第2話 冥府の焔デス・ゴルザーク
魔王軍は、森の奥へと探索部隊を派遣した。
目的はただ一つ――前日、羆に引きずり込まれた四天王・爆炎のゴルザークの行方を追うこと。
「まさか、あの一撃で倒されるとはな……」
参謀長グルドゥ=メルメルは、魔力測定器を片手に呟いた。
「黒炎甲冑グラディス・ヴェイルが何の意味もなさなかった。しかも、魔力の籠らない単純な物理攻撃相手に……あれは、異常だ。
もしかすると、この世界の生物は、魔力に依存しない分、純粋に肉体だけが強くなるという進化を遂げているのでは?」
魔王様は腕を組み、深く頷いた。
「なるほど……魔力の代わりに筋肉を鍛えた結果、あのような怪物が生まれたか。
魔法に頼らぬ進化……それは我が軍にとって、未知の脅威だな」
魔王たちは、魔力なき世界で鍛え上げられた肉体の真の恐ろしさを、これから思い知らされることになる。
やがて、探索部隊は森の奥で異様な盛り上がり――土饅頭を発見した。
掘り返すと、そこにはゴルザークの遺体が横たわっていた。
肩口には深い咬傷、胴体には爪痕。
その表情は、悔しさと驚愕が混ざったまま、固まっていた。
「さぞや無念だったろう……」
魔王はゴルザークの遺体を自ら抱きかかえると、そのまま拠点へと連れ帰った。
魔王たちが戻ったとき、拠点は丁度、魔法による補強作業を終えたところであった。魔王は、一息付いている魔法使いの輪の中心へと歩を進めると、ゴルザーク遺体に語り掛けた。
「よし、復讐の機会を与えてやろう……このなかに死霊術を使えるものはおらぬか?」
すると、黒衣のネクロマンサーが名乗り出て、儀式を開始した。
魔力陣が輝き、ゴルザークの死体がゆっくりと起き上がる。
「ゾンビ化完了。理性は失われましたが、身体能力は大幅に向上しています。
魔力による制御は不能ですが、復讐心にのみ反応するよう調整済みです」
魔王は満足げに頷いた。
「よし……今度こそ、あの獣を倒せ。お前は今、純粋な殺戮マシーンだ。
爆炎のゴルザーク改め――“デス・ゴルザーク”よ!」
そのときだった。
テントの外幕が紙のように破れ、薄暗い内部に陽の光が差し込んだ。野営用の簡易なテントとはいえ、魔力によって強化されたそれはアーク=ゼルムにおいて聖導連盟の精鋭光刃騎団の猛攻を幾度となく耐え抜いた代物である。
「……グゥゥゥ……」
光の中には、うめき声をあげる羆が立っていた。
その目は、前回とは比べ物にならないほど怒りに満ちていた。
毛並みは逆立ち、鼻息は荒く、地面を踏みしめるたびに土が跳ね上がる。
その姿は、まるで“怒り”そのものが実体化したかのようだった。
参謀長が震える声で解説する。
「もしかして、私たちはこの生物にとって、もっともやってはいけないことをしてしまったのではないでしょうか?」
それに同意した魔王は顔面蒼白になりながら、デス・ゴルザークに命じた。
「いけ……!今度こそ……!」
だが、羆はすでに突進していた。
デス・ゴルザークが復讐の雄たけびを上げて迎え撃つも、羆の前足が一閃。
骨の砕ける音が響き、ゾンビの体が宙を舞う。
魔王軍の悲鳴が、北の大地にこだました。
~今回のちきゅうのいきもの~
名称 羆
学名 Ursus arctos yesoensis(ヒグマは、ツキノワグマとは別種の亜種)
生息地 主に北海道。山林・原野・河川沿いなど広範囲に分布
体長 成獣で約1.9〜2.3メートル(立ち上がると2.5メートルを超えることも)
体重 オスで300〜500kg。個体によっては600kgを超える例も
身体能力 握力400kg以上、咬合力500kg以上、時速50kmで走行可能
主な習性
・土饅頭を作る:獲物を一時的に埋めて保存し、後で食べに戻る
・獲物への執着が異様に強い:一度手に入れた食料を奪われると、長距離でも追跡し、奪還しようとす
る。人間にも容赦なく襲いかかる
・単独行動が基本。縄張り意識が強く、侵入者には攻撃的になる
・視力は弱いが、嗅覚と聴覚が非常に鋭い
・三毛別羆事件が有名。
魔王軍による評価
「魔力ゼロのくせに、なぜあれほど強い……」
「物理攻撃しかないのに、我が軍の障壁を紙のように破った……」
「土に埋めた死体を掘り返したら、怒りで空気が震えた……」




