日常編1 三人でのお出掛け
ヴェルード公爵家の領地というものは広い。私がいた村から大きな町など、様々な場所があるそうだ。
その町の一つに、私は訪れていた。隣にいるのはアドルグお兄様、それからロヴェリオ殿下だ。今日は二人とお出掛けなのである。
「まあ俺としては、なんだか少し釈然としない所もあるんですけどね?」
「そうなのですか?」
「いやだって、せっかくなら二人で出掛けたかった所だろう?」
「それは……」
ロヴェリオ殿下は、今回のお出掛けについて思う所があるようだった。
その気持ちは、わからない訳ではない。私もロヴェリオ殿下と二人きりでお出掛けというものには、確かに憧れがある。
とはいえ、私はアドルグお兄様のことも好きだから、三人でお出掛けというのも嫌ではない。それとこれとは、なんというか話が別なのである。
「……ロヴェリオ、まるで俺が邪魔であるかのような口振りだな?」
「え? いや、まあ、そう言っているんですけど……」
「うくっ……! なるほど、無論俺とて、お前達の気持ちがわからない訳ではない。しかし、まだ年端もいかぬお前達を二人で出掛けさせるなど、俺には認められない」
「護衛もいるんだし、その点に関しては大丈夫だと思いますけど?」
アドルグお兄様の言葉は、少し弱々しかった。
アドルグお兄様はロヴェリオ殿下のことも弟のように思っているので、普通に傷ついているのだろう。
ロヴェリオ殿下にとっては、今のは恐らく戯れでしかない。お兄様もそれはわかっているとは思うが、それでも心が揺れてしまうのがアドルグお兄様なのだ。
「護衛もいるというならば、元より二人きりという訳にもいくまい」
「それは別ですよ。護衛に関してはもう、一々気にはしません。ずっとそうでしたから」
「まあ、その気持ちはわからない訳でもない。だが、俺がいるからといって遠慮する必要はあるまい。クラリアと仲良くしたいならば、この俺の前で堂々とするがいい」
「いや無理ですよ、そんなの恥ずかしいし……それに、アドルグ兄様の目がちょっと怖い時がありますし……」
アドルグお兄様の言葉に、ロヴェリオ殿下はゆっくりと首を横に振っていた。
彼の表情からは、嫌気というものが伝わってくる。本当にアドルグお兄様の視線が、怖いということだろうか。
それに関しては、私にはよくわからない。基本的に、いつも温かく見守ってくれているように思うのだが。
「お前達に鋭い視線などを向ける訳があるまい。俺にとっては可愛い妹と従弟だ。邪険に扱うなどということはあり得ない」
「それでも、クラリアの婚約者ってやっぱり気に入らないとかじゃないですか?」
「ふっ……」
ロヴェリオ殿下の指摘に、アドルグお兄様は笑みを浮かべた。
その笑みはなんというか、少し怖いような気もする。もしかしたら今の指摘は、図星だったということだろうか。
そういった表情に関しては、私にも覚えがある。エフェリアお姉様の婚約者であるレフティス様などに対して、アドルグお兄様はよくそういう表情をするのだ。
ウェリダンお兄様の婚約者であるナルティシア嬢などにはそうはならない。どうやらアドルグお兄様は妹の婚約者に対して、そうなってしまうことがあるようだ。
それがロヴェリオ殿下にも発揮されているということだろうか。従弟として可愛がっているはずなのに。
「仮に俺がお前にそういった視線を向けていたというなら謝罪しよう。これに関しては、性分といえるかもしれん。妹を守るのは兄の義務だ……故に妹の婚約者に対しては、つい厳しい視線を向けてしまうのかもしれないな」
「……嫉妬しているだけじゃないんですか?」
「断じて違う。これは兄としての義務だ」
疑心の目を向けるロヴェリオ殿下に対して、アドルグお兄様は胸を張っていた。
こういう時のアドルグお兄様は、いつも自信満々だ。そういった所は見習わなければならないと、いつも思っている。私もいつかは、堂々と発言できるようになりたいものだ。
「そもそもの話、俺はお前のことも今は守らなければならない存在だと認識している。弟……お前の場合は従弟である訳だが、何にしても下の子を守るのが兄の務めだ。故にお前に敵意などある訳もない。例えクラリアの婚約者だからといって……」
「いや、今も表情が険しいんですけど……」
「これはクラリアの婚約者という言葉を口に出すことが、おぞましいことだからだ。お前に対して思う所がある訳ではない」
アドルグお兄様は、確かに少し表情を険しくしていた。
やはりお兄様は根本的に、私の婚約ということに対して忌避感があるようだ。ロヴェリオ殿下という信頼できる人が相手だとわかっていても、その意識が抜けきっていないのかもしれない。
「ままならぬものだな、兄というものは……」
「……アドルグ兄様が変なだけのような気もしますけれど?」
「ふっ、馬鹿を言うな。俺が語っているのは兄としての一般論に過ぎない。お前の兄達も恐らく同じ気持ちであるだろう」
「いや、兄上達もちょっと変ですし……」
ロヴェリオ殿下は、アドルグお兄様の言葉に苦笑いを浮かべていた。
