり鉄材などを陸揚げするなどしてしまったら観光の景観的によろしくないと地元及び役所から抗議が殺到してきたのである。

義男や雷蔵としても地元を敵に回したくなかったために方針転換を行い、別府造船所の近くにある日出港を整備してそこから鉄材を運ぼうと考えたのだ。

現在別府造船所は大神鉄道という鉄道会社を持っていた。

義男や雷蔵は現代の近江鉄道よろしくバスの運行も計画はしているがそれはまだいたってはいない・・・それは省線(国鉄のことでこの頃はこう呼ばれていたこともある)の日出駅の隣から線路を延長して、現在のJR大神駅の辺りを経てそこから先の別府造船所までのおよそ10キロにも満たない距離を走る単線の小さな鉄道だったが、それをさらに改良して日出港まで線路を延長し、そこから物資の陸揚げを行おうとしていた。

つまり、大神から国鉄の線路を併走するように単線の線路を日出までしき、さらにそこから日出港まで大きく旋回するルートを取ろうとしていた。

国鉄の線路を使うだけでもいちいち輸送費として馬鹿にならない金がかかるのだから。

それならいっそのこと日出港まで引いてしまえ!と雷蔵たちは考えたのだ。

まぁ、考えとしては当初よりあったのだが、鋼材価格の値上がりや受注によってそれどころではなかったのである。

若松築港らとのツテが出来たことや、鉄道などのインフラ整備であることから地元たる日出や大分県からの補助金、そして別府や姫島などの港湾整備や大神鉄道の工事などの際に手に入れたノウハウなどがこれにプラスして生かされることとなったことも工事推進を後押しした。


義男としてもそれは決して悪い考えではなかった。

もともと日出というところは実に意外な事ながら、1930年代頃になるまで別府をしのぎ、大分県北部の経済の中心地であった。

理由としては別府よりも早くに港湾設備が整備され、ある程度の船ならばつけられるだけの桟橋もあったこと。別府以上に数多くの老舗の商店が存在していたことなどが揚げられる。

化学工業などの事業も一部には行われていた。

また、第一次世界大戦以前には一時的ながら鉄鋼の精錬所もおかれていたらしい。

もっとも、それは第一次大戦の鉄不足のために閉鎖されてしまったりしたが・・・。


ただ、そんな日出町自体も1927年ごろの不況によって多くの商店が店を閉めてしまったり、別府港が日出よりも優秀な港に整備されたことによって船が入ってこなくなったりするなど1930年ごろから経済などは大きく別府に突き放されるようになってゆき、小さな港町になっていくのだがこの頃はまだまだ元気であった。


さて、現在の日出には別府造船所の社員達が多く住む地域で社宅も多数あった。

現在の別府造船所その他の従業員数は2000人ないし3000人程であるが、その大半がここに住んでいるのだ。その家族もあわせると約10000人はいる。(根無し草の期間工などもいるので一概には言えないが)

別府造船所のある大神村(最近は町になりつつあるが)では地形や土地の問題などでそれほどの人口を住まわせることが出来るような大規模な開発はできず、必然的に周辺部の市町村に分散せざるをえなくなっていた。地元を敵に回すことは絶対に避けたかったのだ・・・。

中でも、社員達が最も集まっているのはこの日出であった。

国鉄も通っているし、小さいながらも鉄道が会社まで直接引かれているし、船便だってある。

こんな風にしっかりとインフラが整備されているところはやはり強いのだ。


ただ、その一方で義男たちとしては今後のことに対し、頭を抱えていた。

来年以降ドイツ系の技師達が家族込みで順次日本にやってくるのだ。

このままでは受け入れ態勢が十分に整わないだろう・・・。

義男たち別府グループの面々は会社から比較的近くインフラが既に整っていた日出に居住区を整備して何とか住んでもらおうと調整を進めていた。

一応当面は木造の家屋に住んでもらうことを考えていたが、場合によっては欧州にあるようなレンガ造り

の建物も必要に成ってくるだろうと考えられた。後、キリスト教会やユダヤ教会も。

また、地元民との軋轢などに備えて外国人専用居住区を設けなければならないと考えていた。(いうなれば雑居地みたいなものだが・・・)


