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第4話 幻術士ラゼル=メルメル

 魔王軍は、地球侵略の方針を見直していた。

 北海道、九州との連敗。いずれも“人里から離れた自然地帯”でのことだった。

「地球の生物は、魔力を持たぬ代わりに、物理的な暴力に偏っている」

 初期分析が正しかったことは証明されたが、それ以上の成果は得られていない。

 そこで、参謀長グルドゥ=メルメルは進言した。

「人間の文明圏に近づかねば、地球の全容は見えません。次は、あえて人里の近くへ」

 魔王ヴァル=グラドは頷いた。

「そなたの申す通りだ……踏み込まずして、何が得られるものか。」

 こうして魔王軍は、この付近で一番大きな島【ほんしゅう】の丘陵地帯――山と住宅地の境界へと進軍した。

 黒く塗り固められた道路の上、灰色の柱に掛けられた黒い線が朝もやにかすむ家影の中へと延びている。

 地球文明の息吹が漂うその地に、魔王軍は慎重に足を踏み入れた。

「……あれは……」

 ふと、誰かが黒い線の上に並ぶ存在に気づいた。

 漆黒の羽根。鋭い眼光。沈黙の群れ。

 魔王軍は足を止めた。

「鳥か?……それにしても、なんて禍々しい姿なんだ」

 参謀長が魔力スクリーンを開く。

「カラス。このあたりの島々【にほんれっとう】では一般的な鳥のようです」

「……あんなものが一般的にいるのか……?」

 気味悪がりながらも、魔王軍は進軍を続けた。

 次の瞬間、カラスたちは突然、カァカァとけたたましく鳴き立てた。

 その声は鋭く、耳を刺し、空気を震わせる。

 黒い影が電線の上で揺れ、羽音が不気味に重なった。

「……怒っているのか?」

 兵士の一人が呟く。

「そんなことはどうでもよい! 総員、迎え撃て!」

 参謀長グルドゥ=メルメルが叫んだ。

 カラスたちは、一斉に魔王軍に襲い掛かった。

 対する魔王軍兵士が、剣を振るえば、空を切るばかり。盾を構えても、頭上からの急襲には追いつかない。相手は小さく、素早い。

 一瞬のうちに乱戦に持ち込まれてしまった。

 羽ばたきと鳴き声が入り乱れ、視界も聴覚も混乱していく。

「ええい、まどろっこしい!」

 魔法兵が一網打尽をもくろみ、杖を天にかざす。しかし、全体魔法を使えば味方まで巻き込んでしまう。

「幻術だ。それならば、味方を多少巻き込んでも問題ない」

 参謀長が振り返り、後方に声をかけた。

「頼んだぞ、我が姪、ラゼル=メルメル!」

 深緑の外套に銀糸の刺繍を施した少女が、静かに前へ進み出る。

 外套の裾が風に揺れ、霧のような気配が漂う。

 まだ、あどけなさが残る顔立ち。だが、その瞳は冷たく澄み、戦場の喧騒を拒むかのようだった。

「お任せを」

 ラゼルは術式を展開し、霧の幻視を広げた。

 白い靄が地面から立ち上り、視界が歪む。

 魔王軍の兵士達の視界の中で、カラスの姿が複数に分裂する。ただでさえ多い敵が、さらに増え、それが動揺を呼び、動きを鈍らせる。

 それでも剣を振るうと、友の悲鳴が耳に突き刺さる。

「え……あれ? 味方にしか効いていない……?」

 幻術に惑う魔王軍を尻目に、カラスたちは霧の中でも正確に飛び、冷静に魔王軍の観察を続けていた。

 その飛び方には無駄がなく、互いの位置を把握し合っているように見える。

「なんで……なんで幻術が通じないの……?」

 ラゼルは考えた。

 魔力による幻術は、魔力の流れに干渉することで認識を歪ませる。

 だが、地球には魔力が存在しない。

 だから――

「魔力のない環境で育った生物に、魔力による幻を見せることは出来ない……?」

 結論にたどり着いた瞬間、カラスの一団がラゼルに向かって急降下した。

 一羽が正面から突撃し、ラゼルが反射的に防御魔法を展開する。

 だが、それは囮だった。

