10話 言えない
申し訳ありません、私は、紅茶・箱根知識は無いに等しいです。
「きれいな風景ですね。」
「そうだね、湖に鳥居が立っているなんて、まるで宮島みたいだ……。」
「そうですね、いつか一緒に宮島にも行ってみたいですが、本当に来てよかった。誘ってくれて本当にありがとうございます。」
「…………いや僕も箱根は初めてだから、切っ掛けをくれた彩には感謝しないと。」
観覧船の上から山々の窪地に出来たカルデラ湖「芦ノ湖」を見下ろす。まだ春先で寒さの残る箱根で、肩を寄せ合い旅の感想を語り合う僕たち。
彩ちゃんは幸せそうだ…………対する僕は、罪悪感でいっぱいだ…………。
事の始まりは、つい昨日の事だ。
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昼食を自宅で済ませ、これから何をしようか考えていた春休み中の僕。涼は入学前だっていうのに、もうすでに高校の野球部に顔を出している。
高校から入学するスポーツ推薦組と入部予定の者は、先輩方との恒例の集まりがあるらしい……僕は、結局稽古事が全てマスター出来ず野球部には入部出来なかった。別に、悔しくないんだからね……いや実は、かなり悔しい…………
で涼もおらず暇だ。僕は基本的に友達が少ない……いやボッチでは無い、涼は友達……の筈だ。ただ昔より一緒の時間は減った気がする。まぁ僕も稽古が多いし、涼は野球に時間をかけているからでもある。
最近は一緒の時でも、彩ちゃんと僕を二人きりにするために理由をつけて離れる時も多いが……デートしている訳でも無いのだから、そんなに気を遣わなくてもいいのに。そうこう考えているとノック音が聞こえる。
「はい、どうぞ。」
「失礼致します次郎様。お客様が参られております。」
静かにメイドの牧野さんが入室してくるが……、はて?今日は何の約束も無かった気がするが?
「どちら様でしょうか?」
「はい、三井彩香様です。どういたしましょう?」
いきなりだなぁ、今までだったらアポイトメントがあるんだけどな?何かあったのかな?
「今日は、部屋で会います。後で紅茶を持って来てもらえますか?」
昔は、ずっとインスタントコーヒーか缶コーヒーばかり飲んでいたのだけど、今世では家族が皆紅茶党なのだ。そのためいつも出されるのは紅茶ばかり、いつの間にか好きになっていたので苦痛ではないけど……
「かしこまりました。紅茶でございますね……そうですね本日はローズペコに致しましょうか?」
いつかブランデー入りの紅茶でも飲んでみようかな?なんて事を考えていると、牧野さんが今回の紅茶の種類を聞いてくる。
「はい、お願いいたします。」
……正直未だ違いが分からない、名家だけあって食事は良いものが出てくるので舌は肥えた気がする。最近少しくらいは違い?みたいのも分かった気がするが…………
ただコーヒーみたいに紅茶も色々な原産国、産地によって豊富な種類があるが、父や母みたいに拘りは無い。どちらかというとフレーバーティのように香りのついた紅茶を選ぶ傾向が高い……しかしこれもフレーバーティ好きの彩ちゃんの影響なのだが……
それもあって恐らく牧野さんは、春摘みのダージリンでは無く、ローズペコをチョイスしたんだろうな。なので本日の紅茶はローズペコする。
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「急にお邪魔して、ごめんなさい。」
「いえ、気になさらずに。私も暇をもて遊んでいたとこです。」
むしろ急に訪問した彩ちゃんが気になる。とりあえず聞いてみるか?
「それよりどうしたのですか、アポ無しなんて。」
「あぁすみません、今後は取るように致しますので。」
幼子が母から叱られたように顔を伏せる。いやそんな悲しい表情しなくても、こっちが悲しくなる。
「いや責めてる訳じゃないんだよ。理由が気になっただけで。」
「……次郎様はお優しいのですね……。実は、私寂しくなってしまって……」
「寂しい?」
兎は寂しいと死んでしまうというが?そんな感じか?今日両親は家に居ないの的な展開だと萌えるが……ここは俺ん家だし……
「はい、雅美ちゃんは陸上で高校に行ってますし……、次郎さまにも最近逢っていませんし…………ご迷惑でしたか?」
いや4日前に会ったじゃん……なんてKY発言はしないでおこう。
「いや嬉しいよ、今日は涼も居なくて暇だったし。」
「お暇でしたのですね?」
「えっはい。」
暇って言葉に対しての疑問が早いよ。僕だって暇な日くらいありますよ……ちくせう。
「ではデートしましょう!」
「……えっはい、良いですよ?」
いかん、なんか疑問形で答えてしまったが。えらく急だな、どうせ暇人ですから問題ないけど。
「次郎様どこに行きましょうか?」
「提案するくらいんなんだし、どこか行きたいところがあるんじゃないの?」
「いえデートはしたいですが、場所は何処でも」
う~んどこでも良いのか?前もってのお誘いなら色々考えられてのだけどな、こうも急だと思いつかないな……それに定番系の動物園やら水族館は中学生の時に行ったしなぁ……もう高校生だし……。そうだ!
「箱根温泉に行きましょう!」
「…………」
何処でも良いだって?ならば行くしかないでしょう温泉デートに!!ビバ混浴、びば温泉プールへ。
温泉の熱と、恥じらいで白い肌が赤く染まる、居るのは生まれたままの姿の男女、そこは男のロマン桃源郷にれっつらごー…………
彩香さんすっげぇ長考しているんだけど…………沈黙が痛い、心が痛いです。彩ちゃん今は笑う所ですよ~。いや~ん次郎さんのエッチ~とか言うとこ…………。
すいません出来心だったんです許してください。
「では、明日行きましょう。」
「…………えっ、温泉に?」
「あっいえ足湯程度なら良いですが、日帰りですから……温泉は今度に致しましょう。それに私は長いですから、次郎様を待たせてしまいますし……それにせっかくのデートですから長く一緒に……居たいです。」
ですよね~僕が、混浴狙ってるとか1mmも考えないですよね~最後のセリフがカ・ワ・イ・イ…………
いや混乱している場合じゃないな、というかせっかくのデートの誘いに温泉とか無いわ。本当に反省しよう……。
「……次郎様?」
いけない一人反省会している場合じゃなかった。
「すみません、……では箱根で良いのかな?」
「はい……、とても楽しみです……。」
十分前の自分を殴りたい、こんな可愛い子に混浴提案した自分を殴りたい……正確には提案はしてはないけど、今夜は反省会だ……
「では箱根は遠いですから、明日に致しましょう。」
とりあえず、明日朝から車で箱根に行くことが決まった。その後は、昨日の出来事や、再来週から始まる高校の事など、他愛のない話をして別れた。
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ということが有り今日、箱根に観光に来ているのだが……
まさか混浴を狙ってました……なんて言えない……ギャグで言いました……なんて言えない……
彩ちゃんの笑顔を見るたびに罪悪感が…………っう最近痛めた胃が痛い、が今回は自業自得か。
「ねぇ次郎様、船を降りたら、次は箱根神社に行きましょうよ。」
「そんなに焦らなくても。」
「いいえ、後6時間しか一緒に箱根には居れないのですよ、早く早くぅ。」
とりあえず混浴の事は忘れよう……謝罪のためにも今日は彩ちゃんのために行動しよう。僕は、そう薄汚れた心に誓った。
温泉は行きませんでした…………。
ただし涼が高校に行って、次郎が一人きりの状態なのを知った彩香が、家に突撃してきたことを次郎は知らない…………