受け入れ態勢が十分でなければ、せっかく来てくれた人もアメリカや上海、香港に行っちゃったなんてことになっては目も当てられない。

また、地元感情も無視できないものである。

いきなり地方都市に外国人が大量にやってくるよ!なんてことになっては治安などにも影響しかねないのだ。


「どうする?」


「とりあえず、閉鎖された精錬所の土地を購入しましたので、そこに集合団地を建設する計画です。」


雷蔵の問いに一色が答えた。


「建物は?」


「ご心配なく、東京帝大から建築学の先生をお呼びして設計してもらう予定です。」


「なるほど。」


「地元は?」


「一応、町長の許可は取り付けてあります。技術者とその家族が大半とのことですので、了解はもらえました。町議会も同様です。」


「日出も別府港の建設のせいで寂れつつあるからな。ここらで景気よくやりたいのだろう。」


「まぁ、不良外国人ではありませんからな」


「後は、こちらの風土に馴染んで貰えばいいのですがね・・・」


「日本と欧州では気候風土も習慣も違う。当然ながら宗教へののめり込み具合もな」


「ユダヤ教を信仰しているからユダヤ人・・・というわけでもないのが、辛い所ですな」


「それにユダヤ人だけではなく、ドイツ人もやってきますからな」


「幸い、こっちにも小さいが教会はある。後は、やってくる人たちしだいということだよ。まぁ、それはまぁ彼らがやって来たときに改めて聞くとしよう。ある程度の要望なら聞く必要がある」


雷蔵はにこっと微笑を浮かべていった。

義男自身も険しい顔を緩めてうなずいた。


もっとも、日出にとっては別府グループからのことは大概許可を出すしかなかった。

というのも、現実に大神および日出の経済活動の大半を別府グループが占めていたからだ。

当然ながら税収入も半端ではないし、議員や町長宛の献金もよく行われていた。

現代では企業から政治家に対する献金というのは、時として賄賂と同等の悪行であるかように見られることもある。だが、企業とてある程度の行動のフリーハンドを情報、そして公共事業への参加権利を得るためには政治家への働きかけが必要不可欠である。企業として出来ることは彼ら政治家の後援となって資金と票を提供することである。

どこぞの経団連の会長が言っていることでもあるが、そうしたこともまた一種の社会貢献でもあるのだ。


義男や雷蔵とて根は善人ではあるがきれいごとだけでこの世を渡っていけないこと位は承知していた。


あからさまな賄賂を贈らないだけはるかにましというものである。



今回の場合でも日出は外国人の居住区域の提供を許可した。


日出としても、人口増による税収増は嬉しいことであった。

一応、治安の悪化が懸念されているが、それは雷蔵たちが地元の警察などと連携して当たっていくことを約束したりしたことなどから、当面は大丈夫とされた。

義男たち自身が彼ら技術者と面接して犯罪歴がないことなども確認していたこともあるが・・・。

言語などにおいても、居住区の近くに日本語学校を設置することが決定した。



この後、日出の町にはドイツ人やユダヤ人を中心とした外国人が多く居住することになり、後に日出の一角にドイツ人街と呼ばれる地域が出来上がることとなる。彼らは日本にやってきた当初は戸惑いを隠すことが出来なかったが、その後には住めば都ということで居つくものも多く出るようになったりする。

どうやら犯罪など地元と問題を起こすものもほとんど出ることもなく、平穏な内に溶け込むことが出来たらしい。


日出市にはその後洋食屋やビール工房が多数出現するようになり、海産物に加えてソーセージやビールが有名になっていくのだが、それが全国的に知れ渡るようになるまで結構長い年月がかかることになるのだが、そんなことになるなんてことは当事者たる義男は当然のことながら知らないしわかるわけがない。



どうも、皆様もうすっかり秋ですね。

私はおはぎを食べながらss書いていたりします。

できれば8月中にもう一つ上げたかったのですが、ネトゲのイベントや他に書きたいものがありましたので・・・


今回は少し短めですね・・・ちょっと話がうまく考えられなかったもので、なかなかつなげられませんでした。次への反省にしたいと思います。


今回もまた何の脈絡もなく日出の開発話です。

実際、別府造船所のすぐ近くにある非常にインフラが整った町ですからね。ここを開発しない手はありません。

先日、私がいた大学に少し所用で行った際に図書館におじゃまして日出町史を読んだ結果、早速書こうと思い立ったわけです。時系列としては義男が帰ってきた後ですね。

元々別府よりも日出のほうが発展していた時期が結構あったようです。やはり城下町であるということやインフラが整っているところは強いです。


また、蛇足なのですが昔、まだ大学生だった頃にこの城の初代藩主のお兄さんの木下勝俊さんを主人公にした架空戦記をかこうと色々調べて断念したことがあったりします。


次からそろそろ義男が政治にかかわりだすかもしれません。

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