原因
魔物が現れる直前、パーティー会場にいた客がざわついていた。きっとあそこでなにかがあったのだろう。
横を見ると、殿下と他の神官達が怪我人の治癒をしていた。
「通してください」
騎士や精霊使いでできていた人だかりを抜けて、私は会場の中心にやって来た。
人だかりの真ん中はぽっかりと空いていて、そこには気味の悪い紫色の液体がこぼれている。
私はその液体を調べている男に声をかけた。
「この液体は何ですか?」
男ははっと顔をあげて私の方を見た。
「これはレゲル殿、先程は本当にありがとうございます。おかげで被害がだいぶ減りました」
「その事はいいのです。それよりもなぜ魔物がここに入り込んだのか、原因はわかりましたか?」
男はもう一度液体を見た。
「この液体は……おそらくですが魔物が好む匂いを出しています。誰かがあのビンに入っていたものをここに垂らしたのでしょう」
私は男の指差した方をちらりと見た。そこには内側にまだわずかに紫色の液体が残るビンが転がっていた。
私は男から手袋を借りてそれを拾い上げた。
ビンに貼られた紙には射落とされる鷹の紋章が描かれている。
「ゲーテ……」
鷹はアリュ王国の王家のシンボルで、王家の家紋にもなっている。それを射落とすということは王家への反逆を意味する。
「確かにこれはゲーテの紋章。だとすればこれはゲーテによるものか」
男は憎々しげに芝にこぼれた気味の悪い液体を睨んだ。
「ここにわざわざこのビンを残したということは我々にこれがゲーテによる犯行だと知らしめるためか……?」
「こぼしたのはメイドだという話ですが、この騒ぎの隙に逃げ出したようです」
王族やその他王宮のお偉いさんの集まるパーティーだったから狙われたのだろう。王家を潰そうと目論むゲーテには絶好の機会だったのかもしれない。王家の権威は潰れ、警備の杜撰さ等がこれ見よがしに国に広まる。
「怪我人の数は?」
「……わかりません。あそこで治療を受けている方が全員です。あなたは行かないのですか?怪我をなさっているようですが」
男は私の肩に目をやった。確かにまだ完全に塞ぎきっておらず、服が裂けて傷が見えている。その上肩まわりは血塗れだし、心配されても仕方ないか。
「ほとんど魔物の血です。出血は止まっています」
「ならよいのですが……あなたはお休みになってください。匂いも広がったままですからまた魔物が現れる可能性もあります」
私には嗅ぐことのできない匂いのようだが、周囲に漂っているのだろう。
「ありがとうございます。私は被害状況を確認してきますので、あとはお願いします」
私は男に背を向けてその場を離れた。
『あの匂いはユラネ草と血でした。ユラネ草はすりつぶして煮詰めると魔物の好む匂いを発します』
植物精霊が教えてくれた。でもユラネ草は聞いたことがない。
『人の間にはあまり広がっていない植物で、青い花が咲きます。人の手の加わっていないような山奥に生えていて、人には有毒です。下痢、嘔吐などの消化器、手足の麻痺など神経の……』
そこまで詳しい知識は求めていないからもういいよ。ありがたいけど。
そう言うと植物精霊は目に見えてしゅんとしてしまった。
少し申し訳なく思ったので、触れれないけど頭っぽいところを撫でてやる。
植物精霊が元気を取り戻したところで、私は治療を受けている人たちの方へ歩いた。
歩いてきた私を見つけた神官っぽい人が、私の肩を見て治療しようと走ってきた。
「私には必要ありません。他の方を治療してください。私は被害状況の確認に来ました」
私がそう言うと、その人は少し身を引いて私を通してくれた。
被害は思ったより少なかった。多めの警備と招待客の中に武術経験者や精霊使いが多くいたことが幸いしたのだろう。死亡者はいなかった。
怪我人も今は治療を受けて徐々にだが回復している。
大怪我を負った者は落ち着き次第病院に送るそうだ。
このパーティーの警備は騎士団に任されていたから、直接的に軍備関係であるカーレル様や私に影響はないだろうが、しばらくはあまり動かない方がよさそうだった。