それを聞きながら、私は思い出す。ロヴェリオ殿下以外の王子様方のことを。
私が実際に会ったのはリチャード殿下だが、彼は別にアドルグお兄様のような感じではなかったような気がする。優しい方だとは思ったが、実は結構過激だったりするのだろうか。
「ふっ、そう言うな。これでも兄というものは色々と考えるものなのだ」
「もちろん、アドルグ兄様にも兄上達にも敬意は覚えていますよ? ただなんというか、こと兄弟の関係においては少々変な所があると言いますか……いや、それはもう今更ですから、何を言っても無駄なんでしょうけど」
「……ふむ、さてここだな」
そんな風に話している内に、私達は目的地まで辿り着いていた。
そこはアドルグお兄様が行きつけの飲食店であるそうだ。それは町の片隅にある店で、なんというかあまり高級そうには見えない。
貴族であるお兄様の行きつけというのだから、てっきり高い店かと思っていた私は、少し驚いてしまう。ただ事前に含みがあるような言い方もしていたので、ある意味では納得だ。
「ここが、アドルグお兄様の行きつけの店、なのですか?」
「そうだ。意外だったか?」
「そうですね……貴族の方は、こういった店には行かないものだと思っていましたし」
「……まあ、実際に行かないさ。迷惑だってかかるしな」
「その点については、問題はない。ここの店主とはお互いが先代の代からの長い付き合いだ」
アドルグお兄様は、例によって堂々と店の戸を開けた。とりあえず私とロヴェリオ殿下は、それについて行く。
すると、店の中の光景が目に入ってきた。まばらに人がいて、その視線が一斉にこちらを向けられたため、なんだか少しいたたまれない気分である。
「店主よ、俺だ」
「……え? アドルグ様?」
アドルグお兄様が声をかけると、店主らしき若い男性は慌てた様子で出てきた。
それで結構、嫌そうな顔をした。アドルグお兄様の来訪は、彼にとっては良いものではなさそうである。その時点で、事前に聞いていたことと違うような気もするのだが。
「三名だ。席を用意してもらおうか?」
「三名? ああ、ロヴェリオ殿下……? それからそちらは……」
「俺の妹だ」
「あ、例の……いえ、すみません。えっと、それならあちらにどうぞ」
店主らしき若い男性は、私の顔を見て目を丸めていた。
当然のことながら、ヴェルード公爵家の隠し子の話は耳に入っているのだろう。その隠し子の来訪に、驚いているのかもしれない。
ただ席に案内された時点で、周囲の視線は消えていた。ヴェルード公爵家の令息や王子がやって来たというのに、皆特に気にせず食事を勧めている。
「……なんだか、不思議な所だな?」
「ここはそういう場所であるということだ。さて、お前達は何か食べたいものはあるか? メニューはこれだ」
「わあ……」
席に座った私は、アドルグお兄様にメニューを見せられて、思わず感嘆の声を出してしまった。
そのメニューに書いてあるものは、小さな村で育った私にとっては憧れともいえるようなものばかりだったからだ。
貴族として高価な食事は取らせてもらっていたが、ここにあるようなものはあまり出てこない。だから思わず、少しわくわくしてしまった。
「あ、すみません……」
「恥じることではあるまい。しかしどうやら、クラリアはこの店のメニューに馴染みがあるようだな?」
「馴染みがあるという訳ではありませんが……そうですね。知っているものが多いです。その、母と本当に何度かこういった町で食事をする時に、そこでしか食べられなかったものと言いますか…」
アドルグお兄様の質問に答えながらも、私は少し縮こまっていた。
なんというか、はしゃいでしまった自分が少し恥ずかしくなってきたのだ。
私は、隣に座るロヴェリオ殿下の方に視線を向けてみる。お上りさんのような態度だった私を、彼はどう思ったのだろうか。
「……」
「ロヴェリオ殿下?」
「え?」
すると、ロヴェリオ殿下と目が合ってしまった。
彼はこちらを向いたまま、固まっていたらしい。はしゃいでいた私のことを、ずっと見ていたということだろうか。それなら恥ずかしいのだが。
「あの、ロヴェリオ殿下……恥ずかしい所を、お見せしてしまいましたね」
「いや、恥ずかしいなんてことはないさ。そう、全然ないとも……むしろ、今の表情は可愛かったというか……」
「か、可愛い、ですか?」
「あ、その、今のは……いや、そう思っていたんだけど」
ロヴェリオ殿下の言葉に、私は面食らっていた。
可愛いという言葉が頭の中で何度も響いて、気付いた時には少し舞い上がっていた。
彼からそう言ってもらえることは、とても嬉しい。まだ恥ずかしい気持ちもあったが、それでも嬉しい気持ちの方が勝っていた。
「……」
「あっ……」
「え?」
そんな風に私達が浸っていると、なんだか対面から気配がした。
そちらに視線を向けてみると、アドルグお兄様がロヴェリオ殿下に対して鋭い視線を向けているのが目に入ってきた。
それを見たロヴェリオ殿下は、苦笑いを浮かべる。
「やっぱり、嫌なんじゃないですか」




