欲求
1920年6月某日
「ククク・・・」
梅雨のある日、義男は家の台所で怪しい笑みを浮かべながら一心不乱に何かを作っていた。
台所の入り口の影では、茜と雷蔵が震えながら義男を見つめていた。
気になるのならば声をかければいいというものだが、二人は怖がって近寄ろうとはしなかった。
なぜならば、義男の体からは瘴気のようなものが立ち上がり、目はどこか血走っていた。
その瘴気は良く目を凝らしてみれば『欲望』と書かれているようにも見えなくもない。
一体何が彼をそこまで追い立てるのだろうか?
・・・そもそも欲望とは何か?
それはイエスお兄さんだろうが、ヨシフおじさんだろうが、ヒュパティアお姉さんだろうが、聖徳太子だろうが・・・人間ならば誰もがもつ感情である。
それは睡眠欲であったり、食欲であったり、エロいことを悶々と考える桃色的性欲、これら三大欲求を中心にして、様々な欲求がある。
そして今、義男は激しく欲求不満であった。
別に睡眠はしっかりと取れている。
サビ残上等というクソな上に非合理的な扱いしかしない現代社会と違い、この時代はまだ社会を生きる人々にそれなりにゆとりの取れた生活を送ることができた。
勿論、残業はあったが、それでも神経をすり減らし続ける現代社会よりはマシだ。
(もちろんその背景にはいろいろなものがあったのだが、その一端は前話で触れたこともあるので、今回は割愛させていただく)
大戦が終わってそれなりに造船所でもゆとりができていたこともあって末端の社員でも定時に帰宅することもできていた。
(言い方を変えれば仕事が少なくなったとも言い換えることが出来るが・・・)
ましてや義男は別府造船所の重役である。
だから、睡眠時間はしっかりと取れていたのだ。
性欲か?
確かに、義男とていかにヘタレているとはいっても一応は男である。(多分)
どこぞの活動家が望むような聖人君子たるいわゆる僧職系男子などでは断じてない!(坊さんも結婚したりしますし、現実はこんなもんです。)
それに、義男には現在茜というロリ嫁がいる。
もう祝言も挙げたこともあって、さすがにいかなヘタレな義男と言えど、手を出してもいる。
では肉体的に不満なのか?
確かにこの時代、日本人の体系は現代のそれに比べてかなり小柄であった。
原因としては肉類をまだあまり取らないことが原因とされていた。
現代では標準である170センチでもわりと大柄扱いされていたほどである。
ちなみに茜の身長は150センチそこそこであった。
つまり、ロリである。
だが、義男としては乳魔人だったり、ダイナマイトなワガママボディもいいな~とは思っていたりはしたが、ロリでもいいじゃないか!という考えもあって対して不満を覚えることはなかった。
大和撫子な茜の性格も大きかったのかもしれない。
・・・別に、そんなことを言って見たある日、背後に包丁を持った茜がいたなんてことはない。(そんなことはありえないのです。)
ただ、義男の自宅にある書斎机の二段目の引き出しは二重底になっていると言うことだけは明記しておこう。
と言うわけで、別に性欲にも義男は不満を持っているわけではない。
では何か?
最大のものの1つが食欲であろう。
いや、というよりもこれが冗談抜きで一番大事だと思うが・・・。
はっきり言うが、この時代今の世の中で画面の前の読者諸氏がこの小説を読みながら食べているような柿ピーやポテチなどのいわゆるスナック菓子は陰も形も存在していない。
本格的にスナック菓子が出てくるのが1950年代後半から60年代頃だ。
ポテチ自体はもっと古くからあるが、それもまだ菓子としては定着していない。
いや、そもそもチューインガムとて日本でメジャーになるのはもう少し後の時代なのだ。(ちなみに、日本海軍は潜水艦の乗組員にチューインガムを配布していたそうです。虫歯予防のためだったらしい)
ついでにいえば、現代にあるような化学調味料なんてものは影も形も存在・・・いや、化学調味料というには少しほど遠いかもしれないが、我等が親友『味の素』など一部はこの頃にはすでに存在していたりするが、それでもまだまだ化学調味料は少ない。
天然由来のものばかりだから、体にはいいんじゃないのかと読者諸氏は疑問に思うかもしれない。
だが、義男はこう、ギトギトゴテゴテとしたものや、すっごく濃いものが食べたかったのだ。
なまじ記憶が残っているということは厄介なもので、義男は前世に食べたポテチや某デカ盛りラーメンなどといった料理の味をいまだ微かにだが残していた。
中には、緑色で馬鹿みたいに脂っこくて甘いスパゲッティなどもあったりはするが、深く考えてはならない。だからこそ、どうしても食べたいのだ!
