同年代教師と
大介は、二十代後半の同年代である木原あずみの家飲みに誘われた。木原は三年生担任である。同じく同年代の吉田と狭山も来ている。二人とも三年生担任なので、よく木原宅で集まっているらしい。
「見たぁ?」
「何を?」
「たくみのヤツ」
「ああ、見た見た。めっちゃ驚いてた」
木原あずみは、ポテトチップスを頬張りながら途切れ途切れに応えた。ポテトチップを口に運ぶのと指の腹に付いた塩を舐めるのが交互に繰り返す。
「やっぱポテチはうす塩っしょ」
「ちがう、ちがう。驚いてるふりをしてただけだっつうの。その後で目立たないようにガッツポーズしてた」
「おれも『よっしゃ!』って声聞こえた」
「で、なんであんな人事が通るんだろ?」
音を立ててあずみは指先を舐めながら不満げな目を大介に向ける。
「ね、あんたさっきから黙ってないで入ってきなよ」
吉田も狭山も無言で大介の発言を待っていた。
「特にないっすね」
「ねーそういうのがあんたよくないんだって。がんがん言っていこうよ、おかしいこと、むかつくことをさ」
吉田は眉間にしわを寄せた。まるで忌み嫌われる行為をした大介を責めるようだ。
「自分の職場で起きてることだよ」
「授業もできねえ、校務分掌もしねえ、五時過ぎたら早く帰ることしか考えてねえやつが、学年を束ねる主任に抜擢されるのってこと」
「あたしさ、前から言ってやりたかったんだあいつには。だからこの前言ってやった」
「四月の懇談会であいつのクラスだけPTAの役員が早く決まったの。そんで一人で職員室で仕事してるんだもん。だから、『こういう時こそ主任の出番なんじゃないの?』って。そしたら急いで教室に戻って行ったのよ。でもすぐに帰ってきて『別に来なくていいって言われた』って。しかも目、潤んでんの。」
「そんなヤツがどのツラ下げて主任やるんですか?」
「まだいっぱいあるよ、そんなたくみの話」
大介は足を引っ張り合うことしか能がないと同僚たちを嘆いていた髙橋のことを思い出していた。職場を良くし、業務を改善していくことと、お互いを批判し上げ足をとるのとは別の行いだと、きっぱりと言い切った。
「あんたも言われてるよ」
あんたもとは誰に向けられた代名詞か、自分であろうとどうでも良かった。大介はタブレットにアップされた授業動画を眺めている。
「怖いよ、この世界は」
「一度はじかれると、とことんはじかれるからね」
「あんた、髙橋さんとつるんでるでしょ。ろくなことないよ」
「わたし達と協力していこうよ」
「キョウリョク?」
大介は上の空で、反復した。動画の教室では子供が元気よく天井に突き刺さんばかりの勢いで手を挙げ、教師の質問に答えている。
「今の世の中の教員ほど報われない仕事はないよ」
他の仕事をしたことがあるのか、こいつは―大介は黙って毒づいた。
「公務員って言われて、風当たりは強くなる一方だし」
「おれ達に残業代はないのによ」
「休日出勤したって手当てはねえ」
休日出勤して手当てが出る企業の方が少ない―
「親はそういうことしらねえからよ」
あずみは言いながらのり塩を一袋ビニール袋から取り出した。
「飲み屋で話せねえから誰かの家に隠れて飲んで愚痴こぼすしかできねえ」
笑けてきたよ。そういって吉田はけらけらと声を挙げて笑い出した。仰向けに倒れて腹に両方の掌を載せている。
「とうとうおかしくなっちまったか?」
狭山は相変わらず冷めた目で一瞬大介を見たが、すぐに思い出したように飲みかけの缶ビールに手を伸ばした。
「とにかく、たくみは潰さないときがすまないよ、あたしは」
木原あずみはさらに座った目で言った。
「追い込んでやる。調子こきやがって」
狭山が起き上がって、大介の肩を叩いた。
「ねえ、あんたあたしがどれだけ高橋さんに苦労してんのか知ってるの?」
「苦労?」
「あっちゃー。あんた一番知ってると思ってたけど、全然気付いていなかった。どこ見て仕事してんのよ」
酒に酔って緩慢になった狭山の口調が、急に速くなる。
「他の学年の事まで気が回らないよ」
「わかってんのか? おい」
大介の額を狭山が叩いた。
「学年で、宿題の量を揃えようってあたしが言ったの。わかる? クラスで宿題の量が違うのはおかしいんじゃないかってクレームが入ったわけ、あ、このクレームは、去年ね」
吉田と木原は、二人で別の何か話している。異動してきた事務員が仕事が細かすぎてやりにくいという旨の話だ。
「だから、そんなクレームが出ないように、ね、めんどくせえじゃん。クレームたいおうって・・・・・・ そしたら高橋のヤツがさ、それに異議を唱えるわけよ、例によって。何様だっつうの、おまえは。ふざけんなっちゅうの! おめえ一人で学校は動いてんじゃねえ。チームワークだろ、今のうちに必要なのは。クレームを受けない学校づくりだろって」
狭山は抑えられない苛立ちを一気に爆発させてるように語気を強めた。
髙橋への中傷となると大介も抑えようにも、抑えられそうにない。酔いも大分回ってきている。
「ばか親の無理難題に応えようってのが、いい対応とは思えないね」
大介は、木原を見据えて言った。そして、目の前にあったチューハイの空き缶を左手で握りつぶした。
「てめえ、ぜってえ潰す! 出てけ。ここから出てけ」
木原の声が薄い壁の部屋に響いた。
つづく




