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Ib-美術館の歩き方-  作者: 如月ユウジ
5/5

青の間

 ――イヴの意識は覚醒します。瞬きを数回繰り返して状況を確認したイヴは、目を疑いました。


 見覚えのない寒々とした通路。ラピスラズリの原石のような寒色の壁色は、余計にイヴの体温を奪います。イヴは手を擦り合わせ、息を吹き込みました。



 記憶の混濁と欠落から、平静通りの回転を見せない脳の回復を待つため、イヴは辺りを散策しました。通路の壁には大きな二枚の絵画が飾られており、それらは対照の関係をもっているようでした。


 題名のない海沿いの断崖を模写した作品は、中央にある階段を挟んで向かって右側が青色、左側は赤色の水が流れていました。イヴはその持ち前の審美眼からあることを呟きます。


「……ゲルテナ」


 イヴは、解説のないその絵をゲルテナのものと認識しました。そして、それは確固たる自信がありました。イヴはあることを思い出しました。先程、ゲルテナの作品はまだ他にあるという話を……イヴは、この場所は飾ることのできない作品を収めるための倉庫なのだと断定しました。二つの壁の間に伸びた階段は、地下倉庫に入るための入り口だったのです。


 脳が通常通りの回転を取りも出したことを確認すると、イヴは二つの選択を迫られます。


 今すぐ階段を上り美術館に戻ること。

 自分の好奇心に嘘をつかないこと。


 どちらが正しい選択か、イヴには分っていました。しかし、今日は特別な日……今まで散々嘘をついてきました。今日くらいは、心臓の高鳴りに嘘をつかなくてもいいと、イヴは迷いのない選択をします。イヴの足は、自然に西へ向かいました。


 イヴの足音だけが響く空間を歩き続けると、次のゲルテナ作品に出合いました。


「作品名『 ??? 模様の魚』」


 三角形や円形などの規則的な様式で表現されたモノクロの魚が、灰色の海に漂っています。イヴはこの絵を観ている内に、不思議な感覚を覚えました。魚が生き生きしているとはまた違う、魚が変化し続ける……言葉にするのは難しいですが、見ていて飽きないのです。それはさながら、光を受けて鱗を光らせる魚をモノクロで表現しているようでした。


 イヴは他の作品はないかと再び歩き出すと、壁のくぼみに青色の扉を見つけました。イヴは迷いなく取っ手に手をかけました。


「ん?」


 取っ手を捻った音を聞く限り、カギがかかっているようで、青色の扉は開きません。しょうがなくイヴは、辺りにカギのようなものがないかを調べました。すると、カギはありませんでしたが、代わりに好奇心をそそるものを見つけました。


「……ノートと羽ペン?」


 壁の突当りに置かれた机の上には、開いたノートと羽ペンが置かれていました。ノートには区切られたスペースが十五ほどあり、イヴはおあつらえ向きのスペースに自分の名前を書き込みました。こうしておけば、もし両親がこの場所を通った時に、自分の存在を気づいてもらえると思ったのです。


 よしっ、とイヴは羽ペンをペン立てに戻し、再び探険を始めました。青い扉の記録机から階段のあった東の方角に向かうイヴは、先程観た対照的なゲルテナ作品を見つけます。そこで本日、幾度目となるかわからない違和感を覚えました。


「……確か、ここに」


 イヴの記憶が正しければ二つの絵画の間に、ここまで降りてくる際につかった階段が存在したはずでした。しかし、そのような痕跡は微塵と言っていいほどに姿を隠し、つなぎ目すら見つけることは出来ないのです。


 不思議なことでしたが、イヴにとってそれは些細なことでした。あの退路とも呼べる階段は、少女にとって魅力的には映らず、むしろ決意を鈍らせるような存在だったのです。イヴはまだ見ぬ作品を求め、さらに東に進みました。


 それから通路を進むイヴは、しばらくの間ゲルテナの作品に遭遇することはありませんでした。その代わりと言ってはなんですが、壁に文字のようなものが点在していたため、イヴはそれらを読み上げながら探険を継続しました。