ただ、ラーメンなどは実はもう既にあった。
およそ明治時代には中華街でぽつぽつと生まれており、初のラーメン専門店である来々軒が誕生したのもつい10年ほど前のことだ。
だが、悲しいかな別府造船所のある大神村や日出町、別府は未だに田舎町。
そんなものは、ない。
ちなみに、ここから一番近くでラーメンが食べられそうなのは長崎か神戸、あと博多くらいだろう・・・いずれも日帰りでは無理である。
だが、義男が食べたいのは正確にはラーメンではある。だがラーメンではない。
義男が食べたかったのは、みょんに味の濃いうえに揚げてすらいない。おまけに浮いてくる具はほんのちょっとの乾燥ネギ・・・そのくせにどこかボソボソとしたインスタント麺であった。
義男はインスタントラーメンが食べたくて食べたくて仕方がなかったのだ。
前世でも義男は残業中によくインスタント麺を作って食べていた。
おかげで30代になってすぐに危うく痛風になりかけたり、健康診断の結果人間ドックに引っかかりそうになったこともしばしばであったが、まあそれは置いておこう・・・
ただはっきりしていることは、人間というものは、自身が不思議がるほど欲深いもので、特に一度感じた幸福感や刺激はそう簡単には忘れられないものである。
ましてや、聖人君子でもない愚凡なる義男である。
アニメやゲームが出来ないことは前世ではヲタリーマンであった義男にとってはそれはそれは悲しいことではあったが、まぁ、それはまだぎりぎり我慢できる。
しかし食欲だけはどうしても無理であった。
普段の義男はそうした欲望は必死にひた隠しにして趣味の釣りや仕事でごまかしていた。
だが、いくらなんでも限界であった。
だからこそ、彼は思いついた。
「だったら自分で作っちゃえばいいんじゃね?」と・・・
その日から、義男にとっての苦難の日々が始まることとなる。
義男は炊事洗濯掃除といった家事は一通りできる。(ただし裁縫は無理)
そのため、時々茜と一緒に家事をしていたりすることもあるし、結婚する前はこの家の家事は母を早くになくしていたことなどもあってか義男が実質的にやっていたようなものだ。
そのため、料理などお手の物だった。
だが、料理ができるということと、食品開発ができるということは全く別次元の話である。
インスタント麺自体の作り方は現在主流になりつつあるノンフライ面は別にして実はシンプルである。麺を油で揚げた後、乾燥させて水分を飛ばせばはい出来上がり、後は麺自身に味を練りこむなり粉のスープを用意するなりお好みに合わせればよい。
まぁ、それがなかなか難しいのだが。
だが、それが分かるのはずっと後のことである。
何が言いたいのかというと、インスタント麺の作り方を義男は知らないのだ!
というか、ラーメンの作り方自体知らない。
ということで、試行錯誤はひどい出来の連続となったりする。
ある時は、「確か豚骨使っていたからとりあえず放り込めばいいんじゃね?」
と、豚骨を適当に放り込んだら京都発祥の某ドロドロゴテゴテラーメンを10倍くらいひどいものにしたような感じのゲテモノになったり(あれは結構野菜も溶かしているらしいですね。)
またあるときはスープに使っていた酒が気化して引火したりして鍋そのものが吹っ飛んだり
ある時は形容しがたい何かにもなったりした。
それでも頑張って麺をスープに練りこんだまではよかったが、その後どうやったらあの固い麺にできるかわからず、乾燥させてみたらなんかボロボロになってしまったり・・・
そして気がついたら
「あれ、俺ってラーメン屋だっけ?」と気がついて必死になっていた自分自身にドン引きをした。
後、「変なもんなんて作らず仕事しろよ」と雷蔵に怒られたりもしたりするが、それほど気にしてはならない。
不況のせいで船がほとんど売れなくなって、そのために仕事でストレスがたまっていたこともあったのだから、多めに見てほしいものである。
それが大体ここ1~2ヶ月の義男の動向である。
そんな感じにラーメンひとつまともに作れないものだからして、インスタント麺なんてそう簡単に作れるわけがない。
そんなわけでいつもの考えが起こった。
『分からなかったら他人に丸投げすればいいじゃない!』というやつである。
「ちゅうわけなんや。」
「いや、さらさらあばけんかりね?(全然分かんないからね?)」
義男が今話しているのは近所の定食屋の親父の権兵衛さん。
義男もよくお世話になっていた。
最近は仕事で大神に来る人間も増えたので繁盛しているんだそうだ。
つまり、餅は餅屋というやつということだ。
義男自身で開発するのをあきらめたともいえるが・・・。
「 じゃきー、その、いんすたんとめんとかいう物を作ってほしいと?」
「じゃーいうこと。」
「湯をかけたら麺が柔らかくなって、しかもその湯がスープに変わる・・・か」
斉藤権兵衛は怪訝そうな顔をしながら言った。
「どげーか?」
