第一エンド 三人の死
優奈を選んだ祐人。その結末とは――
「僕は、優奈が好きだ」
夕季さんはそのまま微笑んでいた。
「そうですよね……」
「もう少しお話しさせてください。祐人さんの話です」
「はい。聞かせてください。今はどうしたらいいのかわからないけど、どうにかしてみようと思います」
「祐人さんの家は、坂城家ですよね」
「いや、そんな家ってつくようなものでもないと思いますけど……」
まるで名家であるような物言いに、少したじろいだ。
「坂城家は、南院の榊家が巫女渡しの儀式の生贄となる娘を産ませるためにあるんです」
「へっ?」
思わず変な声が出てしまった。
「つまり……えっと、それじゃ、ゆうの実の父親は僕の父さんってことですか!?」
「そうですよ。榊家では、榊家の者は榊家を維持するための要員で、実際に巫女渡しの犠牲になるのは榊家の御子と坂城家の男子との間に生まれた子なんです」
ゆうと僕は異母兄弟だったのか。まったく知らなかった衝撃の事実だ。
けどそれは、僕とゆうが結ばれるのは運命だったということかな。そう思って少し嬉しくなってしまった。ゆう、また君に会いたいよ……
「それは違いますよ」
どうやら声に出ていたらしい。夕季さんは何故か少しだけ語気を強めて否定した。
「祐人さんは誰かひとりの女性と結婚し、榊家の次の当主になる女性と一人子を成すのです」
「誰か?」
「そうです。優奈さん以外の誰かです。榊家の女性というのは優奈さんの家系上の姉ですが……」
優奈のお姉さんか、優奈とはとても親しかったが、お姉さんにはあまり会った記憶がない。少し怖かった印象だけが残っている」
「それが、僕の家に課された運命というわけか」
「もし僕が、それから逃れようとしたらどうなりますか?」
「たぶん、日本は――いえ、地球は滅びるでしょうね」
僕は夕季さんの言葉に全く驚かなかった。ゆうがいなくなった世界に、ゆうを犠牲に成り立っている世界が滅びたところで、僕にはなんの感傷もない。
「はは。そうか、僕の行動次第で地球を滅ぼすことができるのか!」
こんな狂った世界も、こんな僕によって終わらせられる。それは、なんておあつらえむきな役目だろうか。
「……」
夕季さんは俯きがちなまま黙っていた。
「私は、貴方が選んだ道をついていきます」
「ありがとう、夕季」
「それじゃあ、まずどこから潰しに行けばいいのかな」
「幕府の当局が主に現在までの巫女渡しを取り仕切っていますが、旧帝国政府や全国の神社を統括する神祇庁、またGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)、そして現在の政府も協力しています」
「……。まさかそんなことになってるとは。帝国政府? GHQ? そんなものとっくに亡くなっているものだと」
「帝国政府の力はもうほとんど残っていませんが、GHQの司令官はその秘密のために自国の軍事力を現在もこの国に置いているのです」
「それはどうにもできないなぁ」
「でも、僕にはこの世界を破滅させることができるんだろう?」
この、腐りきったどうしようもないこの世界を。
――夕季さんの演劇を見に行った時と同じ光景。
僕は歩いていた
屍で形作られた丘の上を歩いていく。鮮血、今さっきこの侮辱の葬儀を終えたかのような艶めかしい血の大河が地上へと流れていく。
僕はその丘を登り続けている。彼女達の死屍を踏みつけながら。その頂上には十字架。銀髪に紅眼の美しい少女――に見紛う少年が磔にされた十字架。これが夕季が儀式を行う前の姿なのだろう。
僕は登る。
磔の少年の口元には血が滴っていた。
まるで彼の口元から地上に死が生まれたかのようだ、と僕は思った。
磔の少年は笑った。
髪は金に、瞳は碧く染まった。
頂に上りついた僕は少年の頬を撫でる。
少年は本当にいいの、と僕に問う。
「全ての罪を贖おう。その代わり、この神話を終わらせる力を与え給え」
僕はその言葉を知っていた。知っていたからこそ、勇気を振り絞って言った。
そして僕は少年に口づけをした。そして少年の冠を自らの頭に被せる。
「ありがとう、ヒロくん」
「ありがとうございます祐人さん」
ゆうと夕季が、そう言いながら笑った。
「そういうことか」
「これが御子の力というわけか」
地上を平定し拡大する力、それは原始の自然を征服し霊脈を保つ力。
