日常編11 長兄の役目(アドルグ視点)
社交界における交流の場というものは、多くの人が訪れるものだ。
その者達は、もちろん素性はしっかりとしている。舞踏会であろうとお茶会であろうと、不審な者が侵入する余地はない。警備がずさんな場合もあるが、そういった所に弟妹を赴かせることなどはない。
しかしそんな者達であっても、時には重大な過ちを犯す。病魔に犯されておきながら、そういった場に参加する者がいるのだ。
そこから感染が広がるということが、稀にある。無論、自覚がなくそうした者を咎めようとは俺も思わない。だが仮に症状が出ていたというならば、万死に値する行いだ。
「アドルグ兄上、お呼びですか?」
「ウェリダン、よく来てくれたな。今日はお前に、少し相談したいことがある」
「……予想はついていますよ。クラリアのこと、ですね?」
「ああ、クラリアは最近、とあるお茶会に参加した。招待されたものだ。ロヴェリオとともにな」
「もちろん知っていますよ、兄上」
聡明なる我が弟ウェリダンは、俺が全てを言い切る前に発言の意図を理解したらしい。
話が早くて、助かるというものだ。しかし流石は我が弟だ。これが、兄弟の間で通じ合っているということか。
いやウェリダンならば、例え相手が俺でなくとも理解したことだろう。それは偏に、こいつが優秀だからといえる。
その優秀さは、いつも俺を助けてくれている。ウェリダンがいなければ解決できなかったことは、いくつもあった。弟に頼っているとは、俺もまだまだ未熟なものだ。
「クラリアはあのお茶会に参加してから、少し体調が優れない」
「ええ、心配ですね……」
「まったくだ……っ! 今すぐにでも見舞いに行きたい所だが、俺は責任ある立場だ」
「そうですね、兄上が病魔に犯されれば、困ることになります。父上も体調が優れませんからね……」
現在、ヴェルード公爵家では問題が起きてる。風邪が流行り始めているのだ。
原因はわかっている。クラリアが先日参加したお茶会だ。その参加者の何名かが、風邪を訴えている。
「……お前には、お茶会に参加した誰が風邪の根源であるかを調べてもらいたい」
「なるほど、そういうことでしたか」
「ああ、見つからないというのならば、それで構わない。だが仮に何者かが風邪の症状を自覚しておきながらお茶会に参加したというのならば、その者には罰を与えなければならない」
「そうですね……クラリアに、風邪を移したのですから」
風邪の原因に関しては、調査を行うべきことであった。
どこかの馬鹿が風邪を自覚しておきながら、お茶会に参加していたというならば。
クラリアはその愚か者のせいで、苦しんでいるということになる。それを許すことなどできない。
「本来であれば、お前の手など煩わせたくはないのだがな……」
「兄上はヴェルード公爵家の領地の管理に忙しいのですからね」
「ふっ、お見通しか……問題というものは、次から次へと湧いて来るものだ。こういう時であっても、いやこういう時だからこそ、むしろ多くなっているといえるか。社交界で風邪が流行っている以上、民も不安になるというものだ」
父上が病魔に犯されているということもあって、現在のヴェルード公爵家の領地に関することは俺が取り仕切るしかない。
母上もいるが、父上は有事の際には俺に決定権を与える。最終的な決定を下すのが俺である以上、仕事の量は必然的に俺に集中することになる。
「端的に言ってしまえば、手いっぱいだ」
「当然ですよ、兄上とて人の子なのですから。しかし、それを恥じる必要などはありませんよ。このような有事の際に対応するために、僕達はいるのですから」
「……お前達がいてくれて、本当に良かったと思っている。俺は良き弟妹を持ったものだ」
「褒めても何も出ませんよ。しかし、事態が解決してくれると良いですね。とにかくクラリアのことが心配です」
「……そうだな」
ウェリダンであっても、今回の件については不安を抱いているらしい。クラリアの身にもしものことがあったら、そう考えているのだろう。
この弟は聡明であるが故に、常に最悪の場合を頭に浮かべる。それがあり得ないことではないと、わかっているのだ。
「……とはいえ、何事も悪しき方向に考える必要もあるまい」
「兄上、それは……」
「お前があらゆる想定をしていることは、理解している。しかしその上で言っておく。クラリアは大丈夫だ」
「……なるほど、兄上がそう言うのならば、そうなのかもしれませんね」
根拠のない言葉に対して、ウェリダンはゆっくりと頷いた。
少しはこの弟の憂いを、払ってやれたということだろうか。そうであるならば、この俺も兄としての役目を一つ果たせたということになる。
だが喜んではいられない。クラリアを助ける。俺は、兄としてそれを果たせなければならない。