「出来ないことはない・・・と思うな。湯をかけたら柔らかくなるのは支那の揚げ麺がじゃーだし。ただ、味をつけるか・・・それは難しいな。」
「なんで?練り込めばいいんじゃないか?」
「バラバラになりやすいのよ・・・だが、面白いな」
「やろ?」
「まぁ、やってみるわ」
それだけ言うと、権兵衛はヒラヒラと手を振って厨房へと入っていった。
(さて、何をどうすべきか・・・)
小麦粉で練ったラーメンを見つめながら権兵衛はひたすら思案にふけった。
味付けをするには、スープがどうしても必要だ。
通常ならば、その場で作ったり、魔法瓶なり何なりにスープをつめて、それを適時使用するということを考えたりするものだが、どうしてもそれではかさばってしまう。
義男はそれに対する答えとして麺そのものに染み込ませるということを考え付いているようだった。
(もちろん、前世での知識を使ったものではあるが)
確かに、これならばお湯さえかければ麺は柔らかくなるし、スープもついてくる。
もちろん、スープ自体を粉末化するというのもひとつの手ではあるが、粉末化というものには相応に手間がかかるものである。
悪くない。
ということで、早速作ってみたのだが、それは義男以上に試行錯誤の連続となってしまうこととなった。
彼もまた凝り性の職人であったのだ。
だが、問題も多い。
麺事態はある程度小さくなると入ってもそれは言うほどでもない。
そのため、ある一定の長さが必要であること。
揚げすぎたら、ばらばらになったりから揚げになったりすること。
などである。
また現代日本の場合は、麺をブロック状に固めてしまってなんとかするものだが、この時代ではいまだそれに必要な麺の糊化技術が開発されてはいなかった。
また、油で揚げるだけではなく、揚げた後すぐに乾燥させるために火で軽くあぶる必要があったのだが、それもまた調整で一苦労することになる。
下手をすればこれでばらばらになる可能性だってあるのだ。
結果、なんとか作ってみたので義男と二人で試食してみたのだが・・・
「・・・なんか、これじゃない」
「食いにくい・・・」
麺はくっついてしまっており、なかなかほぐれない上にどこかボソボソとしたものであった。
また、出汁自体もそれほどよく出ているとは言いがたいものであったし、第一とても薄いものであった。
諸君はラーメンのきれっぱしみたいなお菓子に湯をかけてみたことがあるだろうか?
あれはなかなか膨れない上に、出てくるスープはとても薄いものであるのだ。
これと同じ現象が今回出たのだといえる。
もともと、日清のチキンラーメンに代表されるようなインスタント麺に使用されるスープというものはかなり濃く出来ているのだ。
くわえて、水分が十分に飛んでなかったこともあって、賞味期限も低いものであった。
まぁ、初めてなのでこんなものといえばこんなものだろうか?とも言えるのだが・・・。
大体義男が食べていたものは初期のものよりも非常に精錬されたものであったこともあげられる(ノンフライ麺とかみたいなの)
ただ、アイディア自体はよく、その後斉藤と義男は暇を見つけてはあげる前の麺に油を塗り込んだり、スープの濃度を変えてみるなど改良にいそしむことになる。
その後、どうしてもインスタント麺を食べたい義男と職人である斉藤の執念の結果一応食べられるレベルのものは出来るようになるのだが、だがこれの完成は数年後であった。その後、それを評価した別府グループはそれを商品化するのだが、それが広まるのもそこからさらに数年を待たねばならない・・・。
ただ、はっきりしたことは、人間の執念というものや恐るべきものであるということであろう。
この後、この別府造船所印のインスタント麺はその後の日本の文化に大きくかかわってゆくことになるのだが、それが本格化するのはもう少し後の話になる。
皆様お久しぶりです。
二ヶ月ぶりに揚げました。
艦これやってたら気がついたら二ヶ月経過していてちょっとびっくりしています。E1越えたはいいものの燃料とバケツ使いすぎでしばらく動けねぇ・・・誰だ寝ボケて虎の子の第一艦隊投入した馬鹿(※私です)は・・・orz
今回は即席めん開発のお話です。
本当はプロジェクトXもしくはA的な感じにしたかったのですが、なんかこんなのになってしまいました。
もっと当時の文化紹介などをしたかったですが・・・次の機会ですね。
実際、未来の味を知っている義男ですので、このころの食文化にどこか不満を覚えるかもしれないとインスタント麺たべながらふと思いました。
その代表例の一つがこれでしょう。湯を少なめに入れたら妙に濃くなりますし、なんかボソボソします。・・・
で、調べてみたら結構造るのが簡単でしたので、今回やってみることにしました。本格的に出てくるのは・・・もう少し後ですね。
次はまた義男が悩むことになりそうです。
・・・もういっそのことこの作品のタイトルを『とある転生者の憂鬱』にでもしようかな?
つまりあれです。義男の右手がうずくようになります。(※冗談です)