「で お で い お で い お い」


 三文字の文字列で構成されたそれらは何らかの規則をもっているようでしたが、解読をする前にイヴは新たな興味の対象に出会ってしまいます。


 それは壁のくぼみにある青色の扉とその扉を隠すように置かれた机、机の上には花瓶が置かれていました。そして、その花瓶には赤いバラの花が活けられております。寂しげに咲く一輪の花。なぜでしょうイヴは、その花を他人のように思えませんでした。


「きれい」


イヴは幼いころに犯した愚を再び犯します。作り物のように美しいバラに近づき――手に、取ってしまったのです。


 一本の(しん)をしっかり持った作り物のように美しいバラの香りは、イヴの心にあった空虚を満たすようでした。イヴは帰ったらこの花を家の庭に植えようと考えました。いくら花でも一人は寂しいのです。


 優しくそのバラを握ったイヴは、すっかり寂しくなってしまった机を退かしました。


 障害物を排除し、扉の取っ手に手をかけたイヴは、軽くその取っ手を捻ります。すると、力をかけることなく扉は開かれました。


 カギのかけられていない部屋は、廊下と変わらず青色で統一されており、一つの絵画が訪問者を歓迎するように飾られていました。


「優しそうな女性(ひと)


 白い装束の女性が柔和な笑顔で微笑む女性の絵画。抽象画を得意とするゲルテナにしては、珍しい表情の切り取り方でした。イヴはその絵の下に掛かれた説明文を読み上げます。


「そのバラ ?ちる時 あなたも ?ち果てる」


 随分と奇怪な説明文です。イヴはこの絵画とどのような関係があるのか、絵画を眺めます。するとあることに気がつきました。(えが)かれた女性の髪が、額縁にまで伸びています。よくできたトリックアートだと、イブは額縁に手を伸ばします。


 そして、後悔しました。


「――っ!?」


 指にかかるその質感はイブの背筋に嫌なものを走らせました。思わず後ずさりするイヴは、小石のようなものを踏みました。イヴはそれを手に取り確認しました。


「これって、カギ?」


 それは細かい模様が綺麗な青のカギです。この時、イヴは何かがつながる音がしました。イヴはその何かを確証づけるため、部屋を後にします。



 ――バタンっ!



 閉じられた部屋では、代わりに開かれたものがあります。……それは、優しそうな女性の絵が消滅したことを意味しました。


 部屋を出たイヴは、通路の突当りに見落としていたと思われる張り紙を見つけました。


「バラとあなたは ???? 命の重さ 知るが良い」


 またしても意味が不明で、イヴはさして気に留めず、通路の西側に向かいます。通路を歩いていると、目の端に変化を感じ取りましたが、些細なことだと歩みは止めません。その時です。



――ダッ! ダッ! ダッ!



 大きな音にイヴは、目を閉じバラの花で自身の顔を守りましたが――とくに身体に害を及ぼす存在は確認できませんでした。イヴはバラ越しに目を開きました。そして、呟きます。


「かえせ?」


 それは突如現れた謎の赤文字です。その意味を考える内にイヴは手の中を二度見しました。――それと同時に、イヴは走り出しました。かえせ……イヴの中の防衛本能が返してはいけないと叫びます。この通路は異常でした。走りながら横目に壁をみると、同じ文字がいたるところに浮き上がっていました。イヴは脱兎のごとく、記録所の前の青の扉に向かいました。


 青の扉の前についたイヴは、安息の地を求めるようにカギを差し込みます。しかし、動揺から二通りしかないはずだといのにうまく差し込めず、何度も繰り返します。このカギは違うのではないかという疑念すら芽生えてきたイヴでしたが、やっとの思いでカギを差し込むに成功します。イヴは、迫りくる恐怖から扉の向こうに逃げ出しました。


 イヴは後に気付くことになります。この世に安息の地などないことに……。


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