新政府になっても、GHQが統治しても巫女渡しの儀式が継続された理由、それは現在継承される御子の位の者たちがもはやその力を継承していないからだった。
新たな管理者である男巫女の即位を妨害すると]各地で大地震や噴火などが起こるのがその証拠で、GHQも次の巫女渡しの停止命令を出していたが、その後儀式が執り行われないと関東を地震が襲い、その後近畿全域、富士山噴火等その他の災害が全国的に発生したため、GHQはそれを命じた政令零号を取り消したのだった。
第二次大戦中GHQは日本の研究として巫女渡しの儀式をも対象にしていたが、女系社会から男系社会への婚姻様式の変化から生まれた男性の権力拡大工作だったと位置づけ、儀式のある種オカルト的な部分は創作だとしていたためそんな命令を出したのだが、それは奇しくも帝国政府が辿った道と同じく、その後は巫女渡しの儀式に協力することとなった。
と、そういうことだった。
「くっ……。これはなかなかの負担だな」
「すみません……私の背負っていた業を」[
「いや、いいんだ夕季」
そう言って僕は夕季の頭を撫でた。
「頭が……気が狂いそうだ。何人ものゆうが死んでいった……」
「祐人さん! それはゆうさんじゃないです」
「黙れッ!」
怒気を孕めて言い放つ。
夕季はびくっと肩を震わせ、ただ一言はい、と言った。
「夕季はいつも怒らないな。むしろ怒っているところを見たことがあったか」
「はい。祐人さんには償いをしなければなりませんから」
「それに、男の娘はご主人様に尽くすものなのです」
「もしも祐人さんが私に復讐を命じてくだされば、すべての組織を倒した後私自身を殺します」
戯言を言っているようには見えなかった。
「はぁ……もう復讐をする気は起きなくなりました、夕季さん。」
そうすると夕季さんは微笑んだ。まさか僕を正気にさせるための演技だったのだろうか。
「僕は、ゆうのところへ行きます」
演技ではない覚悟で言うと夕季さんは少しの動揺を見せた。
「そんな……」
「やっぱり僕は優奈が好きみたいです。だから優奈がいない世界では亡霊のようにしか生きることができない。夕季さんといた時間は楽しくて充実してたけど……」
「それなら、私は私にできることはなんでもしますから!」
「それじゃ駄目なんだ……。それに、夕季さんの髪を褒めたのはゆうに似てたからです」
少し辛辣に、突き放すような言葉を投げ掛ける。
「……そう、ですよね」
夕季さんは悲しげな顔をする。それは演技じゃないと思えた。
「僕は湖で死にますから。夕季さんはどうかこれからも生きてください」
「嫌です」
「祐人さんが死ぬというのなら、私もそれに殉じます」
「それがご主人様に従う男の娘の本望であり、罪への贖いであり、私自身の願いです」
あまりに彼女の意志が固いので、
「じゃあ、三人で死にましょう。僕と、夕季さんと、ゆうの、三人の死です」
そう答えていた。
夜。
特に使い道もないのでそれなりに貯まっていた小遣いをポケットに入れて家を出て、タクシーを呼び乗り込む。
ポケットに入っているのは金だけではなく、剃刀と睡眠薬も一緒だった。商店街で待っている夕季さんを途中で拾って湖へと向かった。夕季さんはいつもの白いワンピースに着替えていた。
湖の手前でタクシーを降りて夕季さんと手を繋いで水辺に立った。
月明りが湖を照らし、満月が澄んだ湖に映る。
月に照らされようとしているように湖の中を歩いて行った。
一歩、一歩と冷たい水がつま先から足首へ、足首から膝上へ、そして臍の上にきていた。
大量に持ってきた睡眠薬の半分を夕季さんに渡し、もう半分を湖の水で飲み込んだ。
それだけでは死ぬことはできないので、剃刀を二つ持ってきたのだ。
「来世では、一緒に、いつまでも幸せにいれたら良いですね」
「そうだね。三人でずっと一緒にいられたらいいね」
「私は、二人きりがいいです」
思わず微笑んでしまった。夕季さんはたまに強気になる。
「それじゃあ」
「はい」
二人は剃刀を首に突きつけ、一気に頸動脈を切った。
流れる血が湖の水を染めていく。
朦朧とした意識の中、向かい合った夕季さんの両手を握り、唇を重ねた。
月明りに照らされた二人を見送ると、世界は崩壊した。
第一エンド 三人の死を読んで頂きありがとうございました。
そして、まだ続きます! 一度世界が崩壊し次は新しい選択肢が出現するのです。
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