第15話 休養
機巧暦2139年12月・ドイツ帝国ブレーメン
「なんの連絡も無しで来るなんて非常識ですよ師匠?」
「アハハ気にするな。久々に君の顔が見たくてな」
友那と歓談して過ごしその夜急な来客で屋敷から洋館本館の応接室に来ていた。こんな夜更けに誰かと思っていたがレイシアが訪ねてきた。
「・・・・・・・・・・」
「体調はどうだ? 激務だと聞いて心配したが」
「大丈夫ですよ。師匠の方は?」
「ああ相変わらず陛下の話し相手になってるよ」
「そ、それは大変で・・・・・・・・」
俺はコーヒーをマグカップに注ぎレイシアに渡す。
「今日ここに来たのは君に渡したい書類があってな」
「無期限停職状・・・・・・・な、何ですこれは?」
机の上に置かれた1枚の書類にそう書かれていた。
「そのままの意味だよ。君にはしばらくの間、軍を離れてこのブレーメンの地で療養してもらいたいのだよ」
「療養って・・・・・・・し、師匠どういうことですか? 俺はどこも悪くありませんよ。体はピンピンしてますよ」
「体ではなく。心の療養だよ」
「?」
レイシアの言葉に俺は首を傾げる。
「ハァ、わからないのであればホラッ、その鏡で自分の瞳を見て見ろ」
「・・・・・・・・・・」
レイシアから手鏡を投げ渡される。俺は自分の目を見た。緑色の瞳だ。しかしその瞳は心なしか濁っているようにも見える・・・・・・・・
「君は度重なる戦争で壊れる寸前なんだよ。壊れてからでは遅いから私が早めに陛下に掛け合って事前に無期限停職の許しを得たんだ」
「それじゃ・・・・・・・俺の存在価値が・・・・・・正義のために戦場で仲間を助けてこそなのに」
「正義? 正義なんか当てにならないぞ。ましてやその壊れかけた心で正義を叫んでも虚しいだけだぞ」
「・・・・・・・・・・」
「あと正義の心は持つなと言わなかったか? 正義になるくらいなら悪になれと言わなかったか?」
「・・・・・・・俺は多くの人々を戦火から救うことが正義だと気付きました。正義のためなら」
「我が身を焼くことも辞さない・・・・・・ってか? バカ弟子が。それで人々が救われると思うのか?」
「・・・・・・・・・」
「自己犠牲の精神なんかこれっぽっちも美しくなんかない。他人よりも自分第一に考えろ。それが自分のためでもあるからな」
「師匠が教えてくれたんですよ。行き倒れるはずの俺らを助けてくれたのは・・・・・・だから俺は師匠のような人々を救える存在になりたいって思ったんです・・・・・・・陸軍から初めて貰った給料で奴隷を買った時も師匠はイヤな顔しませんでした。食い扶持が増えたのにイヤな顔せずに面倒見てくれました・・・・・・・・・・そういう人から自分第一にと言われても嘘にしか聞こえません」
レイシアとはタメ口で話してもいい仲なのに何故かこの時は敬語になっていた。
「私は君の目標となる程の人間じゃない。自分に余裕がある時だけ偽善面して正義を振りかざして人々を助けてるだけだ・・・・・・・余裕が無ければ斬り捨てるし見捨てる。当たり前のことだ」
「・・・・・・・・」
「ベルギー王国のモンス要塞の件で兵士や将校らが君のことを何て言っているか知ってるか?」
「な、何です?」
「傷だらけで痛々しくて見てられないとな。あの戦い方でどれだけ身が持つかとな。君の果敢な戦い方は却って兵士や将校から不安に思わせているのだよ。考え方を変えられるまで無期限停職を言い渡す。自分自身を労れ」
「わ、わかりました」
こうして俺は無期限停職を言い渡され、臨時講師は辞めさせられたが陸軍少将の身分はそのままになった。