56話「王の帰還」
国境近くの街
「大国に勝てるわけなかったんだ!」
「戦争なんて」
「最初から無謀だった!」
「王弟が」
「全部悪いんだ!」
敗戦の知らせから。
数日。
街には。
怒りと不安が。
広がっていた。
「公開処刑だって?」
「自業自得だろ」
「あいつが」
「戦争を始めたんだ」
「…………」
その人混みを。
一人の男が。
歩いていく。
「……誰だ?」
「知らねえ」
豪華な服を。
着ているわけではない。
だが。
背筋は伸び。
その歩みに。
迷いはない。
「どこかの貴族か?」
「さあ……」
「でも」
「なんか……」
人々の視線が。
自然と。
男へ集まっていく。
男が。
足を止めた。
「聞いてくれ」
大声ではない。
それでも。
不思議と。
よく通る声だった。
少しずつ。
人々が。
口を閉じていく。
「お前たちの言う通りだ」
「この戦争は」
「終わらせなければならない」
「…………」
「だが」
「王弟を」
「見捨てるつもりはない」
「何言ってんだ!」
「あいつが始めたんだろ!」
「そうだ!」
「自業自得だ!」
男は。
黙って。
その声を聞く。
「そうかもしれない」
「弟は」
「間違えた」
「多くの兵を」
「死なせた」
「…………」
「私から」
「国すら奪った」
「…………?」
人々の表情が。
変わる。
「弟……?」
「今」
「私から国をって……」
「まさか……」
男が。
続ける。
「それでも」
「私は」
「あいつを」
「死なせない」
「…………」
誰かが。
男の顔を。
じっと見る。
「王……?」
「…………」
「あの方……」
「陛下だ」
「王が……」
「生きていた……」
ざわめきが。
広がっていく。
王は。
その声が収まるのを。
待たなかった。
「私は」
「お前たちに」
「戦えとは言わない」
「進めとも言わない」
「これ以上」
「誰かに」
「死ねとも言わない」
「…………」
「だが」
「弟を助けるかどうかを」
「誰かに」
「決めてもらうつもりもない」
王が。
人々を見る。
「これは」
「私が決めたことだ」
「私は」
「弟を」
「連れ戻す」
「…………」
歓声は。
上がらなかった。
だが。
誰も。
王を罵ることもなかった。
人々は。
ただ。
その男を見ていた。
王国の王を。
◇
街を出る。
王の後ろには。
ジョーカー。
そして。
スペード。
「陛下」
「何だ?」
「随分と」
「王様らしくなりましたね」
「そうか?」
「ええ」
「以前なら」
「民が何を望んでいるのか」
「悩んでおられました」
「…………」
「今は」
「聞かないのか?」
「聞きましたよ」
「…………」
「その上で」
「私が決めた」
「…………」
ジョーカーが。
少し笑う。
「それはそれは」
「面倒なものに」
「なられましたね」
「何がだ?」
「王に」
「ですよ」
◇
街道。
前方に。
兵の一団が見える。
鎧は傷つき。
包帯を巻いた者もいる。
敗走した。
王国軍。
その先頭に。
ガレスがいた。
「…………」
ガレスが。
足を止める。
王を見る。
「お前……」
「生きてたのか」
「ああ」
「…………」
「そうか」
そして。
王の隣を見る。
「…………」
スペード。
「ずいぶん」
「やられたようだな」
「うるせえ」
ガレスが。
スペードを見る。
「お前も」
「人のこと」
「言えねえだろ」
「…………」
「そうだな」
「相変わらず」
「死なねえな」
「お互いにな」
ほんの少し。
ガレスが笑った。
「ガレス」
王が。
口を開く。
「弟は?」
「…………」
ガレスの笑みが。
消える。
「捕まった」
「生きてはいる」
「そうか」
「…………」
ガレスが。
拳を握る。
「俺が」
「戻れなかった」
「…………」
「俺が」
「もっと早く」
「気づいてりゃ……」
「ガレス」
スペードが。
遮る。
「何だよ」
「今さらだ」
「…………」
「責めねえのか」
「責めて」
「戻ってくるなら」
「いくらでも責める」
「…………」
「今は」
「連れ戻す方が先だ」
「…………」
ガレスが。
スペードを見る。
「そうだな」
◇
「俺は」
「殿下を助けに行く」
ガレスが。
王を見る。
「俺もだ」
「…………」
「勘違いすんなよ」
「俺は」
「お前の下につく気はねえ」
「構わない」
「目的が」
「同じならいい」
「…………」
スペードが。
ガレスを見る。
「また」
「同じ戦場だな」
「今度は」
「敵じゃねえみたいだな」
「そのようだ」
「なら」
「背中は任せた」
「勝手にしろ」
ガレスの後ろには。
生き残った兵たち。
スペードの後ろにも。
王と共に。
ここまで来た兵たち。
かつて。
刃を向け合った。
二つの軍が。
同じ場所に。
並んだ。
◇
「処刑は」
「三日後だ」
ガレスが。
地図を広げる。
「場所は」
「この要塞都市」
「正面から行く」
「俺が道を開ける」
「無理だ」
スペードが。
即答する。
「…………」
「珍しいな」
「お前が」
「俺を止めるのか」
「一度」
「それで負けただろ」
「…………」
「うるせえ」
「事実だ」
「…………」
ガレスが。
舌打ちする。
王が。
地図を見る。
「正面からは」
「行かない」
「じゃあ」
「どうする?」
「…………」
王が。
顔を上げる。
スペードも。
ガレスも。
同じ方向を見る。
「…………」
ジョーカーが。
自分を指差した。
「なぜ」
「皆様」
「私を見るので?」
「三日しかない」
王が言う。
「弟を」
「連れ戻せるか?」
「…………」
ジョーカーが。
地図を見る。
要塞。
城壁。
処刑場。
そして。
大国軍。
「…………」
口元が。
ゆっくりと上がる。
「陛下」
「三日しか」
「ではありません」
「…………」
「三日も」
「あるのですよ」