 左右から二羽が同時に回り込み、腰の魔法道具に狙いを定める。

 さらに、上空から一羽が急降下し、ラゼルの視線を逸らす。

 その隙に、もう一羽が背後から接近し、くちばしで宝珠を咥えて飛び去った。

 動きは流れるようで、まるで訓練された兵のようだった。

「……おとり……連携……フェイント……?」

 翻弄するつもりが、逆に翻弄されてしまった――ラゼルの声は驚愕と敗北感に濁っていた。

 自軍の醜態を呆然と見つめる魔王に、参謀長が耳打ちする。

「おそれながら、カラスは一般的な存在とはいえ、鳥としては高い知能を持ち、神の使いとして十一人の蒼き戦士たちを導く存在とされているようです。その知能は人間の三〜五歳児に匹敵するとのこと」

「三〜五歳児だと……」

 魔王の声には、信じがたいという色が混じった。

 その視界では、ラゼルが完全に冷静さを失っていた。

「返せ!」とやみくもに手を振り回す。

 そこへ、時速約70kmでカラスが突進。

 頭でそれを受けたラゼルは、そのまま昏倒した。

 結果として、魔王軍は幻術から解放されたが、すでに大勢は決していた。

 兵士たちは息を切らし、空を見上げる。

 そこには、宝珠という戦利品を手に入れたカラスたちは、勝ち誇ったかのように朝焼けのなかを旋回していた。

「退却、退却〜!」

 参謀長の号令が、むなしくこだました。


今回のちきゅうのいきもの


名称:カラス(烏・鴉)

学名:Corvus spp.(カラス属の総称。本州では主にハシブトガラス Corvus macrorhynchos とハシボソガラス Corvus corone)

生息地:日本全土に分布。

日本にいる種類と習性

 ハシブトガラス:都市部・住宅地・街路樹・ビル街など立体構造のある環境に適応。

 ハシボソガラス:農耕地・河川敷・郊外の空き地など開けた環境を好む。

☆電線や建物の縁に並んで休息・観察する行動が見られる。

☆今回の遭遇個体群は、おそらくハシブトガラス。


体長:約50〜57cm(翼開長:約100cm)

体重:約500〜900g

身体能力

•最大時速:約60〜70km(急降下時)

•高い飛翔制御能力:急停止・急旋回・高度変化が自在

•視覚・聴覚が鋭く、遠距離からも対象を識別可能

•強靭なくちばしで硬い殻やゴミ袋を破る


主な習性

•食性:極めて雑食性。果実、穀類、昆虫、小動物、動物の死骸、人間の廃棄物まで幅広く食べる。都市部では生ゴミを漁る姿が頻繁に見られる。

•知能:脳化指数は犬や猫を上回り、人間の3〜5歳児に匹敵する課題解決能力を持つとされる。道具の使用、交通を利用したクルミ割り、仲間との連携行動などが確認されている。

•社会性:高い協調性を持ち、複雑な鳴き声や動作で意思疎通を行う。群れでの行動は情報共有や安全確保に役立つ。


繁殖期と縄張り意識

•時期:3〜7月頃。特に4〜6月の育雛期は警戒心と攻撃性が最大化する。

•縄張り:巣を中心に半径50〜100mを防衛圏とし、侵入者に対して威嚇・攻撃を行う。

•攻撃方法:頭上すれすれの低空飛行、後方からの蹴撃、鳴き声による威嚇。標的の頭部を狙う傾向が強い。

☆今回魔王軍を襲った理由は不明。

 もしかすると、魔王軍を地球の脅威とみなし、群れ全体で排除に動いた防衛行動だったのかもしれない。

 いずれにせよ、その知性と判断力は決して侮れない……それとも、カラスは本当に神の使いなのかもしれない。


(補足)

 日本神話に登場する三本足の霊鳥「八咫烏やたがらす」は、神の使いとして道案内を務めたとされる。現代ではサッカー日本代表のシンボルにも採用され、“蒼き戦士たち”を導く存在として知られる。

 

 侍ジャパンがんばれ!

挿絵(By みてみん)



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