日常編17 長兄と馬とともに
ブラック・ドラクーン改めてブラック・ドラクシアは、すごい馬であるらしい。
お兄様の背中に掴まりながら、彼女の背に乗ったことで、それがよくわかった。
ドラクシアは、二人を乗せているというのに、力強い走りを見せている。いくら私が子供だからといって、それなりの重さがある思うのだが。
「ブラック・ドラクシア……流石だ。ブラック・ドラゴの血を継ぐお前は、正に名馬といえよう。この俺とクラリアを、どこまでも運んでいけ」
「あの、お兄様……」
アドルグお兄様は、結構テンションが高かった。
乗馬が趣味というか、馬が結構好きならしい。それは、初めて知ることであった。
楽しそうにしているお兄様を見ていると、私もなんだか楽しくなってきた。
いや、実際に楽しいものである。乗る時は怖かったものの、こうして風を切ってドラクシアが進んでいくのは気持ちがいい。
「どうどう、ブラック・ドラクシア、落ち着け。ゆっくり、ゆっくりだ」
「ブルル……」
しばらく走った後、アドルグお兄様はドラクシアに声をかけた。
手綱も引いているのだろうか。ともあれ、ドラクシアは速度を緩めた。アドルグお兄様の指示に、忠実に従っているようだ。やはり彼女は、賢いらしい。
「さて、この辺りで一度休憩とするか……クラリア、下りるぞ?」
「あ、はい……」
「俺が先に降りる。少しの間、ドラクシアに掴まっておけ」
「あ、はい。ドラクシア、少し掴まるね?」
「ブルル……」
アドルグお兄様に掴まっていた私は、ドラクシアの体に手を添えた。
彼女は、それにも特に動揺することはない。むしろ、私が落ちないようにどっしりと構えてくれているくらいだ。
「よし……クラリア、俺が受け止めよう」
「あ、はい。ありがとうございます、アドルグお兄様……」
ドラクシアから下り、手を伸ばしたアドルグお兄様の体に私は掴まる。
それでなんとか、下りることができた。それなりの高さはあったけれど、アドルグお兄様とドラクシアのお陰で、怖くはなかった。
「さて、クラリア、少し休むとしよう。ふむ、あちらが木陰な。ドラクシア、お前も来い」
「ブルル……」
「あの、お兄様……?」
お兄様は、歩みを進めた。私を抱いたままで。
それは、どういうことなのだろうか。別に私も、一人で歩くことができるのだが。
「下ろしてもらっても、いいですよ?」
「あそこまでだ、そう大した距離ではない。お前にわざわざ歩かせるまでもない」
「いや、それは……」
確かに、木陰は目と鼻の先である。しかしだからといって、このまま進む必要があるとは思わない。私は疲れても怪我してもいないのだから。
でも、アドルグお兄様はなんだか、下ろしてくれなさそうだった。それがどうしてなのか、私は少し考える。
その中で、ドラクシアが視線に入った。彼女はつぶらな瞳をしているが、どこか怪訝そうな顔をしているような気がする。
「……アドルグお兄様、ドラクシアと張り合っているとかですか?」
「……」
そこで私は、一つの可能性に思い至った。
私達をここまで運んできたドラクシアに、お兄様が張り合っているのではないかと。
いや、流石にそのようなことはないだろうか。いくらアドルグお兄様でも、馬と張り合うなんて。
「……そのようなことはない。ドラクシアは俺の愛馬だ。わざわざ張り合う必要もあるまい」
「……」
「……」
アドルグお兄様の言葉に、私はドラクシアの方を見た。多分、彼女も私の方を見ている。馬の視野は広いらしいけれど、私達の目は合ったといっていいと思う。
少なくとも、気持ちは同じであった。アドルグお兄様は、ドラクシアと張り合っている。これはもう、間違いない。
「アドルグお兄様、馬であるドラクシアと張り合うなんて、そんなのはおかしいですよ。彼女はアドルグお兄様よりも体が大きくて、足も速いですから」
「張り合ってなどいない。しかし、お前を下ろすつもりはない。お前をあの木陰まで運ぶのは、兄であるこの俺の義務だからな」
「やっぱり張り合っているじゃないですか……」
アドルグお兄様は、明らかに張り合っていた。強く否定すればする程、それが図星であると露見するくらいには。
どうして、そんなことになってしまったのだろうか。アドルグお兄様とドラクシアは、人と馬で、全然違うというのに。
「……ブルッ」
「……ドラクシア? なんだ、今のは?」
そこで、ドラクシアは鼻を鳴らした。それはなんというか、アドルグお兄様を嘲笑っているかのようであった。
お兄様もそう思ったのだろうか。彼女に鋭い視線を向けている。しかしそれはなんとも、大人げないような気がしてしまう。
「アドルグお兄様、落ち着いてください。ドラクシアは、別にお兄様のことを笑った訳ではないですよ」
「クラリア、いくらお前と言えども、今のをそう言うのは無理があるというものだ。この名馬は、今この俺のことを間違いなく嘲笑ったのだ」
「ブルルッ……」
お兄様に対して、ドラクシアは首を横に振った。
でも多分、それは嘲笑ったことを否定する動作ではない。彼女は恐らく、呆れているのだ。アドルグお兄様の振る舞いに。
彼女は本当に、賢い馬である。だからこそお兄様は、彼女を名馬と呼ぶのかもしれない。今はその賢さ故に、呆れられている訳なのだが。




